瀧口修造と作家たち ― 私のコレクションより ―
清家克久
第3回 「加納光於のメタルプリント」
図版1.加納光於 メタルプリント
《SOLDERED BLUE》
27.5×19.0cm
1965年作
A.P. サイン有
この作品との出会いは忘れ難い。1984年の2月に初めて銀座の佐谷画廊を訪ねた折に応接間に飾ってあったこの作品を一目で気に入り、16万円の価格を提示されたが、ためらいなくその場で購入を決めた。その時はシートサイズ幅の銀縁の額に入っていたが、広く余白をとった金縁の額装で届いた。
メタルプリントという技法と題名の由来については「加納光於の色彩探究の第一歩は「ソルダード・ブルー」というメタルプリントのシリーズから始まる。これは亜鉛板をガスバーナーで処理しそれを基本的には凸版で刷ったものである。亜鉛板そのものは「Mirror,33」というメタルワークのシリーズとして作品化されている。(中略)そしてソルダード・ブルーというタイトルは石鯛の接合歯に由来するという。凸版刷りによって紙に喰い込んだ青を実見すればこれはなるほどソルダード・ブルーである。そればかりではない加納にとって青は天空的なものと地上的なものを「接合」する理念的な色彩でもあるのだ。」(「加納光於PAINTINGS’80-83展」北九州市立美術館1983年9月刊より)と黒岩恭介学芸員が解説している。このシリーズは1964年から65年にかけて制作され、「刷られた紙の裏の凹凸の激しさは、版画用紙を突き抜け、プレス上のフェルトまで切り裂くほどでした。」と作家自身が語っているだけにその刷り部数は少ない。
私の問い合わせに対して加納さんから「この作品はエディションとしての限定ナンバーの刷り枚数を刷らず、作家用のA.P.(Artist’s Proof)としてわずか数枚刷ったのみです。」と親切な手紙の返事をいただいた。
瀧口修造が加納光於に寄せて折々に書かれた文章を読むと、これほど多くの期待と親しみを込めて讃辞を贈られた作家は他にいないだろうと思う。
加納は独学で銅版画の制作を始め、1953年に初めてタケミヤ画廊を訪ね瀧口に作品を見て貰ったという。当時タケミヤ画廊で展覧会の企画と人選を任されていた瀧口は、1956年1月の「No.2 銅版画展」への出品を依頼している。(当時の案内状には加納の他に浜口陽三、南桂子(パリ在住)、瑛九、駒井哲郎、関野準一郎、泉茂、加藤正、上野省策、沢野井信夫の10人の名前が載っている。)無名の新人がこの中に入っていること自体驚きだが、早くもその年の9月には同画廊で個展を行うなど瀧口の期待の大きさを物語っている。
瀧口が加納について紹介した最初の文章で「この作者は銅版から詩の図解ではなく、未知な粒子の言葉を生みだそうとする若い詩人だといってよいだろう。」(「紋章のある風景」(「美術手帖」138号、1958年3月)と書き、加納が詩人と画家の両方の資質を備えていることをすでに見抜いていた。1972年に加納の立体作品に寄せて瀧口が贈った詩「アララットの船あるいは空の蜜へ小さな透視の日々」(「点№4」点発行所1972年7月刊)の冒頭に書かれた
詩人と画家、
それはふたつの人種ではない
二人はある日、どこかで出会ったのだが、
あとから確かめるすべもなく
ふたつが、ひとつのものの
なかで出会う
という一節は加納へのオマージュであると共に瀧口と加納の出会いをも暗示している。
図版2.「点」№4表紙・加納光於
図版3.瀧口修造・詩「アララットの船あるいは空の蜜へ小さな透視の日々」より
巖谷國士は「彼が加納光於という画家と出会った――あるいはむしろ、加納光於という作業体そのものに内なる他者を、他者の内なる自己を、見た、ということではないだろうか。」(「運動」──旅人たち「第3回オマージュ瀧口修造展 加納光於──瀧口修造に沿って」佐谷画廊1983年7月刊)と論じているが、まさに至言である。
エッチングに始まりインタリオ、メタルプリント、リトグラフ、エンコスティック(蜜蝋)、油彩など彼が版のプロセスに拘り、技巧の限りを尽くして表現し求めているものは何だろう。作品のタイトルもさることながらそこには詩的ヴィジョンとしか言いようのない画面がある。瀧口亡き後加納の作品は瀧口のデカルコマニーを想わせるような様相を呈し、驚くべき色彩の開花を私たちは目の当たりにする。
図版4.加納光於油彩
「胸壁にてーGV」
1980年作・草月美術館蔵
加納光於PAINTINGS’80-83展カタログより
加納と瀧口の共作として二つの詩画集が遺された。「《稲妻捕り》Elements」(書肆山田1978年8月刊)と「掌中破片」(書肆山田1979年1月刊)である。いずれも瀧口の最晩年に刊行され、奇しくも「掌中破片」は最後の詩画集となった。
「《稲妻捕り》Elements」は加納のエンコスティックによる作品に寄せて書かれた手稿が再現され、瀧口の詩作の痕跡を見ることができる。巻末に加納のbeeswax―noteと題した詩的な創作ノートも収録されている。発行部数は不明だが定価1万2千円である。
図版5.「稲妻捕りElements」
函1978年
書肆山田刊
図版6.「稲妻捕りElements」表紙
「掌中破片」は豆本のようなサイズで加納のエンコスティックとメタルプリント併用の作品に瀧口の詩が載っている。晩年の詩的実験とも言うべき「自在諺」の短詩である。奥付には1979年1月元旦発行限定279部定価2千5百円とあるが、加納によると実際に刊行されたのは3月とのこと。
図版7.「掌中破片」本冊と函
1979年
書肆山田刊
図版8.瀧口修造・詩「掌中破片」より
瀧口の歿後40年にあたる2019年11月に富山県美術館で「瀧口修造/加納光於《海燕のセミオティク》2019」展が開催されたが、この二人の関係に焦点を当てた初の展覧会として記憶に新しい。
図版9.「瀧口修造/加納光於《海燕のセミオティク》展チラシ
2019年11月富山県美術館
(せいけ かつひさ)
■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。
・清家克久さんの連載エッセイ「瀧口修造と作家たち―私のコレクションより―」は毎月23日の更新です。
清家克久さんの「瀧口修造を求めて」全12回目次
第1回/出会いと手探りの収集活動
第2回/マルセル・デュシャン語録
第3回/加納光於アトリエを訪ねて、ほか
第4回/綾子夫人の手紙、ほか
第5回/有楽町・レバンテでの「橄欖忌」ほか
第6回/清家コレクションによる松山・タカシ画廊「滝口修造と画家たち展」
第7回/町立久万美術館「三輪田俊助回顧展」ほか
第8回/宇和島市・薬師神邸「浜田浜雄作品展」ほか
第9回/国立国際美術館「瀧口修造とその周辺」展ほか
第10回/名古屋市美術館「土渕コレクションによる 瀧口修造:オートマティスムの彼岸」展ほか
第11回/横浜美術館「マルセル・デュシャンと20世紀美術」ほか
第12回/小樽の「詩人と美術 瀧口修造のシュルレアリスム」展ほか。
あわせてお読みください。
●本日のお勧め作品は佐藤研吾です。
No.5
《遠い場所を囲い込むための空洞1》
2022
クリ、鉄媒染
20 × 25 × 20cm
Signed
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
清家克久
第3回 「加納光於のメタルプリント」
図版1.加納光於 メタルプリント《SOLDERED BLUE》
27.5×19.0cm
1965年作
A.P. サイン有
この作品との出会いは忘れ難い。1984年の2月に初めて銀座の佐谷画廊を訪ねた折に応接間に飾ってあったこの作品を一目で気に入り、16万円の価格を提示されたが、ためらいなくその場で購入を決めた。その時はシートサイズ幅の銀縁の額に入っていたが、広く余白をとった金縁の額装で届いた。
メタルプリントという技法と題名の由来については「加納光於の色彩探究の第一歩は「ソルダード・ブルー」というメタルプリントのシリーズから始まる。これは亜鉛板をガスバーナーで処理しそれを基本的には凸版で刷ったものである。亜鉛板そのものは「Mirror,33」というメタルワークのシリーズとして作品化されている。(中略)そしてソルダード・ブルーというタイトルは石鯛の接合歯に由来するという。凸版刷りによって紙に喰い込んだ青を実見すればこれはなるほどソルダード・ブルーである。そればかりではない加納にとって青は天空的なものと地上的なものを「接合」する理念的な色彩でもあるのだ。」(「加納光於PAINTINGS’80-83展」北九州市立美術館1983年9月刊より)と黒岩恭介学芸員が解説している。このシリーズは1964年から65年にかけて制作され、「刷られた紙の裏の凹凸の激しさは、版画用紙を突き抜け、プレス上のフェルトまで切り裂くほどでした。」と作家自身が語っているだけにその刷り部数は少ない。
私の問い合わせに対して加納さんから「この作品はエディションとしての限定ナンバーの刷り枚数を刷らず、作家用のA.P.(Artist’s Proof)としてわずか数枚刷ったのみです。」と親切な手紙の返事をいただいた。
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瀧口修造が加納光於に寄せて折々に書かれた文章を読むと、これほど多くの期待と親しみを込めて讃辞を贈られた作家は他にいないだろうと思う。
加納は独学で銅版画の制作を始め、1953年に初めてタケミヤ画廊を訪ね瀧口に作品を見て貰ったという。当時タケミヤ画廊で展覧会の企画と人選を任されていた瀧口は、1956年1月の「No.2 銅版画展」への出品を依頼している。(当時の案内状には加納の他に浜口陽三、南桂子(パリ在住)、瑛九、駒井哲郎、関野準一郎、泉茂、加藤正、上野省策、沢野井信夫の10人の名前が載っている。)無名の新人がこの中に入っていること自体驚きだが、早くもその年の9月には同画廊で個展を行うなど瀧口の期待の大きさを物語っている。
瀧口が加納について紹介した最初の文章で「この作者は銅版から詩の図解ではなく、未知な粒子の言葉を生みだそうとする若い詩人だといってよいだろう。」(「紋章のある風景」(「美術手帖」138号、1958年3月)と書き、加納が詩人と画家の両方の資質を備えていることをすでに見抜いていた。1972年に加納の立体作品に寄せて瀧口が贈った詩「アララットの船あるいは空の蜜へ小さな透視の日々」(「点№4」点発行所1972年7月刊)の冒頭に書かれた
詩人と画家、
それはふたつの人種ではない
二人はある日、どこかで出会ったのだが、
あとから確かめるすべもなく
ふたつが、ひとつのものの
なかで出会う
という一節は加納へのオマージュであると共に瀧口と加納の出会いをも暗示している。
図版2.「点」№4表紙・加納光於
図版3.瀧口修造・詩「アララットの船あるいは空の蜜へ小さな透視の日々」より巖谷國士は「彼が加納光於という画家と出会った――あるいはむしろ、加納光於という作業体そのものに内なる他者を、他者の内なる自己を、見た、ということではないだろうか。」(「運動」──旅人たち「第3回オマージュ瀧口修造展 加納光於──瀧口修造に沿って」佐谷画廊1983年7月刊)と論じているが、まさに至言である。
エッチングに始まりインタリオ、メタルプリント、リトグラフ、エンコスティック(蜜蝋)、油彩など彼が版のプロセスに拘り、技巧の限りを尽くして表現し求めているものは何だろう。作品のタイトルもさることながらそこには詩的ヴィジョンとしか言いようのない画面がある。瀧口亡き後加納の作品は瀧口のデカルコマニーを想わせるような様相を呈し、驚くべき色彩の開花を私たちは目の当たりにする。
図版4.加納光於油彩「胸壁にてーGV」
1980年作・草月美術館蔵
加納光於PAINTINGS’80-83展カタログより
加納と瀧口の共作として二つの詩画集が遺された。「《稲妻捕り》Elements」(書肆山田1978年8月刊)と「掌中破片」(書肆山田1979年1月刊)である。いずれも瀧口の最晩年に刊行され、奇しくも「掌中破片」は最後の詩画集となった。
「《稲妻捕り》Elements」は加納のエンコスティックによる作品に寄せて書かれた手稿が再現され、瀧口の詩作の痕跡を見ることができる。巻末に加納のbeeswax―noteと題した詩的な創作ノートも収録されている。発行部数は不明だが定価1万2千円である。
図版5.「稲妻捕りElements」函1978年
書肆山田刊
図版6.「稲妻捕りElements」表紙「掌中破片」は豆本のようなサイズで加納のエンコスティックとメタルプリント併用の作品に瀧口の詩が載っている。晩年の詩的実験とも言うべき「自在諺」の短詩である。奥付には1979年1月元旦発行限定279部定価2千5百円とあるが、加納によると実際に刊行されたのは3月とのこと。
図版7.「掌中破片」本冊と函1979年
書肆山田刊
図版8.瀧口修造・詩「掌中破片」より瀧口の歿後40年にあたる2019年11月に富山県美術館で「瀧口修造/加納光於《海燕のセミオティク》2019」展が開催されたが、この二人の関係に焦点を当てた初の展覧会として記憶に新しい。
図版9.「瀧口修造/加納光於《海燕のセミオティク》展チラシ2019年11月富山県美術館
(せいけ かつひさ)
■清家克久 Katsuhisa SEIKE
1950年 愛媛県に生まれる。
・清家克久さんの連載エッセイ「瀧口修造と作家たち―私のコレクションより―」は毎月23日の更新です。
清家克久さんの「瀧口修造を求めて」全12回目次
第1回/出会いと手探りの収集活動
第2回/マルセル・デュシャン語録
第3回/加納光於アトリエを訪ねて、ほか
第4回/綾子夫人の手紙、ほか
第5回/有楽町・レバンテでの「橄欖忌」ほか
第6回/清家コレクションによる松山・タカシ画廊「滝口修造と画家たち展」
第7回/町立久万美術館「三輪田俊助回顧展」ほか
第8回/宇和島市・薬師神邸「浜田浜雄作品展」ほか
第9回/国立国際美術館「瀧口修造とその周辺」展ほか
第10回/名古屋市美術館「土渕コレクションによる 瀧口修造:オートマティスムの彼岸」展ほか
第11回/横浜美術館「マルセル・デュシャンと20世紀美術」ほか
第12回/小樽の「詩人と美術 瀧口修造のシュルレアリスム」展ほか。
あわせてお読みください。
●本日のお勧め作品は佐藤研吾です。
No.5《遠い場所を囲い込むための空洞1》
2022
クリ、鉄媒染
20 × 25 × 20cm
Signed
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●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
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