「ルリユールの歴史2 活版印刷術と書物」

01ルネサンス時代の面影を残した図書館
Biblioteca Malatestina Cesena, Italy


  15世紀後半に生まれた活版印刷術は、わずか50年足らずでヨーロッパ全域に広まり、書物の有り様を一変させました。最初期の印刷本は、写本を再現するという目的で作られたので、写本の体裁を模したものでしたが、ほどなくして近代的要素を備えた、その後の500年間の書物の発展を決定付けるスタンダードとなっていきました。
  活版印刷術以前と、活版印刷の発明に続く数十年後の16世紀前半の間に書物の姿は大まかにまとめると次のように変化していきます。
・版面は一段組みが主流となる。
・判型は、全紙を二つ折りした「フォリオ」・4折版から4折り・8折版が主流となり、更に8折り版のポケットサイズの出現で小型化していった。
・タイトルページができた。―――「タイトルがない本」を我々には想像することが難しいが、当時は奥付けを確認するしかその本のタイトルも来歴も知ることができなかった。初期の印刷本にもタイトルはなかったが、1500年には表題紙が確立され16世紀に一般化していく――

02著者名、書名、内容、印刷地、印刷年など表題紙に含まれる内容が印刷された初めての例。表題紙の元祖 ボーダー(縁飾り)に囲まれている
レギオモンタス「暦」
ヴェネツィア、エアハルド・ラートドルト印行 1476 木版


・項付けが行われるようになった。―――ページナンバーは本に必要不可欠なものであるが、これも16世紀に初めて行われるようになった――
  この当時に製本された本の特筆すべき点は、同時代の本であっても同じ装幀のものは1冊もなく、それぞれすべてが違う様相をしているということです。古版本は、個別に装幀されるものであったことに加え、当時の印刷本は、刷り本のまま樽詰めにされてヨーロッパ全域に輸出され、運ばれた地で書籍商、もしくは個々の製本工房で個別に製本されたという事情によります。
  活版印刷という技術革新の中で、主体となった印刷家達が遭遇したであろう多くの技術面の労苦にはここでは触れませんが、その活動の結果としてさまざまな活字が生まれ、試行錯誤の中で文字組みに最適な活字が追求され現代に伝えられています。現在も使われているローマン体の書体は、この当時に作られた活字を元に作られたものです。
  文字組みと版画をひとつのレイアウトに収めた「挿絵のある本」というジャンルが確立されたのもこの時代でした。木版画自体は印刷術の前から完成の域に達しており、挿絵として印刷本の中に組み込まれ多くの挿絵本が作られました。その後、ビュランによるエングレービングの技法が生まれ、挿絵本は隆盛を極めていきました。当時の挿絵本は今なお、極めてレアーな貴重書として世界の注目を集めています。数ある傑作の中から一つを挙げるとすれば、15世紀に作られた本の中で最も印象的で、文字組みと挿絵の調和した美しい本として「ポリフィーロの狂恋夢」を挙げられるでしょう。

03ハルトマン・シェーデル「ニュールンベルグ年代記」
ニュールンベルグ、アントン・コーベルガー印行 1493 木版


04


05フランチェスコ・コロンナ「ポリフィーロの狂恋夢」
ベネツィア、アルド・マヌーツィオ印行 1499 木版
Herzog August Bibliothekでデジタル化されており全ページを見ることができる


  次回は、初期印刷本から400年後の20世紀初頭における熱きコレクターと本の関係についてお話しする予定です。
(文・市田文子)
市田(大)のコピー

●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。

本の名称
01各部名称(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)


額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。

角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。

シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。

スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。

総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。

デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。

二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。

パーチメント
羊皮紙の英語表記。

パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。

半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。

夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。

ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。

両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。

様々な製本形態
両袖装両袖装


額縁装額縁装


角革装角革装


総革装総革装


ランゲット装ランゲット製本

◆frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。