小林美香のエッセイ「写真歌謡論」第7回
写真歌謡論 DEAN「Instagram」

(図1)DEAN 「Instagram」(2017)ミュージック・ビデオ 導入
今回紹介するのは、K-POP シンガーとして活躍するDEAN(1992-) の「Instagram」(2017)です(歌詞は韓国語ですが、ミュージックビデオでは歌詞全体に英語の対訳が字幕として添えられています)。
インスタグラム(Instagram)は、2019年現在で全世界で11億人近くがアカウントを持ち、とくに若い世代に人気が高いSNSアプリとして広く知られていますが、この歌は、インスタグラムを利用するユーザの心模様を歌った曲として共感と支持を得ています。
ミュージックビデオはモノクロームの映像で、キャップを目深に被り、メーキャップをして、右目の下に絆創膏を貼ったDEANの物思いに沈んだような顔のアップから始まります。椅子に腰掛けて、スケートボードを抱えギターを爪弾くような仕草をしながら、一言一言囁き弾き語るように歌う姿は、物憂げな雰囲気に満ちています。(図1)
明日が来ることはわかっているのに
僕は携帯を手放せない
眠気が来ない yeah
また インスタグラム インスタグラムする
(図2)DEAN 「Instagram」(2017)ミュージック・ビデオより
(図3)DEAN 「Instagram」(2017)ミュージック・ビデオより
このような歌い出しから、スマートフォンを片時も手放さず、画面に見入り、インスタグラムのフィードを眺める行為に依存している状況が描き出されます。歌い出しから歌詞が展開する過程で、次第にカメラがクローズアップから距離を置いて退いてゆき、殺風景な事務所か倉庫のような空間の中でDEANがぽつんと椅子に座って歌う情景が映し出され、周囲から隔絶された孤独な環境を想起させます。彼を取り囲む左右と背後の壁からは、次第に、黒い液体のようなものが滲み出すように壁面を埋め、その上にニュース映像や記録映像などが黒い染みの中に流れて行きます(図2)。彼は、インスタグラムを見ているとバカンスに出かけたりクラブで楽しんでいるさまざまな人の行動が写真や動画を通して逐一見えてしまい、このような情報過多な状況が心を苦しくさせると歌います。
こんな情報化時代
完全に間違ってる
最近は知ることがもっと
苦しいことみたいだね
このような情報過多に加え、ほかの人の活動が自分よりも充実しているように感じられたり、頭の中が混乱したり、疎外感がますます強められるとも訴えます。また、自分がインスタグラムに投稿する写真も、自分の本心を伝えるためのものではないと歌い、インスタグラムで写真を見る、見せるという行為自体が、孤独感、孤立感を高め苛ませるようなものだと「SNS疲れ」の心情を吐露しています。DEANの周囲を様々な映像が取り囲んでいく中で、画面全体が混沌として飽和したような状態になり、ついには彼自身のいる空間を捉えた画面が爆発して溶けて流れてしまうようなシーンも挿入されています。(図3)
このフィードの中には
ぼくとは違う世界だけだったのに
いたずらに
あげておいた写真
裏に隠れた僕の心を
しってる人はいない
歌の終盤で挿入されているのは、心を寄せる女性(恐らくはかつてのガールフレンド)への呼びかけのようなフレーズです。「いいね は押さなかった」という言葉に、インスタグラム上での、写真を公開する側と見る側にささやかなやりとりが介在しなかったことの意味合い、両者の関係性の一端が示されています。
そう、君は最近どう?
寝れないのは 相変わらず
切ったショートヘアが とてもかわいかったけど
いいね は押さなかった
楽曲全体を通して視聴してみると、インスタグラムのようなSNSを介して写真を見る・見せる経験に伴う心理的な負荷や、またそのことに対して多くの人が共感を寄せていることにも納得がいきます。さらに、写真歌謡論第3回で紹介したThe Chainsmokersの「#SELFIE」で描かれているような、クラブに繰り出して社交的に振る舞い、Instagramに自撮り写真を投稿しては周囲からの反応を気にしながら楽しむ様子と比較して視聴してみると、写真や動画を通して常に自分の姿を曝け出すことと、SNSによって強められる孤独な心理のありようが表裏一体の関係にあることも伺われます。「Instagram」(2017)の映像が、一瞬だけカラーの画面が挿入されるもののほぼ全編にわたってモノクロームで展開していくことも、鮮やかな色彩やフィルターを駆使した加工を施したいわゆる「インスタ映え」と呼ばれるような画像のあり方とは対照的です。
また、写真歌謡論第2回で紹介した、ポール・サイモンの「Kodachrome」(1973)やハニカムズの「Color Slide」 (1964)のように、ポジフィルムをカメラに装填して色鮮やかな季節を謳歌するように写真撮影を楽しんだり、スライドとして壁に投影して思い出に浸っていた1960年代、70年代のフィルム時代の楽曲とは比較してみると、SNS時代には写真の色鮮やかさが異なった意味合いを帯びていることも注目に値します。写真を見る環境や装置の変化が、写真を見ることに伴う感情の動きにどのような変化をもたらしてきたのか、写真歌謡はその一端を反映しているのだと言えるでしょう。
歌詞引用元 https://colorcodedlyrics.com/2017/12/dean-instagram
DEAN 「Instagram」オフィシャル・ミュージック・ビデオ
(こばやし みか)
●小林美香のエッセイ「写真歌謡論」は毎月25日の更新です。
■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。
●本日のお勧め作品はボブ・ウィロビーです。
ボブ・ウィロビー Bob WILLOUGHBY
Hepburn, Audrey, 1953Audrey Hepburn - Portrait atParamount Studios 1953(BWP041)
1953年(2018年プリント)
アーカイバルデジタルピグメントプリント
シートサイズ:20×16インチ
Ed.25
クリストファー・ウィロビー(息子)によるサインとスタンプあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆ときの忘れものは3月27日~31日に開催されるアートバーゼル香港2019に「瑛九展」で初出展します。
会期:2019年3月27日(水)-31日(日)
VIP:3月27日、14:00~20:00
3月28日、13:00~17:00
3月29日、12:00~13:00
3月30日、12:00~13:00
一般公開:3月28日、17:00~21:00(ベルニサージュ)
3月29日、13:00~20:00
3月30日、13:00~20:00
3月31日、11:00~18:00
会場:Convention & Exhibition Centre, HK
ときの忘れものブースナンバー:3D27
公式サイト:https://www.artbasel.com/hong-kong/
・瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館:<瑛九 -宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。
●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

写真歌謡論 DEAN「Instagram」

(図1)DEAN 「Instagram」(2017)ミュージック・ビデオ 導入
今回紹介するのは、K-POP シンガーとして活躍するDEAN(1992-) の「Instagram」(2017)です(歌詞は韓国語ですが、ミュージックビデオでは歌詞全体に英語の対訳が字幕として添えられています)。
インスタグラム(Instagram)は、2019年現在で全世界で11億人近くがアカウントを持ち、とくに若い世代に人気が高いSNSアプリとして広く知られていますが、この歌は、インスタグラムを利用するユーザの心模様を歌った曲として共感と支持を得ています。
ミュージックビデオはモノクロームの映像で、キャップを目深に被り、メーキャップをして、右目の下に絆創膏を貼ったDEANの物思いに沈んだような顔のアップから始まります。椅子に腰掛けて、スケートボードを抱えギターを爪弾くような仕草をしながら、一言一言囁き弾き語るように歌う姿は、物憂げな雰囲気に満ちています。(図1)
明日が来ることはわかっているのに
僕は携帯を手放せない
眠気が来ない yeah
また インスタグラム インスタグラムする
(図2)DEAN 「Instagram」(2017)ミュージック・ビデオより
(図3)DEAN 「Instagram」(2017)ミュージック・ビデオよりこのような歌い出しから、スマートフォンを片時も手放さず、画面に見入り、インスタグラムのフィードを眺める行為に依存している状況が描き出されます。歌い出しから歌詞が展開する過程で、次第にカメラがクローズアップから距離を置いて退いてゆき、殺風景な事務所か倉庫のような空間の中でDEANがぽつんと椅子に座って歌う情景が映し出され、周囲から隔絶された孤独な環境を想起させます。彼を取り囲む左右と背後の壁からは、次第に、黒い液体のようなものが滲み出すように壁面を埋め、その上にニュース映像や記録映像などが黒い染みの中に流れて行きます(図2)。彼は、インスタグラムを見ているとバカンスに出かけたりクラブで楽しんでいるさまざまな人の行動が写真や動画を通して逐一見えてしまい、このような情報過多な状況が心を苦しくさせると歌います。
こんな情報化時代
完全に間違ってる
最近は知ることがもっと
苦しいことみたいだね
このような情報過多に加え、ほかの人の活動が自分よりも充実しているように感じられたり、頭の中が混乱したり、疎外感がますます強められるとも訴えます。また、自分がインスタグラムに投稿する写真も、自分の本心を伝えるためのものではないと歌い、インスタグラムで写真を見る、見せるという行為自体が、孤独感、孤立感を高め苛ませるようなものだと「SNS疲れ」の心情を吐露しています。DEANの周囲を様々な映像が取り囲んでいく中で、画面全体が混沌として飽和したような状態になり、ついには彼自身のいる空間を捉えた画面が爆発して溶けて流れてしまうようなシーンも挿入されています。(図3)
このフィードの中には
ぼくとは違う世界だけだったのに
いたずらに
あげておいた写真
裏に隠れた僕の心を
しってる人はいない
歌の終盤で挿入されているのは、心を寄せる女性(恐らくはかつてのガールフレンド)への呼びかけのようなフレーズです。「いいね は押さなかった」という言葉に、インスタグラム上での、写真を公開する側と見る側にささやかなやりとりが介在しなかったことの意味合い、両者の関係性の一端が示されています。
そう、君は最近どう?
寝れないのは 相変わらず
切ったショートヘアが とてもかわいかったけど
いいね は押さなかった
楽曲全体を通して視聴してみると、インスタグラムのようなSNSを介して写真を見る・見せる経験に伴う心理的な負荷や、またそのことに対して多くの人が共感を寄せていることにも納得がいきます。さらに、写真歌謡論第3回で紹介したThe Chainsmokersの「#SELFIE」で描かれているような、クラブに繰り出して社交的に振る舞い、Instagramに自撮り写真を投稿しては周囲からの反応を気にしながら楽しむ様子と比較して視聴してみると、写真や動画を通して常に自分の姿を曝け出すことと、SNSによって強められる孤独な心理のありようが表裏一体の関係にあることも伺われます。「Instagram」(2017)の映像が、一瞬だけカラーの画面が挿入されるもののほぼ全編にわたってモノクロームで展開していくことも、鮮やかな色彩やフィルターを駆使した加工を施したいわゆる「インスタ映え」と呼ばれるような画像のあり方とは対照的です。
また、写真歌謡論第2回で紹介した、ポール・サイモンの「Kodachrome」(1973)やハニカムズの「Color Slide」 (1964)のように、ポジフィルムをカメラに装填して色鮮やかな季節を謳歌するように写真撮影を楽しんだり、スライドとして壁に投影して思い出に浸っていた1960年代、70年代のフィルム時代の楽曲とは比較してみると、SNS時代には写真の色鮮やかさが異なった意味合いを帯びていることも注目に値します。写真を見る環境や装置の変化が、写真を見ることに伴う感情の動きにどのような変化をもたらしてきたのか、写真歌謡はその一端を反映しているのだと言えるでしょう。
歌詞引用元 https://colorcodedlyrics.com/2017/12/dean-instagram
DEAN 「Instagram」オフィシャル・ミュージック・ビデオ
(こばやし みか)
●小林美香のエッセイ「写真歌謡論」は毎月25日の更新です。
■小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者・東京国立近代美術館客員研究員。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007-08年にAsian Cultural Councilの招聘、及び Patterson Fellow としてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。
●本日のお勧め作品はボブ・ウィロビーです。
ボブ・ウィロビー Bob WILLOUGHBYHepburn, Audrey, 1953Audrey Hepburn - Portrait atParamount Studios 1953(BWP041)
1953年(2018年プリント)
アーカイバルデジタルピグメントプリント
シートサイズ:20×16インチ
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クリストファー・ウィロビー(息子)によるサインとスタンプあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆ときの忘れものは3月27日~31日に開催されるアートバーゼル香港2019に「瑛九展」で初出展します。
会期:2019年3月27日(水)-31日(日)VIP:3月27日、14:00~20:00
3月28日、13:00~17:00
3月29日、12:00~13:00
3月30日、12:00~13:00
一般公開:3月28日、17:00~21:00(ベルニサージュ)
3月29日、13:00~20:00
3月30日、13:00~20:00
3月31日、11:00~18:00
会場:Convention & Exhibition Centre, HK
ときの忘れものブースナンバー:3D27
公式サイト:https://www.artbasel.com/hong-kong/
・瑛九の資料・カタログ等については1月11日ブログ「瑛九を知るために」をご参照ください。
・現在、各地の美術館で瑛九作品が展示されています。
埼玉県立近代美術館:「特別展示:瑛九の部屋」で120号の大作「田園」を公開、他に40点以上の油彩、フォトデッサン、版画他を展示(4月14日まで)。
横浜美術館:「コレクション展『リズム、反響、ノイズ』」で「フォート・デッサン作品集 眠りの理由」(1936年)より6点を展示(3月24日まで)。
宮崎県立美術館:<瑛九 -宮崎にて>で120号の大作「田園 B」などを展示(4月7日まで)。
●ときの忘れものは〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤設計の新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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