frgmのエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」第46回
本文は「読むもの」「綴じるもの」
20年ほど前に書かれたある詩人のエッセイの『どんな「書体」で生きたいか』という言葉に虚を突かれ、独りしどろもどろに。
友人と耽った文学談義の一夜について書かれた下りですが、自著の体裁へのこだわりは古今東西を問わず耳にするものの、これは違ったしろものです。聞こえないふりも出来ず、覚悟は全く無いまま、言い訳のつくようにサンダル履きで出掛けてみます。
私にとっては、本文は「読むもの」「綴じるもの」、書名は「押すもの」。
ハテ、ではどんな書体で読んでいるかというと、奥付などでは明かしてくれず、読後の目や手の心地よい余韻の一端は書体がシッカリと支えている筈ですが、呼ばれても「居ません」とキッパリと返事をするように躾られた存在で判らず仕舞い。

手始めに書体数の少ない時代で確認をと、『印刷読本』(印刷雑誌社刊1942年)を見てみますと、「明朝体である」と太鼓判を押されスッキリとした気分になります。製版印刷術を簡明に記述しその従事者のみならず、『一般人をして其概要に通ぜしむる刊行物』だけあって、歴史から先端の印刷方式までもれなく並び、更に!綴付け製本についても『古来の最も正しき製本法』として解説されており、嬉しくなります。
『印刷読本』より「こゝに普通に存在する書體十種を表示する」

『印刷読本』より 綴じの方法、頂帯(花ぎれ)編みの他、装飾方法として箔押しの道具も掲載されている
スッキリしたり嬉しくなって帰りたいところですが、明朝体の一括りではすまない当然のこと。しかしながら『真性活字中毒者読本』(柏書房刊2001年)は開かずにおき、
詳細が過ぎて開くとキケンな『真性活字中毒者読本』
備えてあっただけの『タイポグラフィ12 特集:和文の本文書体』グラフィック社(2017年)でごく最近の様子を眺めてみます。代表的な明朝体本文用フォント(12Qベタ/21H)で組まれた18種の中から取り合えず好みのものを2つ選んで書体解説を見ると、築地五号系を踏襲したものと、写植特有のにじみをそのままデジタル化したもの、どちらもオールドスタイルと呼ばれるものでした。むろん多くのデジタルフォントはこれまでの書体を基に作られていますが、自分が慣れ親しんだものが勝るというだけのことかは分からず、『アイデア354/367/368』(誠文堂新光社)に当たってみると、特別な愛着のある数十冊の本も使われた明朝体は実に多種多様で今更ながら驚きます。幸いにも絶対文字感というものを生まれつき持ち合わせておらず、身に付く気配もない者にとっては、たとえば同じテクストを9ポ・モトヤで読むことと、9ポ岩田ベントン小型で読むことの違いは想像することすら叶いません。なんとか理想の書物を生み出そうとした出版人らの、あるいは四六時中文字のことを考えているようなデザイナーの熱情に身を任せ、どんな書体かの覚悟は決めぬまま平穏無事にページをめくる幸せを享受するに限るという分かり切った結果でした。

書肆山田 初出版詩集の刊行によせる言葉

プレス・ビブリオマーヌの限定版刊行覚書
さて、「押すもの」である書名の書体については、身に差し迫ったものがあり平穏無事な暮らしとはいかないのです・・・・・・。
(文:羽田野麻吏)

●作品紹介~羽田野麻吏制作


『狂王』
渋澤龍彦 野中ユリ挿画
1966年 プレスビブリオマーヌ B版著者本
総牛革二重装 プラ・ラポルテ 足付き平綴じ
牛革・ヴェラム・胃袋革によるデコール
海蛇革と染め紙の見返し
箔押し 中村美奈子
2016年
270×210×14㎜
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本
●本日のお勧め作品は、内間俊子です。
内間俊子 Toshiko UCHIMA
「イタリーよりのパッケージ Package from Italy」
1977年
コラージュ
イメージサイズ:50.5x35.0cm
フレームサイズ:57.5×42.7cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆ときの忘れものは「内間安瑆・内間俊子展」を開催しています。
会期:2018年7月17日[火]―8月10日[金] ※日・月・祝日休廊
内間安瑆の油彩、版画作品と内間俊子のコラージュ、箱オブジェ作品など合わせて約20点をご覧いただきます。
○水沢勉「版の音律―内間安瑆の世界」(版画掌誌第4号所収)
○永津禎三「内間安瑆の絵画空間」
○内間安瑆インタビュー(1982年7月 NYにて)第1回、第2回、第3回

本文は「読むもの」「綴じるもの」
20年ほど前に書かれたある詩人のエッセイの『どんな「書体」で生きたいか』という言葉に虚を突かれ、独りしどろもどろに。
友人と耽った文学談義の一夜について書かれた下りですが、自著の体裁へのこだわりは古今東西を問わず耳にするものの、これは違ったしろものです。聞こえないふりも出来ず、覚悟は全く無いまま、言い訳のつくようにサンダル履きで出掛けてみます。
私にとっては、本文は「読むもの」「綴じるもの」、書名は「押すもの」。
ハテ、ではどんな書体で読んでいるかというと、奥付などでは明かしてくれず、読後の目や手の心地よい余韻の一端は書体がシッカリと支えている筈ですが、呼ばれても「居ません」とキッパリと返事をするように躾られた存在で判らず仕舞い。

手始めに書体数の少ない時代で確認をと、『印刷読本』(印刷雑誌社刊1942年)を見てみますと、「明朝体である」と太鼓判を押されスッキリとした気分になります。製版印刷術を簡明に記述しその従事者のみならず、『一般人をして其概要に通ぜしむる刊行物』だけあって、歴史から先端の印刷方式までもれなく並び、更に!綴付け製本についても『古来の最も正しき製本法』として解説されており、嬉しくなります。
『印刷読本』より「こゝに普通に存在する書體十種を表示する」

『印刷読本』より 綴じの方法、頂帯(花ぎれ)編みの他、装飾方法として箔押しの道具も掲載されている
スッキリしたり嬉しくなって帰りたいところですが、明朝体の一括りではすまない当然のこと。しかしながら『真性活字中毒者読本』(柏書房刊2001年)は開かずにおき、

詳細が過ぎて開くとキケンな『真性活字中毒者読本』
備えてあっただけの『タイポグラフィ12 特集:和文の本文書体』グラフィック社(2017年)でごく最近の様子を眺めてみます。代表的な明朝体本文用フォント(12Qベタ/21H)で組まれた18種の中から取り合えず好みのものを2つ選んで書体解説を見ると、築地五号系を踏襲したものと、写植特有のにじみをそのままデジタル化したもの、どちらもオールドスタイルと呼ばれるものでした。むろん多くのデジタルフォントはこれまでの書体を基に作られていますが、自分が慣れ親しんだものが勝るというだけのことかは分からず、『アイデア354/367/368』(誠文堂新光社)に当たってみると、特別な愛着のある数十冊の本も使われた明朝体は実に多種多様で今更ながら驚きます。幸いにも絶対文字感というものを生まれつき持ち合わせておらず、身に付く気配もない者にとっては、たとえば同じテクストを9ポ・モトヤで読むことと、9ポ岩田ベントン小型で読むことの違いは想像することすら叶いません。なんとか理想の書物を生み出そうとした出版人らの、あるいは四六時中文字のことを考えているようなデザイナーの熱情に身を任せ、どんな書体かの覚悟は決めぬまま平穏無事にページをめくる幸せを享受するに限るという分かり切った結果でした。

書肆山田 初出版詩集の刊行によせる言葉

プレス・ビブリオマーヌの限定版刊行覚書
さて、「押すもの」である書名の書体については、身に差し迫ったものがあり平穏無事な暮らしとはいかないのです・・・・・・。
(文:羽田野麻吏)

●作品紹介~羽田野麻吏制作


『狂王』
渋澤龍彦 野中ユリ挿画
1966年 プレスビブリオマーヌ B版著者本
総牛革二重装 プラ・ラポルテ 足付き平綴じ
牛革・ヴェラム・胃袋革によるデコール
海蛇革と染め紙の見返し
箔押し 中村美奈子
2016年
270×210×14㎜
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本●本日のお勧め作品は、内間俊子です。
内間俊子 Toshiko UCHIMA「イタリーよりのパッケージ Package from Italy」
1977年
コラージュ
イメージサイズ:50.5x35.0cm
フレームサイズ:57.5×42.7cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆ときの忘れものは「内間安瑆・内間俊子展」を開催しています。
会期:2018年7月17日[火]―8月10日[金] ※日・月・祝日休廊
内間安瑆の油彩、版画作品と内間俊子のコラージュ、箱オブジェ作品など合わせて約20点をご覧いただきます。
○水沢勉「版の音律―内間安瑆の世界」(版画掌誌第4号所収)
○永津禎三「内間安瑆の絵画空間」
○内間安瑆インタビュー(1982年7月 NYにて)第1回、第2回、第3回

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