リレーエッセイ「伊藤公象の世界」第13回(最終回)
第13回 小泉晋弥「インスタレーションが作る「共在」空間 — ライプニッツの襞から」
『ITO KOSHO 伊藤公象作品集』の出版をもって、プロジェクトが完結した。伊藤公象先生と伊藤アトリエの皆さん、プロジェクト代表の磯崎寛也さん、ARTS ISOZAKIの皆さん、ときの忘れものの皆さんには、改めて感謝の意を表したい。伊藤先生のインスタレーション全体を、時空間が連続した一つの「流れ」として見た作品集にしたいと提案したのが、2020年の終りのことで、ほぼ1年半を費やしたことになる。この間、クラウドファンディングに出資された方々には、作品集をお届けするのが半年遅れとなってしまったことを、この場を借りてお詫びしたい。


さて、全作品を一つの流れとして見るというアイデアは、作品集のテキストで説明したようにアルフレッド・ジェルのものだったが、具体的なイメージは、葛飾北斎の《隅田川両岸一覧》という江戸名所狂歌絵本から得た。隅田川を河口から上流に遡りながら、名所をめぐり、四季が一巡りするという趣向で見事に時空間を超越した構成に大きな刺激を受けたのだ。作品集では、デザイナーの林さんの尽力で、伊藤先生の作品が最新作から1972年の作品まで、ポジフィルムや紙焼き写真のメディアの時間まで感じさせるレイアウトとして実現された。筆者のテキストは、北斎のイメージに敬意を表して、東洋思想中心に伊藤作品を語ろうとしたが力足らずに終った。


2009年の大個展(茨城県陶芸美術館、東京都現代美術館)での谷新氏による詳細なテキストで充分だろうと思い、「襞」に触れなかった筆者の第一稿は、伊藤先生から指摘を受けて、「襞」の重要性を急ぎ追加することになった。作品集では、磯崎さんが、ライプニッツからドゥルーズへと受け継がれた「襞」に言及したのに対して、筆者はドゥルーズが道元の言葉を引用していたと指摘した程度だったので、若干の補足をしたい。
ライプニッツが、「襞」という言葉で表そうとしていたものは、ある個体が映し込んでいる世界全体だという。逆にいえば「個体とは、宇宙が紡ぎ込まれた折り目である」(熊野純彦『西洋哲学史 近代から現代へ』岩波新書、2006年)という。その端的な指摘は、そのまま伊藤先生のインスタレーションにあてはまる。ちいさな一個に全宇宙がどのようにして反映できるのか?という問いには、ライプニッツは「微小表象」という意識にのぼらない表象で説明する。解りやすい例は、私たちが印刷物の黄と青のドットを緑色と認識することだ。「微小表象」を敷衍すれば、全ての物質を構成する原子にたどり着く。受け止めてはいるはずなのに意識されない「微小表象」が世界には充ち満ちているということを、伊藤先生の最新作《回帰記憶》は伝えていた。
さらにライプニッツは、アインシュタインを先取りするように時空間は相対的なものだと主張していた。「(前略)時間と同じように、空間は純粋に関係的な或るものであり、時間が継起の秩序であるように、空間は共在の秩序であると考えます」(「ライプニッツの第三の手紙」熊野、前掲書)。この考え方そのままに、伊藤先生のインスタレーションは、配置される場所や人々と「共在(Coexistences)」することによって作品空間として出現していたのだ。その有様を、今回の作品集から感じ取っていただけたなら幸いである。
(こいずみ しんや)
■小泉晋弥 こいずみしんや
昭和28年福島県に生まれる。昭和55年東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了。昭和59年いわき市立美術館学芸員。平成4 年郡山市立美術館主任学芸員。平成08年茨城大学教育学部助教授、平成13年同教授。平成14年~18年茨城大学五浦美術文化研究所所長。平成23年~26年茨城大学教育学部附属中学校長。平成26年~30年茨城大学教育学部副学部長。平成27年~30年茨城大学教育学部附属幼稚園長。現在茨城大学名誉教授。五浦美術文化研究所客員所員。
・伊藤公象、小泉晋弥、堀江ゆうこの三人によるリレーエッセイ「伊藤公象の世界」は今回で終了です。ご愛読ありがとうございました。作品集をぜひご購読ください。
●『ITO KOSHO 伊藤公象作品集』
『ITO KOSHO 伊藤公象作品集』
刊行:2022年6月
著者:伊藤公象
監修:小泉晋弥
監修助手:田中美菜希(ARTS ISOZAKI)
企画:ARTS ISOZAKI(代表・磯崎寛也)
執筆:小泉晋弥、伊藤公象、磯崎寛也
デザイン:林 頌介
写真:内田芳孝、堀江ゆうこ、他
体裁:サイズ30.6cm×24.6cm×1.6cm、164頁
日本語・英語併記
発行・編集:ときの忘れもの
価格: 3,300円(税込)+梱包送料250円
●陶オブジェ付の特別頒布(限定50個): 25,300円(税込)+桐箱代3,000円+梱包送料1,600円
*桐箱不要の方はダンボールの箱にお入れします(無料)。

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第13回 小泉晋弥「インスタレーションが作る「共在」空間 — ライプニッツの襞から」
『ITO KOSHO 伊藤公象作品集』の出版をもって、プロジェクトが完結した。伊藤公象先生と伊藤アトリエの皆さん、プロジェクト代表の磯崎寛也さん、ARTS ISOZAKIの皆さん、ときの忘れものの皆さんには、改めて感謝の意を表したい。伊藤先生のインスタレーション全体を、時空間が連続した一つの「流れ」として見た作品集にしたいと提案したのが、2020年の終りのことで、ほぼ1年半を費やしたことになる。この間、クラウドファンディングに出資された方々には、作品集をお届けするのが半年遅れとなってしまったことを、この場を借りてお詫びしたい。


さて、全作品を一つの流れとして見るというアイデアは、作品集のテキストで説明したようにアルフレッド・ジェルのものだったが、具体的なイメージは、葛飾北斎の《隅田川両岸一覧》という江戸名所狂歌絵本から得た。隅田川を河口から上流に遡りながら、名所をめぐり、四季が一巡りするという趣向で見事に時空間を超越した構成に大きな刺激を受けたのだ。作品集では、デザイナーの林さんの尽力で、伊藤先生の作品が最新作から1972年の作品まで、ポジフィルムや紙焼き写真のメディアの時間まで感じさせるレイアウトとして実現された。筆者のテキストは、北斎のイメージに敬意を表して、東洋思想中心に伊藤作品を語ろうとしたが力足らずに終った。


2009年の大個展(茨城県陶芸美術館、東京都現代美術館)での谷新氏による詳細なテキストで充分だろうと思い、「襞」に触れなかった筆者の第一稿は、伊藤先生から指摘を受けて、「襞」の重要性を急ぎ追加することになった。作品集では、磯崎さんが、ライプニッツからドゥルーズへと受け継がれた「襞」に言及したのに対して、筆者はドゥルーズが道元の言葉を引用していたと指摘した程度だったので、若干の補足をしたい。
ライプニッツが、「襞」という言葉で表そうとしていたものは、ある個体が映し込んでいる世界全体だという。逆にいえば「個体とは、宇宙が紡ぎ込まれた折り目である」(熊野純彦『西洋哲学史 近代から現代へ』岩波新書、2006年)という。その端的な指摘は、そのまま伊藤先生のインスタレーションにあてはまる。ちいさな一個に全宇宙がどのようにして反映できるのか?という問いには、ライプニッツは「微小表象」という意識にのぼらない表象で説明する。解りやすい例は、私たちが印刷物の黄と青のドットを緑色と認識することだ。「微小表象」を敷衍すれば、全ての物質を構成する原子にたどり着く。受け止めてはいるはずなのに意識されない「微小表象」が世界には充ち満ちているということを、伊藤先生の最新作《回帰記憶》は伝えていた。
さらにライプニッツは、アインシュタインを先取りするように時空間は相対的なものだと主張していた。「(前略)時間と同じように、空間は純粋に関係的な或るものであり、時間が継起の秩序であるように、空間は共在の秩序であると考えます」(「ライプニッツの第三の手紙」熊野、前掲書)。この考え方そのままに、伊藤先生のインスタレーションは、配置される場所や人々と「共在(Coexistences)」することによって作品空間として出現していたのだ。その有様を、今回の作品集から感じ取っていただけたなら幸いである。
(こいずみ しんや)
■小泉晋弥 こいずみしんや
昭和28年福島県に生まれる。昭和55年東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了。昭和59年いわき市立美術館学芸員。平成4 年郡山市立美術館主任学芸員。平成08年茨城大学教育学部助教授、平成13年同教授。平成14年~18年茨城大学五浦美術文化研究所所長。平成23年~26年茨城大学教育学部附属中学校長。平成26年~30年茨城大学教育学部副学部長。平成27年~30年茨城大学教育学部附属幼稚園長。現在茨城大学名誉教授。五浦美術文化研究所客員所員。
・伊藤公象、小泉晋弥、堀江ゆうこの三人によるリレーエッセイ「伊藤公象の世界」は今回で終了です。ご愛読ありがとうございました。作品集をぜひご購読ください。
●『ITO KOSHO 伊藤公象作品集』
『ITO KOSHO 伊藤公象作品集』刊行:2022年6月
著者:伊藤公象
監修:小泉晋弥
監修助手:田中美菜希(ARTS ISOZAKI)
企画:ARTS ISOZAKI(代表・磯崎寛也)
執筆:小泉晋弥、伊藤公象、磯崎寛也
デザイン:林 頌介
写真:内田芳孝、堀江ゆうこ、他
体裁:サイズ30.6cm×24.6cm×1.6cm、164頁
日本語・英語併記
発行・編集:ときの忘れもの
価格: 3,300円(税込)+梱包送料250円
●陶オブジェ付の特別頒布(限定50個): 25,300円(税込)+桐箱代3,000円+梱包送料1,600円
*桐箱不要の方はダンボールの箱にお入れします(無料)。

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