「画家本(Livre d'artist) の誕生と、一点もののオリジナル・ルリユール」
500年にわたる挿絵本とルリユールの歴史を、3段飛びで端折りつつ、かいつまんでお伝えしてきました結果、やっと20世紀に辿り着くことができました。
20世紀には数多くの「画家本」が出現しました。詩や小説に画家の挿画を付けるという、今では馴染み深く、本の蒐集家の熱い視線を浴びるであろうこうした挿絵本の形は、それまで全く一般的ではありませんでした。版画入りの豪華本の出版を仕掛けたのはパリの画商、アンブロワーズ・ヴォラールです。
ヴォラールはセザンヌ、ピカソ、ルノワールなどを世に出したことで有名ですが、19世紀末の爛熟した文化状況を敏感に感じ取り、数々の豪華本の出版を行いました。皮切りとなったのは1900年のヴェルレーヌの詩にボナールの版画を入れた「双心詩集」です。当初は、スキャンダルにこそなれ、コレクターには全く評判が良くなかったこうした挿絵本の出版を、ヴォラールは勝算を確信していたのか臆せず続行し、ゴーゴリ、バルザック、ラ・フォンテーヌ、ジャリなどの小説や詩に、シャガール、ピカソ、ルオー、デュフィ、マチス、ドランなどの版画を付けた数々の本をプロデュースしました。これらの本は、後には大変な評判となり、一点もののルリユールとしてオリジナルな装幀を施されて蒐集家の手に届けられました。
「双心詩集(Parallêlement)」
ポール=マリー・ヴェルレーヌ著
ピエール・ボナール挿画
Paris 1900年 200部
297 x 245mm
109枚のリトグラフと、ボナールのデッサンを元にTony Bertrand によって彫られた9枚の木版が入っている。本文紙には"Parallèlement"と漉かしが入ったオランダ紙が使われた。
「死せる魂 ( Les Ámes mortes)」
ゴーゴリ著
マルク・シャガール挿画
Paris 1923~27年制作 1948年刊
370 x 280mm
95枚の銅版画入り。285部が刷られ、1番から50番までは和紙の別刷り付き
「知られざる傑作(Le Chef-d'œuvre inconnu)」
オノレ・ド・バルザック著
パブロ・ピカソ挿画
Paris 1931年
33o x 252mm
13枚の銅版画の別刷りとピカソのデッサンを元に刷られた67の木版画入り。
1番~65番までは局紙に刷られ、別刷り銅版画はRives紙印刷。
「寓話(Fables)」
ラ・フォンテーヌ
マルク・シャガール挿画
Paris 1927-30年 (52年刊行)
420 x 340mm
ヴォラールの当初の計画では、シャガールのグアッシュをエッチング・グアッシュの手法で作る予定であったが、当時の技術的な問題で彩色は放棄され、28年にシャガール自身が銅版を作り黒で印刷された。ヴォラールの死去により、刊行されたのは1952年であった。シャガールの手彩色による数部が存在している。
「ユビュおやじの再生(Les Réincarnations du Père Ubu)」
アルフレッド・ジャリ
ジョルジュ・ルオー
Paris 1932 305部
440x330mm
22枚の銅版画とアクアチントの別刷り。104のルオーのデッサンを元に彫られたGeorges Aubertによる木版画は本文テクストの中に組み込まれている。200部は、Manufacture Royale de Vidalonの漉かし入りのアルシュ紙に印刷された。
両大戦間の20年代・30年代のレザネ・フォルと言われた文化に沸くパリではその後も数多くの豪華本が生まれました。エコール・ド・パリの画家として知られた日本人のフジタも数多くの本の挿絵を描き、美しいポショワールの本が人気を集めました。
また、言うまでもなく、ダダ・シュールレアリズムの画家による挿絵本は、現在でも熱いコレクションの対象であり続けています。
豪華本の隆盛により、数多くのルリユールも作られました。アールデコの時代だけでも、ピエール・ルグラン、ローズ・アドレールなどの稀有な作家が活躍し、現代的な作品を生み出しました。ポール・ボネの存在も忘れることはできません。こうして花開いたルリユールの文化は、現代に引き継がれ、ジャン・ド・ゴネ、モニク・マチュー、エドガー・クラエスなどの作家が現在も活躍しています。
アール・デコ時代のルリユール
ピエール・ルグラン
ローズ・アドレール
ポール・ボネ
現代作家のルリユール
左からジャン・ド・ゴネ、モニク・マチュウ、エドガー・クラエス
最後に、ヴォラールに先立つこと25年前の1875年に相当な難産の末に生まれた、ある一つの詩集*について付け加えておきたいと思います。エドガー・アラン・ポーの「大鴉」のマラルメ訳、マネの挿絵がついた「Le Corbeau」です。少部数であったため今では実物を目にすることも適わぬ稀覯本となってしまったこの本は、詩画集のまさに先駆体として位置づけられています。
(註) 出版の経緯など、仏文学者の柏倉康夫氏訳の『マラルメの「大鴉」』に非常に詳しく述べられている。http://monsieurk.exblog.jp/17458805/
「大鴉 (Le Cobeau)」
エドガー・ポー著
ステファーヌ・マラルメ仏訳
エドゥアール・マネ挿画
In-folio (510 x 348 mm)
次回の記事は、Les fragments de M の箔押し担当、中村美奈子がルリユール装飾の移り変わりをお届けします。
(文・市田文子)

●作品紹介~平まどか制作





『Le bout du monde』
Louis Dubost著
Sarah Wiame 挿画・コラージュ
CEPHEIDES/1999年
限定30部の内23番/初版/著者、挿画家サイン
詩を中心とした未綴じ/コラージュ中心のアコーデオン本の2部構成
・2015年
・180x176x35mm
・カーフ・ヘビ革によるテープ綴じ装/和紙表装材によるアコーデオン装、ヘビ革リボン結び
・和紙見返し(アコーデオン装)
・ひみつ箱
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本
◆frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
500年にわたる挿絵本とルリユールの歴史を、3段飛びで端折りつつ、かいつまんでお伝えしてきました結果、やっと20世紀に辿り着くことができました。
20世紀には数多くの「画家本」が出現しました。詩や小説に画家の挿画を付けるという、今では馴染み深く、本の蒐集家の熱い視線を浴びるであろうこうした挿絵本の形は、それまで全く一般的ではありませんでした。版画入りの豪華本の出版を仕掛けたのはパリの画商、アンブロワーズ・ヴォラールです。
ヴォラールはセザンヌ、ピカソ、ルノワールなどを世に出したことで有名ですが、19世紀末の爛熟した文化状況を敏感に感じ取り、数々の豪華本の出版を行いました。皮切りとなったのは1900年のヴェルレーヌの詩にボナールの版画を入れた「双心詩集」です。当初は、スキャンダルにこそなれ、コレクターには全く評判が良くなかったこうした挿絵本の出版を、ヴォラールは勝算を確信していたのか臆せず続行し、ゴーゴリ、バルザック、ラ・フォンテーヌ、ジャリなどの小説や詩に、シャガール、ピカソ、ルオー、デュフィ、マチス、ドランなどの版画を付けた数々の本をプロデュースしました。これらの本は、後には大変な評判となり、一点もののルリユールとしてオリジナルな装幀を施されて蒐集家の手に届けられました。
「双心詩集(Parallêlement)」ポール=マリー・ヴェルレーヌ著
ピエール・ボナール挿画
Paris 1900年 200部
297 x 245mm
109枚のリトグラフと、ボナールのデッサンを元にTony Bertrand によって彫られた9枚の木版が入っている。本文紙には"Parallèlement"と漉かしが入ったオランダ紙が使われた。
「死せる魂 ( Les Ámes mortes)」ゴーゴリ著
マルク・シャガール挿画
Paris 1923~27年制作 1948年刊
370 x 280mm
95枚の銅版画入り。285部が刷られ、1番から50番までは和紙の別刷り付き
「知られざる傑作(Le Chef-d'œuvre inconnu)」オノレ・ド・バルザック著
パブロ・ピカソ挿画
Paris 1931年
33o x 252mm
13枚の銅版画の別刷りとピカソのデッサンを元に刷られた67の木版画入り。
1番~65番までは局紙に刷られ、別刷り銅版画はRives紙印刷。
「寓話(Fables)」ラ・フォンテーヌ
マルク・シャガール挿画
Paris 1927-30年 (52年刊行)
420 x 340mm
ヴォラールの当初の計画では、シャガールのグアッシュをエッチング・グアッシュの手法で作る予定であったが、当時の技術的な問題で彩色は放棄され、28年にシャガール自身が銅版を作り黒で印刷された。ヴォラールの死去により、刊行されたのは1952年であった。シャガールの手彩色による数部が存在している。
「ユビュおやじの再生(Les Réincarnations du Père Ubu)」アルフレッド・ジャリ
ジョルジュ・ルオー
Paris 1932 305部
440x330mm
22枚の銅版画とアクアチントの別刷り。104のルオーのデッサンを元に彫られたGeorges Aubertによる木版画は本文テクストの中に組み込まれている。200部は、Manufacture Royale de Vidalonの漉かし入りのアルシュ紙に印刷された。
両大戦間の20年代・30年代のレザネ・フォルと言われた文化に沸くパリではその後も数多くの豪華本が生まれました。エコール・ド・パリの画家として知られた日本人のフジタも数多くの本の挿絵を描き、美しいポショワールの本が人気を集めました。
また、言うまでもなく、ダダ・シュールレアリズムの画家による挿絵本は、現在でも熱いコレクションの対象であり続けています。
豪華本の隆盛により、数多くのルリユールも作られました。アールデコの時代だけでも、ピエール・ルグラン、ローズ・アドレールなどの稀有な作家が活躍し、現代的な作品を生み出しました。ポール・ボネの存在も忘れることはできません。こうして花開いたルリユールの文化は、現代に引き継がれ、ジャン・ド・ゴネ、モニク・マチュー、エドガー・クラエスなどの作家が現在も活躍しています。
アール・デコ時代のルリユール
ピエール・ルグラン
ローズ・アドレール
ポール・ボネ 現代作家のルリユール
左からジャン・ド・ゴネ、モニク・マチュウ、エドガー・クラエス最後に、ヴォラールに先立つこと25年前の1875年に相当な難産の末に生まれた、ある一つの詩集*について付け加えておきたいと思います。エドガー・アラン・ポーの「大鴉」のマラルメ訳、マネの挿絵がついた「Le Corbeau」です。少部数であったため今では実物を目にすることも適わぬ稀覯本となってしまったこの本は、詩画集のまさに先駆体として位置づけられています。
(註) 出版の経緯など、仏文学者の柏倉康夫氏訳の『マラルメの「大鴉」』に非常に詳しく述べられている。http://monsieurk.exblog.jp/17458805/
「大鴉 (Le Cobeau)」エドガー・ポー著
ステファーヌ・マラルメ仏訳
エドゥアール・マネ挿画
In-folio (510 x 348 mm)
次回の記事は、Les fragments de M の箔押し担当、中村美奈子がルリユール装飾の移り変わりをお届けします。
(文・市田文子)

●作品紹介~平まどか制作





『Le bout du monde』
Louis Dubost著
Sarah Wiame 挿画・コラージュ
CEPHEIDES/1999年
限定30部の内23番/初版/著者、挿画家サイン
詩を中心とした未綴じ/コラージュ中心のアコーデオン本の2部構成
・2015年
・180x176x35mm
・カーフ・ヘビ革によるテープ綴じ装/和紙表装材によるアコーデオン装、ヘビ革リボン結び
・和紙見返し(アコーデオン装)
・ひみつ箱
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本◆frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
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