frgmのエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」第48回

本をめぐる話-絵本


 ルリユールや書籍修復からはずれたテーマが続き、ルリユールを知ってもらうという、このブログの趣旨から大いにはずれていることに忸怩たる思いはありますが、今回と次回は絵本の話です。

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 絵本は文字通り、絵と文章から構成されることにより、まだ語彙の少ない子供たちにも内容が分かりやすく、読書に親しむきっかけとなる。という認識の一方で、大人が楽しめる絵本も少なくない。絵本を子供のものと決め付けることが、そもそも間違いで、子供は大人と別のいきものではない。人として喜び、悩み、時に心を痛める。ただ持てる知識や経験が、大人より少ないに過ぎない。ならば、子供が読む絵本は、大人だって楽しめる。 
 ジェイムズ・ジョイスに「猫と悪魔」という絵本がある。ジョイスがパリに住んでいた時に書かれた。孫のスティーブンに宛てた手紙の形を取り、「二三日前、キャンデー入りの小猫を送りました。でも、きみは、ボージャンシーの猫の話は知らないでせう。」という文章で始まる。悪魔が、大きな川沿いの町、ボージャンシーの市長をおとずれ、最初に橋を渡った者が自分の家来になることを条件に、一晩で橋を架けてあげると申し出る。橋が架かっていないことに、町の人々はなにかと不便を感じていたので、市長は悪魔の申し出を受ける。翌朝、橋の向こうで悪魔が待つなか、市長は抱きかかえていた猫を地面に置き、バケツの水をかけるやいなや、猫は一目散に橋を渡り、悪魔の元に走り込んだ。怒りと悔しさを胸に、悪魔は猫と去っていった…。

zu-1ザブリ! バケツの水をすっかり、猫にかけた。


 この絵本は、話は勿論、絵も素晴らしいのだが、様々な仕掛けやエピソードが隠されているところに大人が読む楽しみがある。まず、孫のスティーブンと聞けば、ジョイスの小説の主人公スティーブン・ディーダラスの名前がすぐに思い浮かぶ。小説のスティーブンはジョイスの分身であり、生まれた孫に、スティーブン・ジェイムズ・ジョイスという名前を与えた。駆け落ちという形でヨーロッパに渡って以来、帰ることのなかった母国アイルランドで、父が亡くなって1ヶ月あまり後に、その孫が生まれたことで、ジョイスは父の生まれ変わりと思ったという。それをうたった詩もある。

zu-2ジョイスと愛孫スティーブン 1938年 (「猫と悪魔」解説より)


 話は、「(悪魔が)ひどく腹を立てたときは、とても悪いフランス語を、とても上手にしゃべることができる。聞いたことのある人の話では、きついダブリンなまりがあるさうです。」と結ばれている。解説によると、ヨーロッパには悪魔の橋という民間伝承があるそうで、このジョイス版「悪魔の橋」では、「猫でも王様を見られる(=卑しい者でも、貴人の前でそれなりの権利はある)」、「猫の跳ね工合を見る(=風向きを伺う)」といったイギリスの古い諺や「不思議の国のアリス」のチェシャ猫が下地となったエピソードなどがちりばめられている。
 引用した文章で分かるかと思うが、翻訳は丸谷才一。《歴史的假名づかひの絵本》と銘打たれており、丸谷才一による「何故、歴史的假名づかひなのか」という解説が付けられている。また、絵本に多くみられる分かち書きをしない理由についても説明している。
 この絵本は、私が買った本ではなく、元々、夫が持っていたものなのだが、話はとりたてて複雑ではないものの、ジョイスらしい様々な要素が絡み合い、絵本の範疇を超えて、大好きな一冊になっている。

zu-3ジェイムズ・ジョイス「猫と悪魔」丸谷才一訳 ジェラルド・ローズ画
1976年 小学館刊


(文:平まどか
平(大)のコピー


●作品紹介~平まどか制作
病める舞姫12-1


病める舞姫12-2


病める舞姫12-3
「病める舞姫 」
土方巽著

1983年 白水社刊
・パッセカルトン 山羊オアシス革・ヘビ革総革装
・金箔押し装飾
・手染め見返し
・タイトル箔押し:中村美奈子
・制作年 2016年
・221x158x26mm
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●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。

本の名称
01各部名称(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)


額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。

角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。

シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。

スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。

総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。

デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。

二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。

パーチメント
羊皮紙の英語表記。

パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。

半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。

夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。

ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。

両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。

様々な製本形態
両袖装両袖装


額縁装額縁装


角革装角革装


総革装総革装


ランゲット装ランゲット製本

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●本日のお勧め作品は、パウル・クレーです。
klee_02_riesenblattlausパウル・クレー Paul KLEE
"Riesenblattlaus"
1920年
リトグラフ
44.3x37.0cm
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◆frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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