もうひとつの光嶋裕介論
            山下悠一


建築家光嶋裕介
の勢いがとまらない。

建築家としての処女作が日本の思想家内田樹
の自邸という鮮烈なデビューを皮切りに、銅版画ドローイング集の出版、二つの個展、首都大学にて助教就任と、とんでもない勢いで活動の幅を広げている。

ドローイング集の出版に際して、内田先生が書かれた光嶋裕介論がとても興味深く、またその評価を受けて僕の中で改めて彼のことを再認識したことがあって、彼が建築家を志す一番初めの日からずっと近くで見てきた親友として、このような評論を書こうと思うに至った。

内田先生の光嶋裕介論では、「絵にかいたような好青年」と「静か、整然、暗い」という彼のドローイングや設計した家から受ける印象がまるで異なる、という違和感に対して、「複雑」だと形容されていた。

僕は、彼と長くつきあってきた人間として、彼に対する「複雑」という言葉には、とても違和感を覚えた。僕がもってきた彼への印象はその真逆だったからだ。

しかし、その評価をしばし受け止めてみて、ずっと描いてきた光嶋裕介像と注意深く照らし合わせてみると、あらためて納得いく解釈が見つかった。

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学生時代の彼は確かに優秀で卒業設計も主席だったが、個別の設計課題を見ていると、もっと才能にあふれ、もっと個性的で成熟した作品を出してくる人間は他にもたくさんいた。

彼の作品は、いつも単純だった。まさに「好青年」っぽい、作品だった。彼の師匠である石山先生も、彼の作品と人間性を「おまえは軽い、コルビジェを見にすぐヨーロッパにいってしまう、というところがある。」と評していた。

他に優秀として評価されていた作品を出してくる学生のものには、もっと「毒」があったり、「鬱屈」していた。彼らにはおそらく若くしてそれまで複雑な人生を歩んできたのか、その内に秘めた人間性の複雑さのようなものがあって、そのようなものがあればあるほど作品は”尖って”いたし、はっとする作品であった。

しかし、彼には、まったくそのようなものはなかった。彼の性格を表すかのごとく、好青年的な作品だった。ワインに例えるなら、できたての若いワインのように、果実味(=センス)は強いが、そこに成熟した複雑な香りというものは一切感じられなかった。

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大学時代から、いまも、そしておそらくこの先もずっと変わらず、他と差別化されるだろうと思う彼の特徴・習慣は、猛烈な勢いで突き進む突進力だ。

彼を動物に例えるなら、「イノシシ」が最も最適だ。頭ではいちいち複雑な計算はしない、とにかく、わき目もふれず、前へ前へ猛烈なスピードで突進していく。

普通の人間は、進むときに少し迷ってしまう。こっちに行こうか、あっちへ行こうか。あるいは、疲れたから少し休憩しよう、最近、気分が乗らないから休もう。

彼にはそういうことが一切ない。

彼のインプットとアウトプットに対するスピードと継続性というのは、本当に目を見張るものがある。スケッチをはじめたらずっとスケッチをやめない、本を読み始めたらずっと読み続ける。美術館めぐりをし、海外を旅し、スケッチを描き続け、本を読み続け、夜な夜な銅版画を掘り続け、様々なネットワークに顔を出し続ける。

猛烈なスピードと継続性を持って走り続けているこの「イノシシ」は、誰よりも多くの風景を見ている。イノシシの脳の中には、誰よりもものすごいスピードで新しい風景がインプットされていく。

彼の描く、銅版画がなぜ「複雑さ」を見せているのか、ということに対する僕の解釈は、こうだ。つまり、好青年イノシシの行動力、フットワークと持ち前の素直さは、彼の脳に、質のいい多くの情報を幾重にも重ねインプットしていく。その大量の情報は脳の深層部でゆっくりと熟成されていく。そのようにして、かつて若かったワインは徐々に複雑さを増し、複雑な味わいがでてきたのではないだろうか。

その証拠に、彼の銅版画を注意深く見ていると、やはり「素直さ」が現れている。大学時代に旅したヨーロッパの風景、彼の師匠である石山先生の影響を受けた形状、5年間務めたベルリンのザウアブルッフ・ハットンの影響を受けたであろうカラーリング・・・あらゆるものが素直にインプットされ素直にアウトプットされ、それらが混在しているのがわかる。

彼は、自分のアーキテクトとしての在り方を「スポンジでありたい」と言っている。一見自己主張が強く、自我の強いように見える彼だが、実はまさにスポンジのようにあらゆるものを素直に吸い込み続けているんだと思う。

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このように考えを進めていくと、新たな解釈が思い浮かんだ。この高速で大量の情報を縦横無尽にインプットしていく「イノシシ」は、まるでこの情報社会における「インターネット」のようだと。

世界中のどこへでもすっ飛んで行って、吸収してしまう彼のフットワークの軽さと素直さには、まさにインターネットのメタファーが当てはまる。

しかし、そこで容易に(あるいは安易に)情報社会における創造性の問題に議論は移っていくだろう。これは、彼のフットワークの軽さと素直さに対する石山先生が危惧していたものと重なる。

しかし、結果はどうだろう。

そのような成長過程を度返しして、アウトプットである彼の作品のみを客観的に見た内田先生は、「複雑」と評したのだ。

彼はどうやらこの問題を見事に解決しているように思える。

彼の師匠世代の建築家像というのは、みな自己の世界が明確にあって、圧倒的でヒロイックな存在だった。

そして今、グローバル社会、情報社会に生まれ育った、この一人の若き建築家は、創造性の在り方、社会とのかかわり方において、新しい建築家像を提示してくれるのかもしれない、と思った。

この「イノシシ」はこのさき、どこを目指していくのか?どこに行きつくのか?、大きな期待と少しながらの不安を持ってこれからも、見守っていきたいと思う。

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最後に、彼の原点について。

僕が彼を一番初めに見かけて友達になったときの光景をいまでもはっきりと覚えている。それは、大学1年の一番最初のオリエンテーションの講義。

場所は、早稲田大学理工学部57号館。

僕は、北海道から出てきたばかりで新しい大学生活に胸を膨らませながら、教室の中をぐるりと見渡してどんな奴がいるのかと眺めていた。

教室の一番後ろのほうでは、おそらく高校から早稲田のあがり組だろうか、すでに仲間たちで談笑している連中がいた。

ほどなくして建築学科における全員の教授陣が教壇に現れた。

と、その一番後ろで談笑していた連中の一人が、すすすーっと歩き出し、教授陣の目の前一番前のど真ん中にどかっと座った。

その男の眼は爛々と、そしてギラギラしていた。

僕は、そのとき、

「こいつにはきっとなにかある。こいつと仲良くなろう。そうしたらきっと大学生活は楽しくなるに違いない」と心に思ったことをはっきりと覚えている。

その日の夜、懇親会の場で、僕はその男に声をかけた。

男は言った。「お前、誰やねん(笑)」

それが僕と光嶋裕介のはじまりだった。

僕は、大学の途中まで彼と同じく建築家を志していたが、途中からもっと世の中のソフトをデザインしたいという想いから経営コンサルタントを目指し、今に至る。

そのときから、いつか僕が経営し、彼が建築するというコラボレーションを必ず実現しようと心に決めていた。

そして、彼の最初の、偉大なる処女作となる凱風館の、まるで前座を務めるかのごとく、
2010年9月にそれはヨガスタジオの誕生となって現実のものとなった。
山下悠一ギャラリー
光嶋裕介設計
七里ケ浜『青空空間』
2010年7月-9月

彼が、はじめて色彩をつかった銅版画も購入した。

はじめて一緒にギリシャでスケッチをしたときから書き溜めているドローイング、イノシシの脳みその変遷が面白いようにわかる幻想都市風景
を購入し、サインももらった。

内田先生にみいだされるなんてことが起きることなど想像もしていなかった、彼が建築家を志して歩み出す初めての日から、僕は彼を見出し、それ以来ずっとファンであり、親友であり、悪友であり、盟友であった。そして、これからもそうであることを心から誇りに思う。

大学時代に彼からもらい、そしてそれ以来、ずっと僕たち二人の合言葉になっている言葉でしめたいと思う。

Never Enough!!

決して満足するな!いつまも。

大好きな友へ、そしてその友に負けまいと思う自分へ。

by U1STYLE

山下悠一
1978年生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒。
某外資系コンサルティングファーム シニアマネージャー。
海のそばで暮らし、年間120日サーフィンをしつつ2時間通勤で100冊の本を読み、
jazz&classicピアノを趣味に、
ヨガサロンと投資事業を営みながらもサラリーマンを生業とする。
これからの新しいワーク&ライフについて“ライフスタイルポートフォリオマネジメント”という概念を提唱し、実践している
Blog : http://ameblo.jp/u1style/
HP(yoga): http://aosola.jp
twitter : @u1style(https://twitter.com/#!/u1style)

*画廊亭主敬白
光嶋裕介展が終了して一週間が経ちました。
個展にもいらしてくださった光嶋裕介さんの友人・山下悠一さんのブログから「もうひとつの光嶋裕介論」を再録させていただきました。
光嶋さんの銅版画は引き続き画廊でご覧になれますので、ぜひお声をかけてください。
koshima_landscape_004光嶋裕介 Yusuke KOSHIMA
"Landscape at Night NO.004"
2009年
エッチング、アクアチント、1版2色
イメージサイズ:12.0x30.0cm
シートサイズ:27.0x39.5cm
Ed.8+20(Ⅰ/Ⅷ~Ⅷ/Ⅷ+1/20~20/20)サインあり

koshima_landscape_007光嶋裕介 Yusuke KOSHIMA
"Landscape at Night NO.007"
2009年
エッチング、アクアチント
イメージサイズ:12.0x30.0cm
シートサイズ:27.0x39.5cm
Ed.8+20(Ⅰ/Ⅷ~Ⅷ/Ⅷ+1/20~20/20) サインあり

koshima_landscape_008光嶋裕介 Yusuke KOSHIMA
"Landscape at Night NO.008"
2009年
エッチング、アクアチント
イメージサイズ:12.0x30.0cm
シートサイズ:27.0x39.5cm
Ed.8+20(Ⅰ/Ⅷ~Ⅷ/Ⅷ+1/20~20/20) サインあり

koshima_landscape_009光嶋裕介 Yusuke KOSHIMA
"Landscape at Night NO.009"
2010年
エッチング、アクアチント
イメージサイズ:12.0x30.0cm
シートサイズ:27.0x39.5cm
Ed.8+20(Ⅰ/Ⅷ~Ⅷ/Ⅷ+1/20~20/20) サインあり

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◆「宮脇愛子展」を2012年6月25日[月]―7月7日[土]に銀座・ギャラリーせいほうと青山・ときの忘れものの二会場で同時開催します。
下記案内状に最終日の7月7日を日曜日と誤記してしまいました。正しくは土曜日です。お詫びして訂正します。
宮脇愛子展案内状
第一会場:ギャラリーせいほう
宮脇愛子の1950年代後半から70年代の平面・立体作品を展示(※日曜休廊)。

第二会場:ときの忘れもの
瀧口修造、マン・レイなど宮脇が長年親交した作家たちのコレクション展(会期中無休)。

6月25日(月)17時より、銀座ギャラリーせいほうで宮脇愛子を囲みオープニングを開催します。
『La Rencontre, c´est merveilleuse 宮脇愛子、私が出逢った作家たち』を刊行
2012年6月25日発行:ときの忘れもの
限定200部 宮脇愛子オリジナルシルクスクリーンとDVD付
カタログDVD作品合成_m
宮脇愛子、マン・レイ、瀧口修造、斎藤義重、ジオ・ポンティ、阿部展也、エロ、辻邦生、南桂子、オノサト・トシノブ、菅野圭介、ジャスパー・ジョーンズ、堀内正和、サム・フランシス、他
価格:12,600円
会期中の予約特別価格:10,000円(税込み、送料無料)
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