王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥 第24回」

TOTO ギャラリー・間 企画展
「How is Life? 地球と生きるためのデザイン」を訪れて


1、はじめに
 約40年前のバブル景気に向かう頃、脚本家の倉本聰さんは作品「北の国から」(*1)で、利便性や物質的豊かさを追求する現代社会を批判し、自然(*2)の恵みと厳しさ、廃棄される食糧と物、生きるための共同体に目を向け、ブラウン管を通してオルタナティブな生き方を提示した。

 「何でも新しく流行を追って、次々に物を買う贅沢な東京。流行に遅れると、まだ使えるのに簡単に捨てちゃう都会の生活。でも、僕らがこの半年北海道であった生活は明らかにそれとは違う暮らしで(略)例えば物が何もなくても、なんとか工夫をして暮らすんだ」(*3)ドラマの中で、小学生の黒板純が父の五郎が捨てられていた自転車を修理したエピソードを回想し、その価値観を理解し始めた頃の言葉だ。そして、映像作品としては最終話である「北の国から 2002 遺書」で、五郎はこんな言葉を残す。「金なんか望むな、幸せだけを見ろ。ここにはなんもないが自然だけはある。自然はお前らを死なない程度には十分毎年食わしてくれる。自然から頂戴しろ。そして謙虚に、つつましく生きろ。」(*4)

 「北の国から」では、農家/酪農家/材木屋などの家々から成る共同体が、季節やイベント毎に労働力を補い合う「手間返し」が度々出てくる。漁村では「もやい」、本州では「結」と言うそうだ。なんというか、多くの現代人には身体的な労働とサバイバル力が不足している。

2、なぜ、今「地球と生きるためのデザイン」か
 展覧会メディアで扱われるテーマは、大抵前兆がある。だから、パンデミック前に起こっていたことを振り返っておきたい。2007年に福岡伸一著『生物と無生物のあいだ』、2012年に奥野克己編『人と動物の人類学』が発表された。2016年、東京都写真美術館「恵比寿映像祭」の主題がジル・クレマン『動いている庭』から引用され、ドキュメンタリー《動いている庭》が国内初公開された。同年、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科でブルーノ・ラトゥール(*5)の来日公開講義が開催された。更に、GYRE(東京表参道)では「アセンブル_共同体の幻想と未来」展が開かれた。その後も、同時代の生物多様性や共生共存への関心は止まることなく、石倉敏明さんがリサーチャー/アーティストとして参加した「精神の〈北へ〉」(*6)など、人類学と美術・建築を横断する活動やイベントが多く企画され、2018年には『美術手帖』で「アートと人類学」が特集された。
 同時に、建築分野では、2016年~2019年に建築学会で行われたパラレルプロジェクションズ/セッションズ(*7)の多くの議題にも見られたように、特に中年以下の層では、空き家の利活用、地域資源を活かした地域社会の再生、セルフビルド、都市の社会実験などが実感できるテーマとしてあった。

 移動や集会の制限が緩和され、久しい再会が多く訪れつつある今、展覧会のタイトルである「How is Life?」は、ご機嫌をうかがうのに相応しい挨拶のような気がする。

 本展は、TOTOギャラリー・間の運営委員を務めている塚本由晴さん、千葉学さん、セン・クアンさん、田根剛さんら建築家と研究者がキュレーションを行った展覧会で、個展やグループ展形式とは異なり、第三者目線で優れたデザインが調査を経て選出され、批評され、展覧会として編集された。館内では、都市と農業、福祉、資源の循環、伝統的な技術の学びと継承、モビリティ、海面上昇、公共・共同、人間と非人間、セルフビルドなどのテーマが絡み合う国内外の20以上の建築分野と関連するプロジェクトと40冊以上の書籍がレファレンスとして挙がっている。解説文も見どころで、田根さんが作家としての出展や会場デザインからは距離をおき、リサーチャー・キュレーターに徹し、展示作品中の2作品を除く全ての作品をディスコースしている点も興味深い。

 続いて、現在進行形の2つの作品に関して、不勉強ながら紹介することをお許しいただきたい。

3、《Tool Shed》(2022)について
 一見、農具が展示されているように見える《Tool Shed》は、アリソン理恵さんが設計したShed(=小屋)と、「小さな地球」ほか複数の関係者から提供された鋸、鍬などの道具類から成り、そのタイトルからは建物的なものを表していることが読み取れる。単なる道具小屋ではなく、共用のツールや知恵にアクセスできる名前のないビルディングタイプで、塚本由晴さんの考える21世紀の建築の概念模型だと捉えてみるのはどうだろうか。

 塚本さんは、アトリエ・ワンとして「BMW Guggenheim Lab」(2011年ニューヨーク、2012年ベルリン、2012-2013年ムンバイ)、「恋する豚研究所」(2013年、千葉県香取市)、「ミュージアム オブ トゥギャザー」展会場構成(2017年、於スパイラル)など、従来の建築計画や公共から置き去りにされる事項を可視化することに取り組んできた。そして、塚本さんはかねてより、戦後の日本で近代国家のサービスが市民に行き届くために作られた公共(施設)建築に対し、複数のパートナーで共同管理・共同利用する脱施設型建築に着目し、「小さな地球」では当事者の一員になっている。
「小さな地球」は、鴨川市の棚田集落の里山再生を中心としたプロジェクトだ。そこでは協働者が古民家を普請で改修したり、茅葺き屋根を葺いたり、林・農・建設の複合的な活動を通して、身近にある資源を利活用し、発達しすぎた便利な産業社会に対して、暮らしを見直すことが実践されている。《Tool Shed》は、現代人がサービスを享受するハコモノのオルタナティブとしてのコンセプトモデルであり、おそらく、コモン型のフィールドには、こうした特定複数/多数のためのシェア道具小屋、キッチン、レジデンス、あるいは多目的な居間やライブラリーのような場所が、共同体の必要から生まれているのではないか。

 そして、本作品のディティールである道具類に目を向けるとき、千葉学さんの解説文をぜひ読んで欲しい。人は、道具を介して対象への理解が深まり、道具から受け取る情報によって進化し文化を育んできたことが書かれている。

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会場風景
中央が《Tool Shed》(2022)、道具提供=ユグチヨシユキ、小さな地球、くさかんむり、石積み学校、東京工業大学塚本研究室、設計=アリソン理恵

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《小さな地球》(2021-)、制作=小さな地球+東京工業大学塚本由晴研究室

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《小さな地球》(部分)

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《小さな地球》(部分)
彫刻家は道具を自身で作ると聞くが、里山を維持管理や農作業では多様な道具が使われる。

4、千葉学建築計画事務所+東京大学千葉学研究室による《Bicycle Urbanism》(2020-)について
 人は、自転車、自動二輪、自動車などを身体を拡張するツールとして使い、各々のスピード、スケール、時間、距離の感覚で環境を感じとり、使いこなす乗り物が変われば風景は違って見える。特に自転車は、人力が動力になるため、例えば、気候、地形、感触が漕ぐ者に伝わり、人は高い解像度で都市/自然を感受、体験、記憶し、体内、五感が鍛錬され呼応し、時には自転車や装備を維持改良することがあるように、人と対象を媒介する身体的な道具といえる。

 《Bicycle Urbanism》は、低炭素化社会の主役になるであろう自転車利用者の視線から、気づきや提案をモデル化した作品だ。東京都心のモビリティに関して7つの提案が示された地図ベースのプレゼンテーション、提案「Bicycle Highway」を表した縮尺1/50の模型と、提案「Leaf Rack」の原寸模型から構成される。展示順路が、スイスの《Bikeable》と田根さんがリサーチしたフランスの《15-Minute City》という、実在の移動に関わるプロジェクトに挟まれている点も興味深い。

 中でも提案「Weekend Void」は 、時間軸に着目したアイディアだ。そのネーミングは、物流が休みになる日曜日に東京湾岸エリアを楽しむサイクリストたちのライフスタイルから取られたもので、こうした発想は、彼らの場所×時間の隙を見つけて順応する都会的な感性が表現されている。

 模型では、幹線道路中央に設けられた「Bicycle Highway」、立体駐輪場、商業施設のドライブスルーならぬライドスルーなどの魅力的な提案に加え、地上でキックボードが走り、アーバンスポーツパークがビルの屋上にある点も、今後の移動手段を考える上で見逃せない。
 かつて、道はもっと寛容な場所だった。模型で扱われている道路がそうだったというわけではないが、古来の「みち」は自然(神々の聖域)と生活圏をつなぐもので、平安時代から明治の地租改正までは、参道や広小路では仮設の商いや医療行為など行われる多用途な場所だったはずだ。「遊具」と分類されてしまうスケートボードやスケートを禁止する排斥的な看板がなくなると、街はもっとクールなのに、と思う。

 展示資料として双方向性の高い模型表現は、他にも、都心に土と緑を取り戻せるか、夏のヒートアイランド現象をいかに軽減できるかなど、鑑賞者が勝手に議論を膨らませるポテンシャルがまだまだありそうだ。

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《Bicycle Urbanism》(部分)

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《Bicycle Urbanism》(部分)

さいごに
 先日、品川区のふれあい作業所によるリサイクル自転車販売を見かけた。障がい者の就労と保管期限の切れた放置自転車の再生を両立させるもので、古着や古家具のように世界に唯一無二のカスタム自転車は悪くなかった。都市は廃棄される物で溢れている。視覚的なアウトプットをするばかりがデザインではなく、街のこういった活動も一種の地球と生きるデザインなのだと思う。

*1「北の国から」:倉本聰脚本、フジテレビ制作、1981-82年に連続ドラマ放送。連続ドラマ終了後、1983年~2002年ドラマスペシャル放送。
*2:天然のあるがままの自然ではなく、積極的な人間の介入行為(開拓、狩猟、畜産など)も含む
*3:「北の国から」第14話、フジテレビ、1981-1982年。壊れて捨てられていた自転車を五郎が修理したが、元の所有者からの届けを受けた警察が黒板家に指摘しに来た過去を純が回想する。
*4:ドラマスペシャル「北の国から 2002 遺言」、フジテレビ、2002年。
*5 ブルーノ・ラトゥール:
科学人類学者、科学社会学者、哲学者。キュレーターとしての主な企画に「イコノ クラッシュ」(2002年)、「モノを公にする」(2005年)、「近代性をリセットする!」(2016)、台北ビエンナーレ2020 「あなたと私は違う星に住んでいる」。
*6 精神の〈北〉へ:
美術家丸山芳子が中心となり2013年から進めている活動。各地での美術展やシンポジウムを通じて北方的精神を探求する交流を行っている。http://spirit-of-north.net/
*7 パラレルプロジェクションズとパラレルセッションズ:
2016年日本建築学会創立130年を記念建築文化週間を機に、建築文化事業委員会によってパラレルプロジェクションズが行われた。その後、2017年から2019年にパラレルセッションズが開催され、33のカテゴリーでディスカッションが進められた。担当委員の川勝真一、辻琢磨、井上宗則を中心に、建築界の同時代のテーマが炙り出され、その記録は2021年にアーカイブとしてまとめられてた。http://bunka.aij.or.jp/para-projections/

(おう せいび)

●王 聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」は偶数月18日に掲載しています。次回は2023年2月18日の予定です。

王 聖美 Seibi OH
1981年神戸市生まれ、京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科卒業。WHAT MUSEUM 学芸員を経て、国立近現代建築資料館 研究補佐員。
主な企画展に「あまねくひらかれる時代の非パブリック」(2019)、「Nomadic Rhapsody-"超移動社会がもたらす新たな変容"-」(2018)、「UNBUILT:Lost or Suspended」(2018)など。

展覧会紹介
TOTO ギャラリー・間 企画展
How is Life?  地球と生きるためのデザイン」
会期:2022年10月21日~2023年3月19日
月・祝日・年末年始(12月26日~1月9日)は休館
会場:TOTOギャラリー・間
〒107-0062 東京都港区南青山1-24-3 TOTO乃木坂ビル3F
  Tel: 03-3402-1010
産業革命以降手に入れた生産力を背景に、成長を是としてきた人類の活動は、プラネタリー・バウンダリー※1を超え、気候変動や南北格差をもたらし、声をあげることのできない生物や将来世代を搾取し続けている。その対応策として、成長の原動力となった産業や便利な暮らしを維持しつつ環境負荷を低減させる行動がSDGsとして推奨されているが、事態はより深刻で、持続的成長ではなく成長なき繁栄※2を本気で検討しなければならないところまで来ている。そのためには産業分野だけでなく、暮らし自体を見直し、その構成要素の一つ一つを、地球に負荷をかけない方向に転換していかなければならない。しかし、産業からサービスを買うことに慣れてしまった我々は、自らの手で衣食住やエネルギーを獲得するスキルをもたず、また産業社会的連関による包囲網はそこからの逸脱を容易には許さない。20世紀後半につくられた生産―消費―廃棄の想定を定着し続けてきた構築環境の中に暮らしていると、その想定を疑うことも容易ではない。そこで培われた自画像は、同じ想定に基づく構築環境や暮らしを再生産してしまう。その反復から抜け出して、成長なき繁栄を選ぶのならば、我々はどう生きるか? 建築が人々の暮らしをよりよくすることに奉仕するものであるならば、そうした包囲網を障壁として発見し、挑んでいくことから、建築的営為を始めるべきだろう。その時話し合いのテーブルにつくのは、今ここにいる自分達だけでなく、立場の弱い人、地球の別の場所にいる人、未来の人、そしてヒト以外の生物かもしれない。「How is Life?」という、彼ら、そして私達自身への問いかけを、建築展という形にする試みに、ご期待あれ。
TOTOギャラリー・間 企画展 How is Life?
キュレーター:塚本由晴、千葉 学、セン・クアン、田根 剛
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「Tricolore 2022 ハ・ミョンウン、戸村茂樹、仁添まりな」より戸村茂樹作品のご紹介
333_晩冬III_tri戸村茂樹
晩冬 3
2013
銅版画エッチング
イメージサイズ:14.6×14.6cm
Ed.24 Signed  
額付価格:33,000円

12月24日(土)ジョナス・メカス生誕100年記念の上映会を開催します。予約制です。上映時間、プログラムについては12月14日ブログをご参照ください。

「Tricolore 2022 ハ・ミョンウン、戸村茂樹、仁添まりな」
会期:12月9日(金)~12月23日(金)※日・月・祝日休廊
出品21点のデータと価格は12月4日ブログをご参照ください。
49_tricolore_案内状_表1280

49_tricolore_案内状_宛名面1280

中村哲医師とペシャワール会を支援する12月頒布会
20211202125951_0000112月11日ブログで開催中
今月の支援作品は靉嘔、粟津潔、井上公三、元永定正、中路規夫です。
頒布代金全額をペシャワール会に送金します。
申込み締め切りは12月20日19時です。
皆さんのご支援をよろしくお願いいたします。

年末年始・冬季休廊のお知らせ
本年の営業は12月27日(火)で終了します。
12月28日(水)~2023年1月4日(水)まで冬季休廊いたします。