私の人形制作第66回 井桁裕子

今年も最後の月を迎えました。
個人的にはまだ年末の実感が無いのですが、今日あたりを境に年末イベントが相次いで慌ただしい日々を過ごされる方も多くいらっしゃると思います。
どうぞお体に気をつけて、皆様良い年末、良いお年をお迎えくださいませ。


森田かずよさんとの出会いーその6

2013年1月18日、とりあえず小さい身体像を作ることだけは決めて、私は材料を携えて森田さんを訪ねました。
森田さんのご実家はビルディングになっていて、貸しスタジオを経営されています。
その日はインド舞踊のレッスンが入っていて、ちょうど人が来る時間でしたが、他の空き部屋を使うことができました。

森田さんは、自分の骨格がどのようになっているのか、解説してくれました。
しかし、聞いてもそれらが具体的にどういう状態なのかわからず、言葉だけが頭を素通りして行く感じでした。
普通は人物デッサンの修練をある程度積んで、解剖学の知識が少しあれば、何も見なくてもおおむね真実味のある人体を絵に描くことができます。脊椎を中心線として目安にとり、様々なポーズを描けるのです。
しかし、私の目の前の女性は、その基準となるべき脊椎の曲線が身体内部でどうなっているかが、まずわかりません。
その独特の形の謎に、私は惹き付けられてしまいました。

その日はさっそく、壁に片手をついて立った状態でいろいろな向きからの写真を撮影し、スケッチブックにクロッキー程度のスケッチをさせてもらいました。
描くという目的があると遠慮なく見る態勢に入れます。
モデルは全く動かないでいてもらうのがベストなのですが、同じ姿勢をじっと変えないというのは大変つらいものです。
森田さんは義足を外してしまうと左脚一本で立つことになります。
片脚で立ち続けるというのは健康な人でも疲れてしまうもので、写真撮影の短い間にも体は徐々に動いて行ってしまいます。
座った姿勢のほうが楽なのだと思いましたが、座ると脚の筋肉の緊張の具合などが見られないため、やはり立ったほうが断然いいのでした。

描く気持ちで見て初めて、森田さんの右手には指が4本しかないことが鮮明に見えてきました。その形は開きかけた百合の印象がありました。
日頃は義足で包まれている右足先はとても白く小さくて、纏足に似ているけれどあんな抑圧的な形ではないのです。
私はその足に触らせてもらいました。柔らかな、幼い子どもの足のようでした。

もどかしくなるばかりのスケッチは適当に切り上げて、私は荷物からスタイロフォームとカッターナイフを出しました。
スタイロフォームはご存知の通り建築資材として使う場合は断熱材です。
しかし、やすやすと削り出せるし、発砲スチロールと違って表面を紙ヤスリで整えたりできるので、造形材料として様々な分野で重宝されます。
私はとりあえず胴体の謎の解明に集中する事にして、腕と膝下と首は省略したトルソをその場で作ってみようと思っていました。
四角い塊の4面に鉛筆でざっくりと形を描き、ナイフで削ってはまた印をつけて削っていきます。
カッターナイフを出来うる限りの超高速で動かして、塊はみるみるうちに、なんとなく森田さんらしい形をとりはじめました。
しかし、この作業だけでいきなり正しく形が作れるわけではありません。
石粉粘土も持って来てあるので、スタイロフォームでざっくり作った上に肉付けをしていくつもりでした。
肉付けした部分も削ったり足したりして、滞在中の二日間で可能な限りの造形をして持って帰るのです。
写真だけではつかめない「立体地図」のような記憶のよりどころとなるはずでした。

ところが、しばらくの作業の後、森田さんは具合が悪そうに中断したいと言われました。
服を脱ぐには暖房の準備が不充分だったので、すっかり冷えてしまったのです。
私は自分ばかり夢中になって無理をさせてしまったと思い、申し訳ない気持ちになりました。
森田さんはつらいとも言わず、自分は血行が良くないので冷えに注意しなくてはいけないのだと静かに説明してくれました。
血流の滞った白い脚は一層白く見えました。
外にはちらちらと小雪が舞い始めていました。

一日置いて20日、再度森田さんを訪問しました。
DVDで以前発表したダンスの映像なども見せてもらい、今度はちゃんと暖かくして作業の続きをしました。
私はこの二日間の作業で、おぼろげには形を掴みかけていましたが、帰ってもっと落ち着いて丁寧に作ってみなくては、どこがわからないのかさえ判らない気がしました。
森田さんご自身も、まだ湿っている粗く脆い「立体スケッチ」を手に取って、「こうなってるんやなぁ」としげしげと見ていました。お医者さんでさえ、彼女の身体の形を理解できていない、とのことでした。

帰りの新幹線で書いた自分の日記を読み返すと、
「来る前はどうなるかわからなかったが、森田さんはすばらしい。良い作品になりそうな気がする。リツ子さんの時のように表現に悩むことなどない。ただ素直に取り組むだけで良いものになる。」と何やら幸せそうな事が書いてありました。
確かに私はこのとき、純粋な希望に満ちていました。
今思えば、なんという能天気かとあきれてしまうのですが….。

写真は、帰ってから作った陶による習作の部分写真で、座っている森田さんの背中側です。

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(続く)
(いげたひろこ)

●今日のお勧め作品は、井桁裕子です。
20141220_igeta_42_mebukinooto井桁裕子
「芽吹きの音」
2010年
信楽土
15.0x20.0xH15.5cm
押印あり

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◆井桁裕子のエッセイ「私の人形制作」は毎月20日の更新です。