三上豊「今昔画廊巡り」

第21回 承前紀伊國屋画廊


 前回を書き上げたのち、画廊に勤めていた矢島登喜子さんにお会いする機会を得た。矢島さんは、1970年代初頭から92年まで、紀伊國屋書店事業部事業課に所属、支配人のもとでアルバイトとともに画廊の運営に携わった。

 今回は、矢島さんからお聞きした情報を踏まえ、もう少し紀伊國屋画廊について記述してみたい。まず前回の訂正から。壁面は釘を打ってよかったそうだ。それにしては綺麗に保たれていた。穴埋めを丁寧にしたことと、タブローが架けられる場所がそれほど異なることはなかったのだろう。照明は蛍光灯とスポットライト。入って右のカーテンが掛かっていた壁面は、後ろに梱包材などが置かれていた。その手前の机に芳名帳があり、墨かペンで記入し、もうひとつ横の机には、作品集やDMが置かれていた。中央の長椅子の両脇には陶製の灰皿があった。前川國男の指示だろうが、画廊の展示スペースが喫煙可とは、ほかにあまり例をみない。

 床面積は23坪。当初から美術書売り場も同じ階で、入り口の向かいはショーウインドー的な展示スペースだったが、現在は書棚となっている。展覧会歴をみていくと、出版記念展や挿絵がらみの企画も多い。奥右側にはホール楽屋に通じる扉あり、搬出入に使われていた。舞台に使われる大道具などがエレベーターで4階まで運ばれるわけで、画廊もその機能を利用できた。また、ホールの仕事をしていた裏方さんたちが、力仕事を手伝ってくれたりもした。こんなところに書籍売り場やホール入り口横にある画廊の特色がみえる。もともと田辺茂一は丸善の書籍売り場にある画廊に憧れ、「我が書店にも画廊を」と発想したという。彼は書店経営には向いてはいないようだったが、新宿の文化人としては欠かせない(『田辺茂一と新宿文化の担い手たち』展図録 新宿歴史博物館 1995年)人物だった。

 矢島さんに、作品が売れたことで記憶に残っている作家をお聞きすると、安野光雅を挙げられた。開廊前からご婦人たちが列をつくり、作品を購入していったという。米倉斉加年も本と連動して売れたそうだ。作家選定を行なっていた坂崎乙郎さんについて、彼と親交があった鴨居玲の展覧会では所蔵家から作品を借りたこと。一時自由美術に属していたが、無所属で発表をしていた詩人・画家池田淑人を応援していたことがあったという。池田は紀伊國屋画廊で8回発表、1回目は1929年、73年には回顧展を開催しているが、評価は坂崎が思うほどに得られなかったのは残念だったそうだ。また坂崎は画廊に始終出入りし、事務室の椅子に腰掛け、知人が来廊するのを待っていたその姿は、矢島さんには忘れられない思い出だそうだ。

 もうひとつ、画廊ではないが、紀伊國屋書店所蔵で話題になる作品がある。森芳雄の《二人》だ。戦後の絵画史に関する展覧会には頻繁に展示される作品だ。《二人》を描き上げた頃、年越しの金に困った森は、田辺のもとに作品を持ち込み購入してもらったという。田辺は2回に分けて支払ったという細かい話も伝わっている。作品は店内や9階の会員制サロンの壁面に掛けられていた。

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森芳雄《二人》が掛けられた9階サロン

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画廊見取り図

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眞板雅文の展示 「第6回次元と状況」より 1979 写真提供=眞板充江

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1973年の池田淑人展のリーフレットより

(みかみ ゆたか)

■三上 豊(みかみ ゆたか)
1951年東京都に生まれる。11年間の『美術手帖』編集部勤務をへて、スカイドア、小学館等の美術図書を手掛け、2020年まで和光大学教授。現在フリーの編集者、東京文化財研究所客員研究員。主に日本近現代美術のドキュメンテーションについて研究。『ときわ画廊 1964-1998』、『秋山画廊 1963-1970』、『紙片現代美術史』等を編集・発行。

・三上豊のエッセイ「今昔画廊巡り」は毎月28日の更新です。次回更新は2月28日です。どうぞお楽しみに。

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1979年
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