光嶋裕介のエッセイ「世界に届ける贈りもの
~「アート・マイアミ」戦記~」
「芸術は、美術館で鑑賞するもの」であるという認識が強い日本に対して、アメリカには鑑賞としての芸術に加えて「芸術を購入し、収集するもの」であるという認識がある。ギャラリーが芸術作品を展示販売する場所であり、そうしたギャラリーが一同に介して企画されるのが「アートフェア」なのだ。一年を通して温かい気候のマイアミは、リゾート地としても開発され、美しい海辺には豪華なヨットが多く並び、高層ホテルが林立し、成功者たちの豪邸が建ち並ぶ。マイアミという都市には、2つ幸運な出来事があった。それは、クリストとジャンヌ=クロードが1983年にマイアミの島々をピンクの布で覆ったこと《Surrounded Islands》と2002年にアート・バーゼルが始まったことである。前者は類い稀な芸術家によって、日常の風景が美しく変換されたこと、後者はマイアミに「アートの街」としての産業を生み出したことである。
先月、駒込にあるときの忘れもの画廊にて2年ぶり4度目の個展《幻想都市風景GOLD》を終えたばかりの私は、その後に描いたできたてホヤホヤの新作のドローイングを2枚持って(マイアミで額装するというギリギリの状態)、昨年に続き、今年もマイアミの地に下り立った。もちろん、アートフェアに作品を出展するためだ。既に輸送していた作品と共に合計5枚の作品を「アート・マイアミ」の会場の白い壁に掛けた。隣には、私の作品にも金箔を押してもらった野口琢郎さんの箔画作品が品良く飾られ、ブースの中心には葉栗剛さんの力強い彫刻群が今年もドドーンと4体並べられた。

会場にはVIPのコレクターなども沢山来るが、先に述べたように「アートが好きで、自分の家に飾りたい」作品を探しにくる個人の方々で会場は溢れ返っている。独特なファッションに身を包む者から、上品なご夫婦や家族連れなど多様な顔ぶれである。そもそも、このアートフェアに入場するためには55ドル(日本円で6000円ほど)かかるので、みんな本気で「これ」というお目当ての作品を探している。油絵を探している人もいれば、立体を探している人もいる。いわば、みんなハンターなのである。
ときの忘れもの画廊が展示している432ブースの前を通る人たちも、さまざまだ。あっさり通り過ぎる人、関心を示して写真を撮る人、じっくり作品を観てくれる人…。目利きの前にさらされた作品たちは、無言の力を発揮する。私は、そうした方々と接客しながら自分の作品について意見交換をする。作品をじっくり見入っている人にゆっくり近付いて、「Hi, this is my work(こんにちは、これ、私の作品なんです)」と声をかけることからはじまる。すると、みんな目を輝かせて、私の説明に耳を傾けてくれる。自分が建築家であり、昼間は建築を設計し、夜は幻想都市風景を描いていることを説明し、紙を自ら漉いていることで、建築家としての「敷地」があり、そこにペンで緻密な世界の多様性を表現しようとしていることを伝える。排除に基づいた統一感ではなく、雑多なものを同居させる豊かさについて。様式においても、造形においても、素材においても。ドローイングは、非言語の物語を内包しており、あらゆる解釈に開かれている。それは、日本語や英語という言語を超えて人と人を繋げる。そこに感動する。
多くの人が「great work!(素晴らしいね)」と褒めてくれるものの、何十万円もする作品を「購入する」という壁は、なかなか高い。それぞれの美意識があり、飾りたい壁の大きさがあり、予算がある。そして、アートフェア会場には無数のアート作品、つまりライバルが沢山いる。数ある作品の中からその人にとって「一番欲しい作品」とならない限り「I would like to take this(これ、いただくわ)」という一言は、引き出せない。大抵の場合は「let me think about it, I’ll come again(少し考えさせて、また来るわ)」となり、そのまま二度と来ないこともままある。しかし、一時間くらいの内に「I’m back(返って来たわ)」と言ってブースを再訪してくれる人たちがいる。そして、彼らこそが作品を気に入ってくれて購入してくれるのだ。そこから値段交渉をする人もいれば、提示額そのままに買ってくれる人もいる。しかし、自分の作品を買ってくれる人は、みんな最高の笑顔で私を労ってくれる。彼らが私の作品を購入するか、しないかの最後の一押しは、「描いた本人との対話」なのではないかと私は感じている。自分のコレクションの仲間入りをした芸術作品が、誰のどのような思いで制作されたのかを共有することで、もっと「欲しくなる」のではないかと想像するからだ。私だって、自分で買うのであれば、作家と話してみたいものだ。

そして、2年間で4度目(春のニューヨークと冬のマイアミ)の海外アートフェアで初めてのことが起きた。用意した5作品に加え、予備として持って行った1作品を含む合計6枚のドローイングが(最終日前日のお昼にして)すべて売れたのである。これは、純粋に信じられないことである。最後に売れたのは、2年前に描いた都市シリーズの《バルセロナ》。この絵を購入してくれた老人は、初日のVIPプレビューで私の作品を気に入ってくれて、(3日後の)最終日前日に私の作品だけを目当てにわざわざ再訪してくれた。そのとき、私の作品は残り一枚となって壁にポツンと掛けられていたのだが、迷わずに買ってくれたのだ。作品の前で記念撮影をして、固い握手を交わした。

怒濤の5日間を終え、私はもう東京に帰って来た。そして、購入してくれた方々のためにも、さらに進化した幻想都市風景を描きたいという気持ちでいっぱいだ。とにかく描き続けること。いつだって「最新作が最高傑作」のつもりで創作に挑むことが、これまでお世話になってきた方々への最大の恩返しだと思っている。アートフェアというヒリヒリするような世界の現場で作品をリングに上げることでしか見えて来ないものがある。文化の密度、芸術の水準がダイレクトに試される。そして、そこで感じた手応え、あるいは感覚を手がかりに、私の制作の旅はまだまだ続くのだ。「感謝」の気持ちを忘れずに、私は今宵もペンを走らせる。
(こうしま ゆうすけ)
■光嶋裕介 Yusuke KOSHIMA(1979-)
建築家。一級建築士。1979年米国ニュージャージー州生。1987年に日本に帰国。以降、カナダ(トロント)、イギリス(マンチェスター)、東京で育ち、最終的に早稲田大学大学院修士課程建築学を2004年に卒業。同年にザウアブルッフ・ハットン・アーキテクツ(ベルリン)に就職。2008年にドイツより帰国し、光嶋裕介建築設計事務所を主宰。
神戸大学で客員准教授。早稲田大学などで非常勤講師。内田樹先生の凱風館を設計し、完成と同時に合気道入門(二段)。ASIAN KUNG-FU GENERATIONの全国ツアーの舞台デザインを担当。著作に『幻想都市風景』、『みんなの家。』、『建築武者修行』、『これからの建築』など最新刊は『建築という対話』。
公式サイト:http://www.ykas.jp/
●今日のお勧め作品は、光嶋裕介です。
光嶋裕介
《幻想都市風景2016-03》
2016年 和紙にインク
45.0×90.0cm サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆ときの忘れものは「第306回企画◆佐藤研吾展―囲いこみとお節介 」を開催しています。
会期:2018年12月13日[木]―12月22日[土] 11:00-19:00 ※会期中無休

インド、東京、福島という複数の拠点を往還しながら創作活動に取り組んでいる建築家・佐藤研吾の初個展を開催します。
本展では、自身でデザインし制作した家具としてのハコや、ピンホールカメラ(ハコ)とそれを使って撮影したハコの写真、またハコのドローイングなど、独自の世界観をご覧いただきます。
会期中、作家は毎日在廊予定です。
以下の日程で以下のゲストをお迎えし、ギャラリートークを開催します。
※要予約、参加費1,000円、複数回参加の方は二回目からは500円
12/13(木)ゲスト:中島晴矢さん(現代美術家)とのトークは終了しました。
12/14(金)ゲスト:岸井大輔さん(劇作家)とのトークは終了しました。
12/15(土)佐藤研吾レクチャーは終了しました。
12/21(金)18時~ ゲスト:小国貴司さん(Books青いカバ店主)
12/22(土)18時~ 佐藤研吾レクチャー
ご予約はメールにてお申し込みください。 info@tokinowasuremono.com
●佐藤研吾展の出品作品を順次ご紹介します(全作品の画像と展示風景は12月16日のブログをご覧ください)。
佐藤研吾 Kengo SATO
《歩き出すための運動》
2018年
紙、鉛筆、色鉛筆
32.0×54.5cm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は通常は休廊ですが、「佐藤研吾展―囲いこみとお節介」(12月13日[木]―12月22日[土])開催中は無休で開廊しています。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

~「アート・マイアミ」戦記~」
「芸術は、美術館で鑑賞するもの」であるという認識が強い日本に対して、アメリカには鑑賞としての芸術に加えて「芸術を購入し、収集するもの」であるという認識がある。ギャラリーが芸術作品を展示販売する場所であり、そうしたギャラリーが一同に介して企画されるのが「アートフェア」なのだ。一年を通して温かい気候のマイアミは、リゾート地としても開発され、美しい海辺には豪華なヨットが多く並び、高層ホテルが林立し、成功者たちの豪邸が建ち並ぶ。マイアミという都市には、2つ幸運な出来事があった。それは、クリストとジャンヌ=クロードが1983年にマイアミの島々をピンクの布で覆ったこと《Surrounded Islands》と2002年にアート・バーゼルが始まったことである。前者は類い稀な芸術家によって、日常の風景が美しく変換されたこと、後者はマイアミに「アートの街」としての産業を生み出したことである。
先月、駒込にあるときの忘れもの画廊にて2年ぶり4度目の個展《幻想都市風景GOLD》を終えたばかりの私は、その後に描いたできたてホヤホヤの新作のドローイングを2枚持って(マイアミで額装するというギリギリの状態)、昨年に続き、今年もマイアミの地に下り立った。もちろん、アートフェアに作品を出展するためだ。既に輸送していた作品と共に合計5枚の作品を「アート・マイアミ」の会場の白い壁に掛けた。隣には、私の作品にも金箔を押してもらった野口琢郎さんの箔画作品が品良く飾られ、ブースの中心には葉栗剛さんの力強い彫刻群が今年もドドーンと4体並べられた。

会場にはVIPのコレクターなども沢山来るが、先に述べたように「アートが好きで、自分の家に飾りたい」作品を探しにくる個人の方々で会場は溢れ返っている。独特なファッションに身を包む者から、上品なご夫婦や家族連れなど多様な顔ぶれである。そもそも、このアートフェアに入場するためには55ドル(日本円で6000円ほど)かかるので、みんな本気で「これ」というお目当ての作品を探している。油絵を探している人もいれば、立体を探している人もいる。いわば、みんなハンターなのである。
ときの忘れもの画廊が展示している432ブースの前を通る人たちも、さまざまだ。あっさり通り過ぎる人、関心を示して写真を撮る人、じっくり作品を観てくれる人…。目利きの前にさらされた作品たちは、無言の力を発揮する。私は、そうした方々と接客しながら自分の作品について意見交換をする。作品をじっくり見入っている人にゆっくり近付いて、「Hi, this is my work(こんにちは、これ、私の作品なんです)」と声をかけることからはじまる。すると、みんな目を輝かせて、私の説明に耳を傾けてくれる。自分が建築家であり、昼間は建築を設計し、夜は幻想都市風景を描いていることを説明し、紙を自ら漉いていることで、建築家としての「敷地」があり、そこにペンで緻密な世界の多様性を表現しようとしていることを伝える。排除に基づいた統一感ではなく、雑多なものを同居させる豊かさについて。様式においても、造形においても、素材においても。ドローイングは、非言語の物語を内包しており、あらゆる解釈に開かれている。それは、日本語や英語という言語を超えて人と人を繋げる。そこに感動する。
多くの人が「great work!(素晴らしいね)」と褒めてくれるものの、何十万円もする作品を「購入する」という壁は、なかなか高い。それぞれの美意識があり、飾りたい壁の大きさがあり、予算がある。そして、アートフェア会場には無数のアート作品、つまりライバルが沢山いる。数ある作品の中からその人にとって「一番欲しい作品」とならない限り「I would like to take this(これ、いただくわ)」という一言は、引き出せない。大抵の場合は「let me think about it, I’ll come again(少し考えさせて、また来るわ)」となり、そのまま二度と来ないこともままある。しかし、一時間くらいの内に「I’m back(返って来たわ)」と言ってブースを再訪してくれる人たちがいる。そして、彼らこそが作品を気に入ってくれて購入してくれるのだ。そこから値段交渉をする人もいれば、提示額そのままに買ってくれる人もいる。しかし、自分の作品を買ってくれる人は、みんな最高の笑顔で私を労ってくれる。彼らが私の作品を購入するか、しないかの最後の一押しは、「描いた本人との対話」なのではないかと私は感じている。自分のコレクションの仲間入りをした芸術作品が、誰のどのような思いで制作されたのかを共有することで、もっと「欲しくなる」のではないかと想像するからだ。私だって、自分で買うのであれば、作家と話してみたいものだ。

そして、2年間で4度目(春のニューヨークと冬のマイアミ)の海外アートフェアで初めてのことが起きた。用意した5作品に加え、予備として持って行った1作品を含む合計6枚のドローイングが(最終日前日のお昼にして)すべて売れたのである。これは、純粋に信じられないことである。最後に売れたのは、2年前に描いた都市シリーズの《バルセロナ》。この絵を購入してくれた老人は、初日のVIPプレビューで私の作品を気に入ってくれて、(3日後の)最終日前日に私の作品だけを目当てにわざわざ再訪してくれた。そのとき、私の作品は残り一枚となって壁にポツンと掛けられていたのだが、迷わずに買ってくれたのだ。作品の前で記念撮影をして、固い握手を交わした。

怒濤の5日間を終え、私はもう東京に帰って来た。そして、購入してくれた方々のためにも、さらに進化した幻想都市風景を描きたいという気持ちでいっぱいだ。とにかく描き続けること。いつだって「最新作が最高傑作」のつもりで創作に挑むことが、これまでお世話になってきた方々への最大の恩返しだと思っている。アートフェアというヒリヒリするような世界の現場で作品をリングに上げることでしか見えて来ないものがある。文化の密度、芸術の水準がダイレクトに試される。そして、そこで感じた手応え、あるいは感覚を手がかりに、私の制作の旅はまだまだ続くのだ。「感謝」の気持ちを忘れずに、私は今宵もペンを走らせる。
(こうしま ゆうすけ)
■光嶋裕介 Yusuke KOSHIMA(1979-)
建築家。一級建築士。1979年米国ニュージャージー州生。1987年に日本に帰国。以降、カナダ(トロント)、イギリス(マンチェスター)、東京で育ち、最終的に早稲田大学大学院修士課程建築学を2004年に卒業。同年にザウアブルッフ・ハットン・アーキテクツ(ベルリン)に就職。2008年にドイツより帰国し、光嶋裕介建築設計事務所を主宰。
神戸大学で客員准教授。早稲田大学などで非常勤講師。内田樹先生の凱風館を設計し、完成と同時に合気道入門(二段)。ASIAN KUNG-FU GENERATIONの全国ツアーの舞台デザインを担当。著作に『幻想都市風景』、『みんなの家。』、『建築武者修行』、『これからの建築』など最新刊は『建築という対話』。
公式サイト:http://www.ykas.jp/
●今日のお勧め作品は、光嶋裕介です。
光嶋裕介《幻想都市風景2016-03》
2016年 和紙にインク
45.0×90.0cm サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆ときの忘れものは「第306回企画◆佐藤研吾展―囲いこみとお節介 」を開催しています。
会期:2018年12月13日[木]―12月22日[土] 11:00-19:00 ※会期中無休

インド、東京、福島という複数の拠点を往還しながら創作活動に取り組んでいる建築家・佐藤研吾の初個展を開催します。
本展では、自身でデザインし制作した家具としてのハコや、ピンホールカメラ(ハコ)とそれを使って撮影したハコの写真、またハコのドローイングなど、独自の世界観をご覧いただきます。
会期中、作家は毎日在廊予定です。
以下の日程で以下のゲストをお迎えし、ギャラリートークを開催します。
※要予約、参加費1,000円、複数回参加の方は二回目からは500円
12/13(木)ゲスト:中島晴矢さん(現代美術家)とのトークは終了しました。
12/14(金)ゲスト:岸井大輔さん(劇作家)とのトークは終了しました。
12/15(土)佐藤研吾レクチャーは終了しました。
12/21(金)18時~ ゲスト:小国貴司さん(Books青いカバ店主)
12/22(土)18時~ 佐藤研吾レクチャー
ご予約はメールにてお申し込みください。 info@tokinowasuremono.com
●佐藤研吾展の出品作品を順次ご紹介します(全作品の画像と展示風景は12月16日のブログをご覧ください)。
佐藤研吾 Kengo SATO《歩き出すための運動》
2018年
紙、鉛筆、色鉛筆
32.0×54.5cm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は通常は休廊ですが、「佐藤研吾展―囲いこみとお節介」(12月13日[木]―12月22日[土])開催中は無休で開廊しています。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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