杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」第108回

つくる当事者

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今回はオフィスをシェアしている友人の建築現場へ行ってきたことを綴ろうと思います。

建築は設計と施工の間で、紙面(もしくは画面)から作業の対象が実際に現場で建てることへ移行して、設計者から施工者へ図面を介して実作業のバトンタッチをします。
つまり設計者は、実際に図面を描くこと(つくる当事者)から、現場(つくっている人)を監督する役割を担います。思考回路にしても、設計で考える抽象的なアイデアを、具体的なモノにしていくのは頭の使うところが少し違うように思います。
そんな実際に作り手の立場になって考えて設計されたもの、それを今回訪れた住宅で目にすることができました。

スイスでは、高校を出て大学で建築を学んだ人と、職業訓練学校へ行き学びながら働き、ドラフトマンや大工としての手解きを受けたのちに専門学校で学ぶ人など、学業の道のりが一本ではありません。今回、現場へともに向かった友人は、後者の道を選んでおり、大工としてのバックグラウンドを建物の組み立て方、収め方の対処方法から感じとることができました。たぶん、設計作業のかなり初めの段階から、モノをどう組み合わせて、どう作っていくか。ということを念頭におきながら、全体を計画していったのだと思います。

大学の建築学部を出ているからといって、そのままではすぐには使い物にならない、むしろ職業訓練学校で学んだ人たちのほうが、現場を知っているぶん、即戦力になる。という話は、周りからよく耳にします。友人も作ることに関しては経験と自信があるようでしたが、ないモノねだりというか、大学の枠組みの中でアカデミックに建築を学びたいという気持ちをまだ持っていると話していました。先の話に関連させるなら、抽象的な思考で考える部分でまだ何か足りていないと思っているのかもしれません。学生が建築の歴史を学び、いろいろな建築家のプロジェクトからその思考を辿って、自分達の課題に置き換えて考える。ということは、実際の規則や予算といった束縛ともとれなくもないものから解放される唯一のチャンスかもしれません。

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見学させてもらったのは、個人邸です。スイスで個人住宅を建てることができるのは、日本のそれより限られています。都市部では古い建物が多く残っているので、建て替えるチャンスは大きな開発物件でしかあり得ませんし、そういった場合には集合住宅として新築されます。大多数の人は、古くから建っている都市住宅、郊外の集合住宅に賃貸か分譲に住んでいるか、両親の代から住んでいる家を改修して住んでいるケースが多いのです。

この住宅が建てられている村では、古い建物が壊されて新しい積み木のような3-4層の集合住宅が建てられていました。近年では珍しくはないけれど、村全体としてはどこかまとまりに欠けている印象をもちました。そこに、長方形の平面に勾配屋根がかかった小さな、しかし繊細な家が建てられている。周囲の建物と比べると、少しスケールが小さく、工芸品のような住宅が建っている。
住宅そのものは細かいところまで考えが行き届いていて、心地よい空間でした。建築そのものとは関係がないかもしれないけれど、周囲との関係から考えると、果たしてどういったものであるべきだったのか、は考える余地のある課題が残っていたように思います。

杉山幸一郎 SUGIYAMA Koichiro
日本大学、東京藝術大学大学院にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学に留学。2014年から2021年までアトリエピーターズントー。現在、スイス連邦工科大学チューリッヒ校で設計を教える傍ら、建築設計事務所atelier tsuを共同主宰。2022年1月ときの忘れものにて初個展「杉山幸一郎展スイスのかたち、日本のかたち」を開催、カタログを刊行。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

・ 杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。

●本日のお勧め作品は杉山幸一郎です。
sugiyama-92 (1)"Land & Water 12"
2023
紙に水彩
29.7x21.0cm
Signed
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*画廊亭主敬白
アートフェア東京が昨日終了しました。
お客さまからはたくさんのご注文と、お土産まで頂戴し、スタッフ一同感激しています。
ありがとうございました。
昨日のブログで書いた通り、本日3月10日は瑛九の命日です。
開廊以来、毎年のように開催してきたシリーズ企画・瑛九展(直近では2024年7月の第34回瑛九展/瑛九と池田満寿夫)ですが、次回の第35回展をどうするか、ほとんど実務から退いた亭主に残された専権領域なので(スタッフから疑問の声あり)いろいろ思案しています。
ときの忘れものを支えてきてくださった長年の瑛九コレクターの皆さんにも満足していただき(つまりハイレベルな作品の準備)、かつ瑛九を知らない(没後65年)若い世代にもその画業の素晴らしさを知っていただく(つまり若い人でも手が届く価格帯の作品の準備)展示にしたい。
なかなか難しい課題ですが、どうぞご期待ください。
さて明日からは満を持してのル・コルビュジエ展です。
没後60年 ル・コルビュジエ 建築讃歌
会期:2025年3月11日(火)~3月22日(土)  11:00-19:00  ※日・月・祝日休廊
ル・コルビュジエは 建築設計とともに油彩、彫刻、版画を精力的に制作しました。本展では版画作品を紹介するとともに、磯崎新安藤忠雄マイケル・グレイブス六角鬼丈高松伸など建築家のドローイング、版画作品も併せてご覧いただきます。
出品作品の詳細は3月1日ブログに掲載しました。
没後60年ル・コルビュジエ展 案内状 表面

●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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