小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」第7回

今月当店で行った『絶望名人カフカの人生論』の著者、頭木弘樹さんのトークイベントで、頭木さんが「カフカは朗読が好きだった。カフカの文章には、口承文学のような味わいがある」と仰っていて、強く印象に残りました。昔話などの口伝えで伝えられていく文学には、各人の語りの内容は違えども、絶対に消えないお話の核のようなものがあり、その核は、違う語り方があればあるほど、強く輝きだすようなものがあります。頭木さんは『絶望名人カフカの人生論』の中に引用したカフカの言葉を訳す際に、訳したものをサトウキビ畑の中で暗唱し、うまく覚えられなかったものは訳しなおしたそうです。朗読と文学。文字で書かれながらも朗読して「心地よい」もの。そんな作品を紹介したいと思います。
トーマス・ベルンハルト 今井敦 訳『原因 一つの示唆』(松籟社)

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トーマス・ベルンハルトはオーストリアの作家で、戦後ドイツ語文学の重要作家の一人です。劇作家、小説家として活躍し、若くして亡くなりましたが、遺言でオーストリアでの自作の公演、印刷、出版を禁じました。故郷であるオーストリアの欺瞞を追求し、罵倒し、「ネスト・シュムッツァー(巣を汚すもの)」と呼ばれました。その白眉は代表作『消去』ですが、この小説は始まりから終わりまで、ずーっと改行無しで肉親、故郷を罵倒し続けるものです。これはもはや話芸。でも、不思議と「楽しく」読めてしまうのは、池田信雄さんの翻訳の力もあるのでしょう。今回ご紹介する「自伝五部作」の一作目『原因』も、訳者は違えど、ベルンハルトの「話芸」の面白さを十分伝える翻訳です。僕は何か所も朗読して(もちろん家のなかで)、ベルンハルトの新たな楽しみ方を発見した気がします。例えばこんなところ。寄宿舎の下足室でバイオリンのレッスンを受けるベルンハルト少年の描写です。
「下足室に足を踏み入れることは、同時に自殺の瞑想が始まることを意味したし、バイオリンに集中し、さらにさらに集中していくことは、自殺の考えに集中し、さらにさらに集中していくことを意味した。実際、彼は下足室で何度も自殺しようとした。が、一度として、やってみるという以上を出なかった。(中略)時とともにバイオリンは楽器というよりも、自殺の瞑想とその試みを始めるきっかけとなり、自殺を瞑想するための道具、突然その試みを中断するための道具となった。(シュタイナーの言によれば)極めて音楽的な反面、(コレモシュタイナーの言によれば)規則に関してはまったくなっていないこの若者のバイオリン演奏は、特に下足室では、自殺を考えることにばかり向かっていて、他の目的には向いていなかった。」
わりとマイルドな個所を引用しましたが、ベルンハルトがこの作品の中で怒るのは、「忘却」と「欺瞞」です。ナチス支配下のオーストリアで何が行われていたのか、そして、戦後それを否定しながらも、肝心なところは「忘却」し、本質的には変化しない社会の仕組みを看破するベルンハルト。その静かな口調で訴えかけてくる怒りをぜひ共有して欲しいと思います。
この他にも自分が受賞した文学賞を(ほとんどすべて)貶しまくる抱腹絶倒のエッセイ『私のもらった文学賞』(みすず書房)は、3,200円+税と少しお高めですが、絶対!間違いなく!面白いですので、(そしてある箇所で泣けます)おすすめです。

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あ、それと、本書のような優れた「翻訳そのもの」に与えられる史上初の賞「日本翻訳大賞」もぜひお見知りおきを・・・。
おくに たかし

■小国貴司 Takashi OKUNI
「BOOKS青いカバ」店主。学生時代より古書に親しみ、大手書店チェーンに入社後、店長や本店での仕入れ・イベント企画に携わる。書店退職後、新刊・古書を扱う書店「BOOKS青いカバ」を、文京区本駒込にて開業。

◆ときの忘れものは2月7日(水)は都合により、17時で終業します17時以降は閉廊しますので、ご注意ください。
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本日5日(月曜)は休廊です。束の間の常設展示は草間彌生の超レアな1983年の大判ポスター、おそらく現存するのは一桁か。
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください

◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。現代版画センターと「ときの忘れもの」についてはコチラをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログはお勧めです。ときの忘れもので扱っています。
会期:2018年1月16日(火)~3月25日(日)
埼玉チラシウォーホル600現代版画センターは会員制による共同版元として1974年~1985年までの11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約300点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。

○<年末からロックオンしていた展覧会の前期に。「プリント」という括りでは写真も版画も楽しみ方の共通点が多い。図録もヤバい。後期もぜひ見たい。
#見応え十二分 #むしろ見応えしかない #もはや見応えから先に生まれてる #現代版画センターの軌跡 #版画の景色 #埼玉県立近代美術館

(20180203/YH@YouichirouHさんのtwitterより)>

○<今日は午後から北浦和の埼玉県立近代美術館での版画の景色展へ。 会期は3月25日までと長いのですが、気付いたら終わっていたということにならないように、早めに行って来ました。現代版画センターの軌跡という副題の通り、綿貫さんが立ち上げた現代版画センターの歴史と日本の現代版画の歴史をなぞる展示です。版画作品の物量がとても多くて、大変充実した展示でした。ゆっくり見ると2時間はかかると思います。
(20180202/車洋二さんのfacebookより)>

○<県立近代美術館で今日から始まった企画展「版画の景色 〜現代版画センターの軌跡」に立ち寄ってきました。
どうしても美術の授業を思い浮かべながらの鑑賞になってしまうのですが、「題材開発」に繋がる多くのヒントが得られる企画展だと思います。
“研ぎ澄まされた美しさ”……とでも形容できそうな版画の景色を堪能しました。

(20180116/山田晋治さんのfacebookより)>

西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半~トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでーー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。

光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について(1月28日ブログ)

荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て(1月31日ブログ)

スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)

○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号1983年のウォーホル全国展が紹介されています。

○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。

現代版画センターエディションNo.596 舟越保武「若い女 A」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
funakoshi-y_01_wakaionna-a舟越保武
「若い女 A」
1984年
リトグラフ・雁皮刷り(刷り:森版画工房・森仁志)
51.0×39.0cm
Ed.170 サインあり

16年前の今日2002年2月5日舟越先生が亡くなられました。89歳でした。
50歳を越えるまでほとんど売れず、その生活ぶりは質素そのものでした。
「長崎二十六殉教者記念像」が評価され、やっと売れるようになってもそれは変わらず、おからだを悪くされてからも神への祈りと創作への意欲は衰えることはありませんでした。
四谷の教会でのお通夜のとき、ご子息舟越桂さんが「父がなくなった5日は、あの長崎二十六聖人が昇天(殉教)した日でした。病室につめていた家族の誰もそれに気づかず、臨終に立ち会った神父様からそのことを教えられ家族は驚きました。父は最期まで立派だった・・・・・」と挨拶されました。それを聞いた参列者たちは粛然とし、静まり返った会堂には静かな興奮が湧き上がったのでした。
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【出品作家45 名】靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄

◆ときの忘れものは「ハ・ミョンウン展」を開催します。
会期=2018年2月9日[金]―2月24日[土] ※日・月・祝日休廊
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ロイ・リキテンスタイン、アンディ・ウォーホルなど誰もが知っている20世紀を代表するポップアートを、再解釈・再構築して自らの作品に昇華させるハ・ミョンウン。近年ではアジア最大のアートフェア「KIAF」に出品するなど活動の場を広げ、今後の活躍が期待される韓国の若手作家です。
ときの忘れものでは2回目となる個展ですが、新作など15点を展示します。 ハ・ミョンウンは会期中数日間、日本に滞在する予定です。
●オープニングのご案内
2月9日(金)17時から、来日するハ・ミョンウンさんを囲んでオープニングを開催します(予約不要)。皆さまお誘いあわせの上、是非ご参加ください。

●日経アーキテクチュアから『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』が刊行されました。
亭主もインタビューを受け、1984年の版画制作始末を語りました。日経アーキテクチュア編集長のコラム<建築家・安藤忠雄氏の言葉の力:第3回>で、出江寛先生、石山修武先生の次に紹介されていますので、お読みください。

◆ときの忘れもののブログは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
 ・大竹昭子のエッセイ「迷走写真館 一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
 ・frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
 ・小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
 ・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
 ・杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
 ・野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
 ・小林紀晴のエッセイ「TOKYO NETURE PHOTOGRAPHY」は毎月19日の更新です。
 ・清家克久のエッセイ「瀧口修造を求めて」は毎月20日の更新です。
 ・小林美香のエッセイ「写真集と絵本のブックレビュー」は毎月25日の更新です。
 ・スタッフSの「海外ネットサーフィン」は毎月26日の更新です。
 ・新連載・西岡文彦のエッセイ「現代版画センターの景色」は全三回、1月24日、2月14日、3月14日に掲載します。
 ・笹沼俊樹のエッセイ「現代美術コレクターの独り言」はしばらく休載します。
 ・大野幸のエッセイ<ときの忘れもの・拾遺 ギャラリーコンサート>は随時更新します。
 ・植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」は、更新は随時行います。
  同じく植田実のエッセイ「生きているTATEMONO 松本竣介を読む」と合わせお読みください。
  「本との関係」などのエッセイのバックナンバーはコチラです。
 ・中村茉貴のエッセイ「美術館に瑛九を観に行く」は随時更新します。
 ・飯沢耕太郎のエッセイ「日本の写真家たち」英文版とともに随時更新します。
 ・深野一朗のエッセイは随時更新します。
 ・「久保エディション」(現代版画のパトロン久保貞次郎)は随時更新します。
 ・関根伸夫のエッセイ「〈発想〉について[再録]」は終了しました。
 ・倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は終了しました。
 ・森本悟郎のエッセイ「その後」は終了しました。
 ・藤本貴子のエッセイ「建築圏外通信」は終了しました。
 ・森下隆のエッセイ「鎌鼬美術館——秋田県羽後町田代に開館」は終了しました。
 ・芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は終了しました。
 ・夜野悠のエッセイ「書斎の漂流物」は終了しました。
 ・普後均のエッセイ「写真という海」は終了しました。
 ・八束はじめ・彦坂裕のエッセイ「建築家のドローイング」(再録)は終了しました。
 ・石原輝雄のエッセイ「マン・レイへの写真日記」は終了しました(時々番外編あり)。
 ・荒井由泰のエッセイ「いとしの国ブータン紀行」は終了しました。
 ・森下泰輔のエッセイ「戦後・現代美術事件簿」は終了しました。
 ・「殿敷侃の遺したもの」はゆかりの方々のエッセイや資料を随時紹介します。
 ・「オノサト・トシノブの世界」は円を描き続けた作家の生涯と作品を関係資料や評論によって紹介します。
 ・「瀧口修造の世界」は造形作家としての瀧口の軌跡と作品をテキストや資料によって紹介します。
土渕信彦のエッセイ「瀧口修造とマルセル・デュシャン」、「瀧口修造の箱舟」と合わせてお読みください。
 ・「関根伸夫ともの派」はロスアンゼルスで制作を続ける関根伸夫と「もの派」について作品や資料によって紹介します。
 ・「現代版画センターの記録」は随時更新します。
今までのバックナンバーの一部はホームページに転載しています。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
20170707_abe06新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18~24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。