紙の未来、本の未来
前回ご紹介した潮田登久子さんの写真集「本の景色」の中で、ひときわ印象に残った写真があった。その一枚とは、本棚の最下段に平積みされ、なかば朽ちかけた雑誌の一群の写真である。実はこの写真は「本の景色」に入っているものの、もう一冊の写真集「先生のアトリエ」に関する作品で、この「先生のアトリエ」は、潮田さんの師である大辻清司氏の仕事場を、氏の没後数年を経て、撮影した記録である
一見、床に泥が入り込んでいるようにみえるが、それは実はカビによりぼろぼろになった紙なのだった。水害にあってカビのせいで変色している本や虫食いにあった本、酸性紙のため、乾燥して粉々になっていく本、室内環境のせいで革の繊維が破壊され、赤い粉となってこぼれていくレッドロットという状態の革装本など、破損のひどい本はいくつも見てきたが、このような状態の本は初めて見た。
潮田登久子「本の景色」幻戯書房刊より複写
巻末の撮影メモによると、アトリエのコンクリート壁からの湿気で、このような状態になったという。「先生のアトリエ」は、大辻さんが亡くなられたあと、数年を経て撮影されたそうで、本を始めとしたあれこれに積年のホコリがつもっているのがわかる。亡くなられた氏のすべてを残しておきたいという、ご家族の気持ちがそのまま残されているように思う。写真機材、冷蔵庫の中にそのまま残されたフィルム、機械工学を得意とされた氏が作られた独自の道具類、趣味とした鉄道模型やミニチュアカー、アトリエで飲まれるはずだった未開栓のビール瓶。それらはホコリをかぶりつつも、そこに在る。また、本棚上段に配置されている多くの本は、経年の傷みはみられるものの、本という構造体の体裁を保っている。その中にあって、本棚の最下段に置かれたことにより、湿気の影響をまともに受けてしまったであろう雑誌群を見る時、実は紙というものがとても脆弱なものなのだ、ということに改めて気づかされた。
「LIFE」の一冊。「本の景色」では、アルファベットで写真が分けられており、これは【Z】DEAD 死 とタイトルを付けられた作品群の最初の一枚。(「本の景色」より複写)
日本には和紙という優れた紙があると言われるが、帙に入れ桐の箱に収められた和本は、虫害・水害・火事といった災害から守られるものの、そういう環境になかった和本には激しい虫食いも散見される。西洋の本も同様で、羊皮紙に書写される時代から「紙」に印刷する時代に移って以降も、多くの本が現代に残っているというのは奇跡といってもよいのかもしれない。1966年のフィレンツェの大洪水*をきっかけとして、修復・保存の分野では、どのような考え方で、どのような対応をしていくかという世界的な標準が確立されてきた。今は修復(restoration)や保存(conservation)の考え方は踏襲されつつも、予防的保存対策(preservation)という考え方が積極的に採用されている。
カビにより構造体の一部を失った雑誌を見ながら、奇跡を念じることなく、人々の「残す」という意志により本という財産を守っていくことが出来る未来を信じたいと思う。
*1966年11月4日の大雨によりアルノ川が氾濫、川岸に位置していたフィレンツェ国立中央図書館が大規模な水害にあった。欧米から駆けつけた修復家が協力支援。その時の成果が現在の修復保存技術の基礎となっている。
(文:平まどか)

●作品紹介~平まどか制作




『異国の女(ひと)に捧げる散文 PROSE POUR L’ETRANGERE 』
ジュリアン・グラック Julien Gracq著
仏日対訳 天沢退二郎訳 挿画 黒田アキ
1998年 思潮社刊
・パッセカルトン 山羊革・カーフ総革装
・手染め紙・カーフ嵌め込み
・手染め見返し
・タイトル箔押し:中村美奈子
・制作年 2016年
・225x150x15mm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本
◆frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
●今日のお勧め作品は、品川工です。
品川工
「影」
1966年
シルクスクリーン
イメージサイズ:50.8×37.7cm
シートサイズ:57.2×43.8cm
Ed.100
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
電話番号と営業時間が変わりました。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

前回ご紹介した潮田登久子さんの写真集「本の景色」の中で、ひときわ印象に残った写真があった。その一枚とは、本棚の最下段に平積みされ、なかば朽ちかけた雑誌の一群の写真である。実はこの写真は「本の景色」に入っているものの、もう一冊の写真集「先生のアトリエ」に関する作品で、この「先生のアトリエ」は、潮田さんの師である大辻清司氏の仕事場を、氏の没後数年を経て、撮影した記録である
一見、床に泥が入り込んでいるようにみえるが、それは実はカビによりぼろぼろになった紙なのだった。水害にあってカビのせいで変色している本や虫食いにあった本、酸性紙のため、乾燥して粉々になっていく本、室内環境のせいで革の繊維が破壊され、赤い粉となってこぼれていくレッドロットという状態の革装本など、破損のひどい本はいくつも見てきたが、このような状態の本は初めて見た。
潮田登久子「本の景色」幻戯書房刊より複写巻末の撮影メモによると、アトリエのコンクリート壁からの湿気で、このような状態になったという。「先生のアトリエ」は、大辻さんが亡くなられたあと、数年を経て撮影されたそうで、本を始めとしたあれこれに積年のホコリがつもっているのがわかる。亡くなられた氏のすべてを残しておきたいという、ご家族の気持ちがそのまま残されているように思う。写真機材、冷蔵庫の中にそのまま残されたフィルム、機械工学を得意とされた氏が作られた独自の道具類、趣味とした鉄道模型やミニチュアカー、アトリエで飲まれるはずだった未開栓のビール瓶。それらはホコリをかぶりつつも、そこに在る。また、本棚上段に配置されている多くの本は、経年の傷みはみられるものの、本という構造体の体裁を保っている。その中にあって、本棚の最下段に置かれたことにより、湿気の影響をまともに受けてしまったであろう雑誌群を見る時、実は紙というものがとても脆弱なものなのだ、ということに改めて気づかされた。
「LIFE」の一冊。「本の景色」では、アルファベットで写真が分けられており、これは【Z】DEAD 死 とタイトルを付けられた作品群の最初の一枚。(「本の景色」より複写)日本には和紙という優れた紙があると言われるが、帙に入れ桐の箱に収められた和本は、虫害・水害・火事といった災害から守られるものの、そういう環境になかった和本には激しい虫食いも散見される。西洋の本も同様で、羊皮紙に書写される時代から「紙」に印刷する時代に移って以降も、多くの本が現代に残っているというのは奇跡といってもよいのかもしれない。1966年のフィレンツェの大洪水*をきっかけとして、修復・保存の分野では、どのような考え方で、どのような対応をしていくかという世界的な標準が確立されてきた。今は修復(restoration)や保存(conservation)の考え方は踏襲されつつも、予防的保存対策(preservation)という考え方が積極的に採用されている。
カビにより構造体の一部を失った雑誌を見ながら、奇跡を念じることなく、人々の「残す」という意志により本という財産を守っていくことが出来る未来を信じたいと思う。
*1966年11月4日の大雨によりアルノ川が氾濫、川岸に位置していたフィレンツェ国立中央図書館が大規模な水害にあった。欧米から駆けつけた修復家が協力支援。その時の成果が現在の修復保存技術の基礎となっている。
(文:平まどか)

●作品紹介~平まどか制作




『異国の女(ひと)に捧げる散文 PROSE POUR L’ETRANGERE 』
ジュリアン・グラック Julien Gracq著
仏日対訳 天沢退二郎訳 挿画 黒田アキ
1998年 思潮社刊
・パッセカルトン 山羊革・カーフ総革装
・手染め紙・カーフ嵌め込み
・手染め見返し
・タイトル箔押し:中村美奈子
・制作年 2016年
・225x150x15mm
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●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本◆frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
●今日のお勧め作品は、品川工です。
品川工「影」
1966年
シルクスクリーン
イメージサイズ:50.8×37.7cm
シートサイズ:57.2×43.8cm
Ed.100
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ときの忘れものは、〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました(詳しくは6月5日及び6月16日のブログ参照)。
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TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
営業時間=火曜~土曜の平日11時~18時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

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