今日、12月23日は今上天皇の誕生日です。
大日本帝国憲法第13条の「天皇ハ戰ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ條約ヲ締結ス」から、新憲法第9条のもと、「宣戦を布告する」のではない新しい天皇像を自らつくろうとなされているように思います。
中でも戦争犠牲者への祈りの行脚には頭が下がります。
沖縄やアジアの、父昭和天皇の時代に起こされたかつての戦場に高齢をおして足を運ばれる姿はどんなにか人々の心をやわらげていることでしょう。

最近読んだアントニー・ベスト著『大英帝国の親日派 なぜ開戦は避けられなかったか』(中央公論新社 武田知己訳)のなかで印象的なくだりがあります(第十二章 ウィンストン・チャーチル第三部 和解と展望 234頁)。
以下引用です。
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 天皇の名代としてエリザベス二世の戴冠式に出席するために皇太子が訪英すると、チャーチルはこれを側面から援護した。皇太子訪英のニュースが、『デイリー・エクスプレス』や『デイリー・メール』の記事で批判的に報じられると、チャーチルは、同紙の社長を含む三〇人ほどの著名人を首相官邸に招待し、皇太子を囲んだ昼食会を主催した。そこで彼は一世一代のスピーチを行っている。「政治的に日英間には深い溝があるかもしれないが、我々はこうして集い、友人として食し、かつ飲み交わすことができるのです」。そして、おもむろに一八九四年に母が日本から買い求めてきた二頭の馬の立像をテーブルに置き、こう嘆いてみせた。このころ西洋諸国は日本の芸術を賞賛していたが、戦艦をもつようになって初めて日本を強国として認めたのだと。最後に、彼はテーブルの前の馬の像を指さしてこういったという。「願わくは、未来においては、戦艦によってではなく、芸術の力によって民族の偉大さを評価することが多くなることを
(以下略)
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決して日本びいきではなく首相として日本と戦ったチャーチルの言葉を若き皇太子(現天皇)は深く心に刻んだに違いありません。
政治家のみならず、あらゆる分野で言葉が軽く扱われ、ヘイトスピーチに象徴される乱暴な物言いが氾濫する今の日本ですが、多少なりとも「文化」に携わる私たちは言葉=表現を大切にしたいと思います。

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そして明日12月24日はクリスマスイブ、
われらがジョナス・メカスさんの満93歳の誕生日です。
メカスさんの初めてのカタログは光栄なことに私たちが1983年に編集したものですが、メカスさん自らの記述によれば(翻訳は木下哲夫さん)、

誕生 1922年12月24日 夜明け寸前 日曜日
星座 カプリコーン(山羊座)
生地 リトアニアのセメニスキアイ(20家族、約100人の住む村ラトビアとの国境まで20マイル、人口5000の町ビルザイから15マイル)
言葉 リトアニア語(バルト語系、ロシア語とは関わりなし)


ソ連に追われ、ナチスから逃れて、言葉も通じないアメリカに渡った数奇な人生。激動の93年間を生き抜き、今もなお活躍を続けるメカスさん、一日早いですが、
お誕生日おめでとうございます!
ますますのご活躍を祈っています。

ジョナス・メカスさん_6002005年10月14日
ときの忘れものでの「ジョナス・メカス展」のオープニングの夜
左からメカスさんの著書の装丁を担当した植田実さん、
植田さん装丁の「メカスの映画日記」を手にするジョナス・メカスさん、
詩人の吉増剛造さん、
メカスさんの詩集の翻訳者・村田郁夫さん
この夜の宴については原茂さんのエッセイ「天使の謡う夜に」をお読みください。

先日もお伝えしましたが、昨日から東京・西荻でジョナス・メカスの写真展と映画の上映会が開催されています。どうぞお出かけください(*夜間のみの開催 夜19時~24時)。

●今日のお勧めはジョナス・メカスです。
20151223_mekas_07_eda-haジョナス・メカス
「枝と葉の影を映し、雨滴に濡れた壁」
1983年
シルクスクリーン
37.5x51.0cm
Ed.75
サインあり


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◆冬季休廊のお知らせ
2015年12月27日(日)―2016年1月4日(月)はギャラリーをお休みします。