石原輝雄のエッセイ「美術館でブラパチ」─4

『日の入りにパチリ』


展覧会 飄々表具──杉本博司の表具表現世界
    細見美術館
    2020年5月26日(火)~9月6日(日) 

BP4-01京都市京セラ美術館 北玄関飾り装飾

 京都市美術館の記憶は、瑛九の『眠りの理由』を観て鳥肌が立った1974年11月の『昭和の洋画: 戦前の動向』展が最初と思うが、以来、アンデパンダン展から、友人知人の団体展、加えて欧州絵画の大規模展に至るまで幾度も足を運んだ。その都度、高い壁面とのバランスや照度不足、油がけされた床の刺激臭に戸惑いを感じての鑑賞。2015年夏には空調故障による『マグリット展』の展示中止なども発生し、猶予できない状態に追い込まれていた。改修工事を終えた現在、歴史的遺産となった室内のアールデコ装飾、西玄関の大階段、天井のステンドグラスなどが機能アップしたうえで受け継がれ、懐かしさの中に快適性を備えた空間となっている。新館建設等の費用111億円のおよそ半額を捻出する命名権募集によって物議をかもし「京都市京セラ美術館」と呼ばれる事になったが、京セラ(株)はマン・レイの『アングルのヴァイオリン』を含むギルバート・コレクションを京都国立近代美術館へ寄贈した企業であることは記しておきたい。 
 また、工事の過程で富樫実の野外彫刻『空にかける階段’88-II』が「耐震性や安全性」を理由に切断・撤去され、後に2mを失い展示場所を移されての再展示に至った経過も、部外者ながら心痛めた出来事、先ほど作品の銘板を探したけれど見つからなかった。清水九兵衛の赤い彫刻『朱態』の方も「天の中庭」で確認したが、シャープさが失われ、建物と野外彫刻との初出、場所と精神との齟齬を感じるのだった。

BP4-02同・旧西玄関大階段

BP4-03同・ステンドグラス

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 さて、開館記念展の『杉本博司 瑠璃の浄土』について、光の通り道を補足する。参道を左に折れ、分光を経た後「仏の海」「OPTICKS」「宝物殿」と辿る訳だが、観客は中の道へ自然と進むように思う。そのまま会場を出てしまう人も多いのだろう、係員に何度か「『仏の海』を観られたか」と聞かれた。奥の部屋の存在も説明された。三原色の発光体が重なる「白」に包まれると幸せになって、反射の側の「黒」に近づくことを必要としなくなってしまう、海で生まれ海に帰らねばならないわたしたちに、ゆらゆらと『極楽寺鉄灯籠』が道を照らしてくれているのだが---。

BP4-04『OPTICKS』シリーズ、『瑠璃の箱(青)』(正面)

BP4-05『護王神社模型』地下部分

BP4-06『ウッド・ボックス』

 杉本も現代美術の開祖マルセルに影響を受けたデュシャンピアンの一人だと告白している。会場には考古遺物を光のスペクトルに従えた位置取りで、通称『大ガラス』の杉本版レプリカが置かれている。題して『ウッド・ボックス』、硝子に挟んだネガが美しい印影を醸す、杉本のカタログ記述だが「デュシャンは富のもたらす栄光と堕落の冷徹な観察者だった。言ってみれば金満家の優雅で悲惨な生活の傍観者であり続けたのだ。『私の資本は時間です、お金ではありません』。これもデュシャンの言説だ。」なるほど、小生のようなデュシャン好き、マン・レイ好きのコレクターには言い得て妙である。

BP4-07『OPTICKS 036』、『瑠璃の箱(緑)』(正面)

BP4-08「水を一口」

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BP4-09『硝子の茶室 聞鳥庵』

BP4-10同・東山キューブから俯瞰

 館内のカフェ・エンフューズで遅い昼食をとった。水を一口、コップの中にも浄土があるのだろうな。会場で田中泯の踊り(ビデオ20分)を熱心に観ていたのは年配の女性たちだったし、庭園の池に設けられた硝子の茶室『聞鳥庵』(モンドリアン)を会得するのも彼女たちだろう。にじり口と借景の構造解釈などよりも、お手前の一服、黒楽茶碗に映える緑、光を飲み干す作法は、長寿の方たちの独壇場。カフェではビールも提供されるから、凡夫はこちらを楽しみたい。その後、疎水沿いにブラブラと細見美術館へ。

bp4-11疎水、遠景に慶流橋、京都国立近代美術館(左)

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BP4-12細見美術館(岡崎最勝寺町6-3)

 こちらは日本の古美術を中心とした美術館で、開館は1998年。最上階に数寄屋造りの名匠・中村外二による茶室を備えた大江匡設計による吹き抜け構造。仏教美術に造詣が深い杉本博司見立てによる展覧会を2016年の『趣味と芸術─味占郷』展、2017年の『末法』展と開催している。京都市京セラ美術館の展覧会と照応する今回の『飄々表具──杉本博司の表具表現世界』展は氏の写真を掛軸、屏風、額といった形式で鑑賞する第一部と、同館所蔵品と杉本が仕立てた「杉本表具」との競演を楽しむ二部構成となっている。先程の大規模展と、巻いて収納し別の空間でも展示できる紙と絹の世界、軸物との対比が、どのように示されるのか、印画紙の美しさが水に溶け、水墨画の伝統のなかに埋没しているのではないのか、「表具」表現に不安を持ちつつの入館となった。しかし、作品は洗練され第一室は『華厳滝図』を遠く望みつつの水煙る空間となっている。尾形光琳の国宝を本歌取りした屏風仕立ての『月下紅白梅図』の流水と、『海景』シリーズの写真の海面が流れ出て集まり、滝の内側といった塩梅で、水平線を確認できない「リグリア海」に包まれ眼福となった。

BP4-13『華厳滝図』『群馬県碓氷郡出土 頭椎大刀』

BP4-14『月下紅白梅図』、奥に『カリフォルニア・コンドル』

BP4-15『海景』シリーズ2点「リグリア海」「ボーデン湖」

 続く第二室から展開される「杉本表具」の魅力は、「同朋衆の重要な仕事の一つに唐物の目利きとその表具があった」と杉本が解説するように、時代を超えてこの場にある紙もの(解釈による作品化と言える)のお化粧が、平安、鎌倉、室町、江戸といった時代経過と新たに表具された平成、令和の年記とあいまって、瀑布にいる感覚。本紙左右の柱部分を細く仕立てた掛軸から余白が部屋一杯に広がり、乾いていきます。わたし好みは、『小島切』、平安時代の小野道風(伝)が「斎宮女御集」を書写したとされる冊子を切り離し、「白の胡粉下地に摺箔を施した古い紙」に薄黄で豆腐の形、道風(とうふう)に掛けてのウイットで、現代美術ですな。昔、手許にあった野中ユリの油彩『発生についてII』を思い出した。奥の部屋には杉本の『劇場』シリーズ4点が飾られており、細部に見入った。光の届く範囲、反射の妙に、古美術の残像が重なるのだった。

BP4-16『罐鈴汁缶』『キャンベルスープ』『根来盆』(写真提供: 細見美術館)

 そして、地下二階の展示室に入る。先室の『春日鹿曼荼羅』も良かったが『縄縛りの図』に痺れてしまった、男の子ですな。さらに現代の紙ものと古裂、軸の意匠細部との暗喩、「古いものが不思議と集まるのも才能」と云うが、新しいものを日常から取り出し解釈する才能。名前を与える才能を、杉本博司がいつ自覚したのか、少年期に鉄道模型や鉄道写真に熱中したと聞くから、同病者としては気にかかる。さて、目の前にはアンディー・ウォーホールが記した宿帳を軸に仕立てた『罐鈴汁缶』(かんべるしるかん)がキャンベルスープ6缶と組み合わせ置かれている。これが根来盆の朱色の上にあるのだから、こたえられない。アグネス・マーティンの水彩、白髪一雄の墨筆抽象画、坂本龍一の楽譜などが解釈され、「杉本表具」の世界で生命を膨らませている。なので、美術館所蔵の美術品が所を得て生き生きするのに感動するのである。

BP4-17『墨筆抽象画』『根来亀甲文瓶子』『神代杉 敷板』(写真提供: 細見美術館)

 白髪と競演する『根来亀甲文瓶子』、大田南畝の書をユーモアに引用した『素麺のゆでかげん』を静かに治める『熊野十二社権現懸仏』。それにしても、薄闇に根来の朱色が映えるのを知ったのは、本日の収穫だった。平安神宮大鳥居が凝縮してお盆に姿を変えている。表具と下方に置かれた美術品、これを支える丸や四角の根来、あるいは古材敷板。緑あふれる湿潤の国に生きてきた幸せを改めて感じるのだった。 

 尚、7月14日から一部を入れ替えた後期展示が始まる。

BP4-18日蓮宗・妙傳寺

BP4-19東華菜館(設計: ウイリアム・メレル・ヴォーリズ、1926年)

 外に出るとお天気は下降気味、妙傅寺の屋根を見上げパチリ。飾りの奥には別の浄土がひろがっているのだろうな。寄り道をせずに早めの帰宅、バスの運転手に近い席はコロナ対策で閉鎖されている。東華菜館を過ぎたあたりから本降りとなった。


(いしはら てるお)

●本日のお勧め作品は佐藤研吾です。
sato-16佐藤研吾 Kengo SATO
《囲い込むためのハコ3》  
2018年
クリ、ナラ、アルミ、柿渋
H50cm
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