柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」第14回

こんなものまで・・・
アーティストが係わった案内状



先月に引き続き、アーティストが関わった「展覧会の案内状」について書かせて貰います。前回の文末近くで、ハンス・ハーケ、小野洋子、ソル・ルウィットの名前も挙げましたが・・・すいません、一ヶ月のうちに気持ちが変わってしまいました・・・アルマン以外のモノは、次回(以降)に回させていただきます。

さて案内状は、基本、郵送されるものです。郵送と切っても切れない関係にあるのが、切手です。美術作品やアーティストの肖像などのイメージを使った記念切手は、日本も含む世界各国で発行されていますが、自らの作品として切手を作った作家がいます。

絵画や彫刻のなかの伝統的な表現、技法を捨て、日常生活に溢れる既製品、廃棄物などを、非伝統的な技法を用いて美術作品とすることを試みた、ヌーヴォー・レアリスムの中心的な存在、イブ・クラインです。特に青一色に塗られたキャンバスやオブジェ作品で知られるクラインは、自らの、「黄金よりも高貴な青」として提示した深い青色を、インターナショナル・クライン・ブルー、IKB と名付けました。そして、1957年には、その色の特許も取得しているこの作家が手がけた切手は、もちろん、IKB一色に塗られたもので、1957年から59年まで制作されました。
作品として切手を制作した作家としては、日本の太田三郎も知られていますが、太田の作品は、切手の形や形式を利用した作品であり、郵便料金の証書としての切手の機能はありません。それに対して、イブ・クラインは、ミシン目をいれた用紙に、IKBの絵の具を塗ってつくった紙片が切手として使えるよう、フランスの郵政当局に交渉して許可を得たのでした。
さすがフランスの行政と思わせるエピソードですが、クラインはこの「切手」を50年代末ころまで、展覧会の案内状発送などに使っていたようです。ミシン目が斜めであったり、大きさもマチマチの手作り感あふれる「切手」は、今日ではクラインのオリジナル・マルチプル作品として認められ、数十万円という価格帯で取引されています。
この「切手」がいったい何枚作られ、使われたかを確定する資料は、残念ながら手元にはありません。ただ、クラインにとって最も重要な展覧会の案内状送付に使われたことは知られています。1958年にパリのイリス・クレール画廊での、室内には全く何も展示しなかった展覧会「第一物質の状態における感性を絵画的感性へと安定させる特殊化」展、通称「空虚」展のために送られた、約3500枚の案内状に、IKBの切手が貼られました。

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クラインのこの「空虚」展と対比して語られることが多いのが、やはりフランスの現代美術作家で、クラインとも親しかったアルマンの、「充満」展です。バイオリン、タイプライター、人形、眼鏡といった日常のオブジェを破壊したり、集積したりした作品を手がけたアルマンは、ある意味、イブ・クライン以上に、ヌーヴォー・レアリスムらしい作家に思えます。
この作家の、ギャラリーの内部を、様々なジャンク・オブジェで埋め尽くした「充満」展は、「空虚」展と同じイリス・クレール画廊で1960年に開かれました。展覧会のために、アルマンは、展覧会案内史上に輝くような「案内状」を送付しました。それは、印刷されたカードではなく、サーディンの缶詰でした。

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ブリキ製の、あの開けにくいサーディン缶そのものですが、貼られたラベルには、

ARMAN
FULL-UP
IRIS CLERT
PARIS

と、大きく印刷され、

中央部には、

OUVRIR
AVANT LE
25 OCTOBRE
1960
と入っている。

賞味期限1960年10月25日という意味ですが、、展覧会がこの日にオープンすることを示唆しています。
缶の側面にはアルマンのサインと、エディション/ナンバーも入っています。私の手元のものは、未開封の缶ですで、開封するつもりは全くありません。が、中には印刷された紙が折り畳んで入っているはずです・・・というのも、一度、開封された缶を見たことがあるからです。それは、クリストとジャンヌ=クロードのリビングルームでした。
彼らのリビングルームの一角には、様々な友人たちのオブジェ類が置かれています。その中に、この缶詰もあり、しかも、開封されていて、中には紙片も入ったままでした。
かつてこの缶が話題になったことがありましたが、ジャンヌ=クロードが、「食べ物が届いたと喜んだのに、開けたら紙片しか入ってなくて残念だった」と話していたのを覚えています。本当だったのか、ジョークだったのか・・・???です。
アルマンはその後も、展覧会案内として小さなオブジェ作品を制作しています。幸いにも、私の手元にも幾つかありますので、次回(以降)に紹介させて頂こうと思います。
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クリストとジャンヌ=クロードの名前も出してしまいましたので、二人の最初期の案内状を紹介させて貰います。ちなみにクリストとジャンヌ=クロードも、ヌーヴォー・レアリスムの作家とされることもありますが、このグループのメンバーではありませんでした。確かにクリストの包まれたオブジェやパッケージは、ヌーヴォー・レアリスム的に見えますし、この運動の指導的立場にあった、評論家のピエール/レスタニーは、二人の結婚の証人を務めるほど、親しい関係にありました。しかし、メンバーとして迎えられることがなかったのは、イブ・クラインが、反対したとされています。
 さて、案内状です。モノとしての面白さは、先に紹介したイブ・クラインの「切手」や、アルマンの「缶詰」には及びませんが、パリ時代のクリストとジャンヌ=クロードも、興味深い案内状を手がけていました。それは、例のレスタニーの妻が運営していた、パリのギャラリーAで1962年に開かれたパリでは初めての個展のためのものでした。ただ、この案内状は、単に展覧会の案内ではなく、野外プロジェクト作品の案内も兼ねたものでした。
 二人にとって、二つ目の一時的な芸術作品、89個のドラム缶を積み上げて、パリの小道を8時間にわたって封鎖したプロジェクト、「ドラム缶の壁、鉄のカーテン、パリ・ヴィスコンティ街、1961-62」の予告が、展覧会の案内と一緒に記されています。この案内状は、クリスト自身のデザインで、文字は、紙を手でちぎって作ったものです。

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 クリストとジャンヌ=クロードは、常々、創作活動の中心はあくまで、プロジェクト、つまり野外空間での一時的な芸術作品で、展覧会や出版なども、プロジェクト実現のために利用することが多い、と語っていました。展覧会に、プロジェクトを結びつけた、この案内状は、その最初期の一例だったわけです。
 ちなみに、同じデザインを大きめの用紙に印刷したポスターも制作され、クリストとジャンヌ=クロードは、夜中ひっそりと、パリ市中の壁面に貼って回ったそうです。
やなぎ まさひこ

柳正彦 Masahiko YANAGI
東京都出身。大学卒業後、1981年よりニューヨーク在住。ニュー・スクール・フォー・ソシアル・リサーチ大学院修士課程終了。在学中より、美術・デザイン関係誌への執筆、展覧会企画、コーディネートを行う。1980年代中頃から、クリストとジャンヌ=クロードのスタッフとして「アンブレラ」「包まれたライヒスターク」「ゲート」「オーバー・ザ・リバー」「マスタバ」の準備、実現に深くかかわっている。また二人の日本での展覧会、講演会のコーディネート、メディア対応の窓口も勤めている。
2016年秋、水戸芸術館で開催された「クリストとジャンヌ=クロード アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91」も柳さんがスタッフとして尽力されました。

●柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は毎月20日の更新です。

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菅井赤い太陽菅井汲《赤い太陽》
1976年
マルチプル(アクリル+シルクスクリーン)
(刷り:石田了一)
10.0×7.0×2.0cm
Ed.150  Signed
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