久保エディション第2回
瀧口修造の詩による版画集『スフィンクス』
稀代のコレクターだった久保貞次郎については前回(第1回・桂ゆき)の項で詳述しました。
このブログでは、久保貞次郎が直接版元となってエディションしたもの、または制作された版画を全部数まるごと(または大半を)買取った場合など、久保先生の支援なしには誕生しなかったであろう版画作品を「久保エディション」として紹介していきたいと思います。
第2回としてご紹介するのは、瀧口修造の詩による版画集『スフィンクス』です。
ときの忘れものでは、1997年10月に開催した久保貞次郎追悼集刊行記念展で一度ご紹介しています。
『スフィンクス』は1954年に限定50部刊行されました。
瀧口修造の1930年代の詩に、北川民次、瑛九、泉茂、加藤正、利根山光人、青原俊子(内間)の6名の版画を組み合わせたもので、奥付に<アイデア久保貞次郎・編集福島辰夫>とありますが、久保先生が実質的な版元で、制作の実務を福島さんが担当されたようです。
1番本から6番本までには、通常の6枚の版画に加え、各作家のオリジナル・デッサンがそれぞれ1枚ずつ入っており、1番本は瑛九です。
ときの忘れもには、2冊を所蔵しています。
先ず、限定1/50、文字通り一番。岡鹿之助の旧蔵本で、瑛九のオリジナル・デッサンが挿入され、奥付には瀧口修造、北川民次、福島辰夫、久保貞次郎の4人の自筆ペン・サインが記入されています。
なぜ1番本が岡鹿之助の旧蔵本かというと、これは亭主の推測ですが、久保先生は(意外に思われるかも知れませんが)岡鹿之助を非常に尊敬しており、おそらく刊行後、真っ先に献呈されたのではないかと思います。
もう一冊は、限定48/50。こちらの奥付には瀧口修造、北川民次、久保貞次郎の3人の自筆ペン・サインが記入されています。
福島辰夫のサインが片方にあり、片方にないのはどうもたいした理由ではないようです。
なぜなら、この詩画集の2冊を詳細にチェックすると、6人の作家のサインもあったり、なかったりするからです。おそらくサイン漏れと思われます。
ご紹介する図版はすべて、限定1/50のものです。
表紙
奥付
奥付が左ページ、瑛九のオリジナル・デッサンが右ページ。
瀧口修造の詩による版画集『スフィンクス』
限定50部 1954年
アイデア:久保貞次郎
編集:福島辰夫
表紙デザイン・レイアウト:山城隆一
限定1/50~6/50には、6作家のオリジナル・デッサンを挿入
瀧口修造、北川民次、久保貞次郎のサインあり、
場合によっては福島辰夫のサインあり
瑛九「素描」
1954年 鉛筆、コンテ
イメージサイズ:23.7x19.5cm
シートサイズ:29.5x48.0cm
鉛筆サインあり
限定1/50のみに挿入
「地球創造説」
左ページに瀧口修造の詩、右ページに北川民次の銅版
(以下同様、左に瀧口詩、右に版画)
地球創造説
Mammonノ惡魔ハ新鮮ナ金貨ヲ
用意シテヰル
ソノ特徴アル職業ノタメニ・・・・
ソノ鋭利ナ季節ニ
再ビ野獸ニ復ルライオンノ奇癖ハ
靈感ニ悩ム
物語ハ月夜ニ笛ト共ニ蒸發シテ終ツタ
ソシテ酒ノヤウニ最モ古イ部分ガ殘ル
北川民次「地球創造説」
1954年 銅版
イメージサイズ:8.8x6.8cm
シートサイズ:29.5x48.0cm
版上サイン
「五月のスフィンクス」
五月のスフィンクス
夜の無い星
盲ひた眼の噴水
風の鏡の中の巨大な夜々
澄明な雛鳥の巨大な足跡
輕い五月のスフィンクス
不條理な千の影たち
羞恥のない美のくぼみと自由
あなたはラヂウムの果物である
しかしうら若いその手は直ぐ
黑い無限の手套に慣れるだろう
暴風の日に
僕たちは恐ろしい孤独の虹を
殺された砂の上で放牧するだろう
瑛九「五月のスフィンクス」
1954年 銅版
イメージサイズ:17.7x11.7cm
シートサイズ:29.5x48.0cm
1/50,48/50番ともに鉛筆サインあり
「睡魔」
睡魔
ランプの中の噴水 噴水の中の仔牛 仔牛の
中の蝋燭 蝋燭の中の噴水 噴水の中の
ランプ
私は寝床の中で奇妙な昆蟲の軌跡を
追つていた
そして瞼の近くで深い記憶の淵に落ちていた
忘れ難い顔のような
眞珠母の地獄の中へ
私は手をかざしさえすればよい
地下には澄んだ水が流れている
卵形の車輪は
遠い森の小筐に眠つていた
夢は小石の中に隱れた
泉茂「睡魔」
1954年 銅版
イメージサイズ:16.8x14.2cm
シートサイズ:29.5x48.0cm
1/50番には鉛筆サインあり
48/50番はサイン無し
「岩石は笑った」
岩石は笑つた
狂つた世紀の蟇標のための
鐵の帽子 湧きでた例しのない噴水塔は
蝶々の幽靈 揚げられた例しのない幕を
狂つた歌を叫びながら追つてゆく
壊れた夕闇の貝殻の中の
若い女たちの飴のゑくぼを踏みにじつた人間たちは
彼等の自由 永遠に濡れない海綿
停つた振子 正面體の心臓を持つ
裂けた眞夜中に避けた犠牲たちに
人間の腦は沸き立つ花瓶となる
猿たち 共同墓地
乾燥したパン屑 不完全な家具 貝殻のカフエは沸き立つ
星は太陽と交接する 紫色の精液
それは廣漠たる明星
網膜の公園
闇の爆音のなかに一つの偉大な夕顔がひらく
奇妙な髭男
加藤正「岩石は笑った」
1954年 銅版
イメージサイズ:11.8x12.0cm
シートサイズ:29.5x48.0cm
1/50,48/50番ともに鉛筆サインあり
「妖精の距離」
妖精の距離
うつくしい齒は樹がくれに歌つた
形のいゝ耳は雲間にあつた
玉虫色の爪は水にまじつた
脱ぎすてた小石
すべてが足跡のように
そよ風さえ
傾いた椅子の中に失はれた
麥畠の中の扉の発狂
空気のラビリンス
そこには一枚のカードもない
そこには一つのコツプもない
慾望の樂器のように
ひとすじ奇妙な線が貫かれていた
それは辛じて小鳥の表情に似ていた
それは死の浮標のように
春の風に捿るだろう
それは辛じて小鳥の均衡に似ていた
利根山光人「妖精の距離」
1954年 リトグラフ
イメージサイズ:18.7x19.5cm
シートサイズ:29.5x48.0cm
1/50,48/50番ともに鉛筆サインあり
「魚の欲望」
魚の欲望
純潔な装飾
無數の逆さ蝋燭たちの疼痛
澄明な樹々の枝と花
無限大の鏡の轟きと
家々の窓々の痙攣
私の全身
一日一日輝きをましてゆく水の化石の中に
私の慾望はなほも泳ぐ
靑空と呼ぶ巨大な
釣燭台の落し子である私
たれも私を戀のスフインクスと呼ばない
私の夢は碧玉の
寓話の中で
一層靑く燦やいた
青原俊子「魚の欲望」
1954年 木版
イメージサイズ:16.2x15.6cm
シートサイズ:20.0x17.5cm
1/50,48/50番ともに鉛筆サインあり
※別紙に刷られたものを右ページに貼付
1/50の瑛九オリジナル・デッサン入り(岡鹿之助旧蔵本)と、48/50番ともに頒布しています。
価格についてはお問合せください。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
◆ときの忘れもののブログでは土渕信彦さんのエッセイ「瀧口修造の箱舟」を掲載しています。
毎月5日の更新です。
◆ときの忘れものは、2013年5月17日[金]―6月1日[土]第23回瑛九展を開催しています(※会期中無休)。
最晩年に描かれた点描の油彩大作「林」を中心に、水彩、素描、コラージュ、フォトデッサン、フォトデッサンの制作に使用した型紙、コラージュなどを出品します。
●瑛九展カタログのご案内
『第23回 瑛九展』図録
執筆:大谷省吾(東京国立近代美術館主任研究員)
図版:約30点掲載
カラー 24ページ
25.6x18.1cm(B5判)
価格:800円(税込)
※送料別途250円
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
瀧口修造の詩による版画集『スフィンクス』
稀代のコレクターだった久保貞次郎については前回(第1回・桂ゆき)の項で詳述しました。
このブログでは、久保貞次郎が直接版元となってエディションしたもの、または制作された版画を全部数まるごと(または大半を)買取った場合など、久保先生の支援なしには誕生しなかったであろう版画作品を「久保エディション」として紹介していきたいと思います。
第2回としてご紹介するのは、瀧口修造の詩による版画集『スフィンクス』です。
ときの忘れものでは、1997年10月に開催した久保貞次郎追悼集刊行記念展で一度ご紹介しています。
『スフィンクス』は1954年に限定50部刊行されました。
瀧口修造の1930年代の詩に、北川民次、瑛九、泉茂、加藤正、利根山光人、青原俊子(内間)の6名の版画を組み合わせたもので、奥付に<アイデア久保貞次郎・編集福島辰夫>とありますが、久保先生が実質的な版元で、制作の実務を福島さんが担当されたようです。
1番本から6番本までには、通常の6枚の版画に加え、各作家のオリジナル・デッサンがそれぞれ1枚ずつ入っており、1番本は瑛九です。
ときの忘れもには、2冊を所蔵しています。
先ず、限定1/50、文字通り一番。岡鹿之助の旧蔵本で、瑛九のオリジナル・デッサンが挿入され、奥付には瀧口修造、北川民次、福島辰夫、久保貞次郎の4人の自筆ペン・サインが記入されています。
なぜ1番本が岡鹿之助の旧蔵本かというと、これは亭主の推測ですが、久保先生は(意外に思われるかも知れませんが)岡鹿之助を非常に尊敬しており、おそらく刊行後、真っ先に献呈されたのではないかと思います。
もう一冊は、限定48/50。こちらの奥付には瀧口修造、北川民次、久保貞次郎の3人の自筆ペン・サインが記入されています。
福島辰夫のサインが片方にあり、片方にないのはどうもたいした理由ではないようです。
なぜなら、この詩画集の2冊を詳細にチェックすると、6人の作家のサインもあったり、なかったりするからです。おそらくサイン漏れと思われます。
ご紹介する図版はすべて、限定1/50のものです。
表紙
奥付奥付が左ページ、瑛九のオリジナル・デッサンが右ページ。
瀧口修造の詩による版画集『スフィンクス』
限定50部 1954年
アイデア:久保貞次郎
編集:福島辰夫
表紙デザイン・レイアウト:山城隆一
限定1/50~6/50には、6作家のオリジナル・デッサンを挿入
瀧口修造、北川民次、久保貞次郎のサインあり、
場合によっては福島辰夫のサインあり
瑛九「素描」1954年 鉛筆、コンテ
イメージサイズ:23.7x19.5cm
シートサイズ:29.5x48.0cm
鉛筆サインあり
限定1/50のみに挿入
「地球創造説」左ページに瀧口修造の詩、右ページに北川民次の銅版
(以下同様、左に瀧口詩、右に版画)
地球創造説
Mammonノ惡魔ハ新鮮ナ金貨ヲ
用意シテヰル
ソノ特徴アル職業ノタメニ・・・・
ソノ鋭利ナ季節ニ
再ビ野獸ニ復ルライオンノ奇癖ハ
靈感ニ悩ム
物語ハ月夜ニ笛ト共ニ蒸發シテ終ツタ
ソシテ酒ノヤウニ最モ古イ部分ガ殘ル
北川民次「地球創造説」
1954年 銅版
イメージサイズ:8.8x6.8cm
シートサイズ:29.5x48.0cm
版上サイン
「五月のスフィンクス」五月のスフィンクス
夜の無い星
盲ひた眼の噴水
風の鏡の中の巨大な夜々
澄明な雛鳥の巨大な足跡
輕い五月のスフィンクス
不條理な千の影たち
羞恥のない美のくぼみと自由
あなたはラヂウムの果物である
しかしうら若いその手は直ぐ
黑い無限の手套に慣れるだろう
暴風の日に
僕たちは恐ろしい孤独の虹を
殺された砂の上で放牧するだろう
瑛九「五月のスフィンクス」
1954年 銅版
イメージサイズ:17.7x11.7cm
シートサイズ:29.5x48.0cm
1/50,48/50番ともに鉛筆サインあり
「睡魔」睡魔
ランプの中の噴水 噴水の中の仔牛 仔牛の
中の蝋燭 蝋燭の中の噴水 噴水の中の
ランプ
私は寝床の中で奇妙な昆蟲の軌跡を
追つていた
そして瞼の近くで深い記憶の淵に落ちていた
忘れ難い顔のような
眞珠母の地獄の中へ
私は手をかざしさえすればよい
地下には澄んだ水が流れている
卵形の車輪は
遠い森の小筐に眠つていた
夢は小石の中に隱れた
泉茂「睡魔」
1954年 銅版
イメージサイズ:16.8x14.2cm
シートサイズ:29.5x48.0cm
1/50番には鉛筆サインあり
48/50番はサイン無し
「岩石は笑った」岩石は笑つた
狂つた世紀の蟇標のための
鐵の帽子 湧きでた例しのない噴水塔は
蝶々の幽靈 揚げられた例しのない幕を
狂つた歌を叫びながら追つてゆく
壊れた夕闇の貝殻の中の
若い女たちの飴のゑくぼを踏みにじつた人間たちは
彼等の自由 永遠に濡れない海綿
停つた振子 正面體の心臓を持つ
裂けた眞夜中に避けた犠牲たちに
人間の腦は沸き立つ花瓶となる
猿たち 共同墓地
乾燥したパン屑 不完全な家具 貝殻のカフエは沸き立つ
星は太陽と交接する 紫色の精液
それは廣漠たる明星
網膜の公園
闇の爆音のなかに一つの偉大な夕顔がひらく
奇妙な髭男
加藤正「岩石は笑った」
1954年 銅版
イメージサイズ:11.8x12.0cm
シートサイズ:29.5x48.0cm
1/50,48/50番ともに鉛筆サインあり
「妖精の距離」妖精の距離
うつくしい齒は樹がくれに歌つた
形のいゝ耳は雲間にあつた
玉虫色の爪は水にまじつた
脱ぎすてた小石
すべてが足跡のように
そよ風さえ
傾いた椅子の中に失はれた
麥畠の中の扉の発狂
空気のラビリンス
そこには一枚のカードもない
そこには一つのコツプもない
慾望の樂器のように
ひとすじ奇妙な線が貫かれていた
それは辛じて小鳥の表情に似ていた
それは死の浮標のように
春の風に捿るだろう
それは辛じて小鳥の均衡に似ていた
利根山光人「妖精の距離」
1954年 リトグラフ
イメージサイズ:18.7x19.5cm
シートサイズ:29.5x48.0cm
1/50,48/50番ともに鉛筆サインあり
「魚の欲望」魚の欲望
純潔な装飾
無數の逆さ蝋燭たちの疼痛
澄明な樹々の枝と花
無限大の鏡の轟きと
家々の窓々の痙攣
私の全身
一日一日輝きをましてゆく水の化石の中に
私の慾望はなほも泳ぐ
靑空と呼ぶ巨大な
釣燭台の落し子である私
たれも私を戀のスフインクスと呼ばない
私の夢は碧玉の
寓話の中で
一層靑く燦やいた
青原俊子「魚の欲望」
1954年 木版
イメージサイズ:16.2x15.6cm
シートサイズ:20.0x17.5cm
1/50,48/50番ともに鉛筆サインあり
※別紙に刷られたものを右ページに貼付
1/50の瑛九オリジナル・デッサン入り(岡鹿之助旧蔵本)と、48/50番ともに頒布しています。
価格についてはお問合せください。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
◆ときの忘れもののブログでは土渕信彦さんのエッセイ「瀧口修造の箱舟」を掲載しています。
毎月5日の更新です。
◆ときの忘れものは、2013年5月17日[金]―6月1日[土]第23回瑛九展を開催しています(※会期中無休)。
最晩年に描かれた点描の油彩大作「林」を中心に、水彩、素描、コラージュ、フォトデッサン、フォトデッサンの制作に使用した型紙、コラージュなどを出品します。●瑛九展カタログのご案内
『第23回 瑛九展』図録執筆:大谷省吾(東京国立近代美術館主任研究員)
図版:約30点掲載
カラー 24ページ
25.6x18.1cm(B5判)
価格:800円(税込)
※送料別途250円
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
コメント