「私が出会ったアートな人たち」第5回
「アートフルで出会ったアーティストたち」
アートフル勝山の会 荒井由泰
アートフル勝山の会では岡本太郎、オノサト・トシノブ、難波田龍起、元永定正、泉茂、吉原英雄ら、ビックネームのアーティストたちを招き、展覧会を開催してきた。これらが実現できたのは創美や小コレクター運動に関わってきた先輩諸氏や「ときの忘れもの」の協力のおかげだ。この流れとは別に、私自身が関心を持ち、ぜひともアートフル主催で企画展をやりたいと思い、実現してきた企画展も存在する。そのなかでも私と同時代を生き、私の心を動かし、ぜひとも応援したいと思ったアーティストたちのこと綴ることにしたい。彼らは野田哲也(アートフル主催2回・その他1回開催)、小野隆生(アートフル主催4回開催)、舟越桂、柄澤齊、北川健次(各1回開催)の面々だ。
① 野田哲也(のだてつや 1940年熊本県生れ、1968年の東京国際版画ビエンナーレで国際大賞受賞、その他多数の国際展で受賞。自分で撮った写真をベースにしたシルクスクリーンと木版画の併用技法がトレードマークだ。)
日記:2006年9月21日(定年退職通知書)
今回の5人のアーティストの中では、一番年上で、私より8歳先輩だ。私のコレクションは当初、銅版画が中心であったが、なぜか野田作品に魅かれるところがあった。彼の日記シリーズでは自ら撮った写真を加工してシルクスクリーンで表現し、背景を和紙の上に木版画で刷ることで日常をオリジナルの美しい物語へと変えた。彼の革新性と身近なテーマの組み合わせの妙が私をとらえた。
ニューヨーク時代、AAAギャラリーやスズキグラフィックで何点か購入し、勝山へ持ち帰った。その後、画廊での購入やアートフルの展覧会を機会にコレクションを充実させた。アートフルでは野田先生を招いての展覧会を2回(1984、2001)開催した。1988年には先生宅に伺い、私のいとこの結婚式の引き出物として版画を依頼した。赤い拇印がついた素敵な小品が出来上がった。さらには2016年には私のコレクションと柏わたくし美術館からお借りした名作を加え、福井市のE&Cギャラリーで「野田哲也展」(1969年から2014年の作品・総数32点)も開催させてもらった。1984年の展覧会には娘のりかちゃんを、2016年にはドリット夫人を同行された。ダジャレを交えた楽しいギャラリートークをはじめ、懐かしい思い出がいっぱいだ。
家族ぐるみのようなお付き合いをさせていただいたこともあり、私にとっては身近な世界的アーティストだ。
1984年「野田哲也展」にて、野田先生、りかちゃんとアートフルの仲間たちそして綿貫氏
2001年「野田哲也版画展」にて、野田先生、中上先生と私
E&Cギャラリー(2014年 福井市)でのギャラリートーク
野田夫妻と私
② 小野隆生(おのたかお 1950年岩手県生れ、イタリア在住、テンペラ技法の肖像画を一貫して制作している)
肖像図98-13 (アイマスクの女性) 1998年 油性テンペラ
小野さんとの出会いは「ときの忘れもの」の紹介であった。彼のテンペラ技法で描いた国籍不明の不思議な肖像画が私をとらえた。聞くところによればモデルはいないとのこと。ますます興味が沸き、個展の開催となった。版画の共同エディションや、新作の作品を事前にアートフルとして購入する形で4回もの個展(1995、97、98、2003)を開催できた。いつもダンディないでたちでさっそうと勝山を訪れてくれた。
1997年の小野隆生展でのスナップ
私自身、彼のテンペラで描いた肖像画に魅かれたこともあり、地域の皆さんに作家を知ってもらいたいとの思いが4回もの個展につながった。4回の個展を思い返すと、第1回そして第2回の新作展にはジュージ夫人とともに勝山に来ていただいた。勝山市の白山平泉寺などご案内したこともあり、大の勝山ファンになってもらった。彼の大コレクターであった奥井氏(故人)が東京から駆けつけてくれ、花を添えてくれた。懐かしい思い出だ。彼の人柄に惹かれ、地域に小野ファンも増えた。アートフル会員の歯科医師夫婦が彼のイタリアのアトリエを訪問するなど交流が広がった。
彼の肖像画の魅力がどこにあるのか、今回私のコレクションを並べ、考えてみた。彼は長い間、イタリアで壁画などの絵画修復の仕事に携わっていたことと関係しているかもしれないが、彼の肖像画はモダンな部分と古典的な部分が同居している。この不思議なバランスが魅力となっているように思う。また、肖像の目力も人を惹きつける。私のコレクションではアイマスクの女性が好きだ。アイマスクによって、目力が強調され、意思の強い女性が登場する。
しばらく、新作を見ていないが、作風や表現がどのように変化しているのか、関心があるところだ。
1997年の小野隆生展でのスナップ
1997年の小野隆生展でのスナップ
1997年の小野隆生展でのスナップ
③ 舟越桂(ふなこしかつら 1951年岩手県生れ、彫刻家、版画も手掛ける。楠の木彫に大理石の眼をはめ込んだ人物像は我々を魅了してやまない。)
「Sound from North, state 1」1990 ソープグランド アクワチント 限定25部
私と舟越作品との出会いは1990年、東京の西村画廊だったように思う。木彫とともに版画が展示されていた。前を見つめ、凛々しくたたずむ木彫の人物像にすごく感動した。とても私には買える値段でないので、気に入った版画を一点購入することにした。その時以来、アートフルで展覧会をやりたいと思っていた。当時、舟越作品(版画)を扱っていたアンドーギャラリーの安藤氏と面識があったこともあり、中上先生からも同意を得て、作品をアートフルで買い取る条件での新作版画展の開催を決めた。
個展をやるからには作家をぜひ呼びたいと考えたが、売れっ子作家でそう簡単にはいかない。それで「ときの忘れもの」の綿貫さんに相談したところ、「舟越氏が断れない人から頼んでもらうのが一番確実だ。」とのアドバイスを得た。私と中上夫人そして応援団として綿貫夫妻も同行いただき、盛岡に出向き、盛岡第一画廊の上田氏とお会いして丁重にお願いをした。そして首尾よく話が進み、舟越さんの来勝が実現の運びとなった。おまけに上田氏より初期の木彫(会議のための習作)を借り受けることも決まった。1993年に新作版画10点と盛岡第一画廊から借り受けた木彫1点で「舟越桂新作版画展」(アートフル主催)を開催し、作家を囲んでのレセプションも無事、実現できた。まさに夢がかなった。
1993年 「舟越桂新作版画展」にて
1993年 「舟越桂新作版画展」にて
舟越桂 木彫「会議のための習作」 版画 「遠い鏡」1993 リトグラフ
盛岡では舟越さんの最初の版画作品(銅版画3点)との出会いもあり、私のコレクションに加わった。
当時、私は45歳、舟越さんは42歳 二人とも若かった。レセプションでは作品を酒の肴にして、フレンドリーな会話ができ、楽しい時間を過ごすことができた。
時は過ぎ、中上夫妻そして上田氏は鬼籍に入られた。思い出だけが残る。
今、改めて舟越さんの人柄そして作品の魅力を実感している。
④ 柄澤齊(からさわひとし 1950年栃木県日光市うまれ、木口木版の第一人者であるとともにエッセイ集および小説の著作もある)
「肖像L :関根正二」2020年 木口木版 限定70部 (肖像シリーズ50作目)
柄澤さん本人との出会いは今回紹介した作家のなかでは一番古い。作品との出会いは1975,6年でニューヨークから一時帰国した際のシロタ画廊(銀座)だった。木口木版に興味を持ち、日和崎尊夫作品とともに柄澤さんの初期作品を4点購入した。銅版画とは一味違うビュランで刻まれた鋭い線と造形に魅惑された。
本人との出会いは1978年であった。アートフル主催で開催した「現代版画の巨匠たち6人展」に浜口陽三の名品をお借りしたプチフォルム(大阪)の青柳さんと一緒にひょっこりと柄澤さんが来てくれた。我が家にも寄っていただき、ニューヨークでのコレクションをお見せした覚えがある。
「現代版画の巨匠6人展」(1978年) 会場にて プチフォルム 青柳氏、柄澤氏と私
そして2007年、念願の個展「柄澤齊木口木版の世界展」をアートフルの主催で開催することができた。肖像シリーズを中心に、新作の肖像を含め34点の展示となった。もちろん作家によるトークそしてレセプションも開催した。まさに懐かしい再会であった。現在はフェイスブックの友達として彼の日常と出会うがアートに対する真摯な想いは変わらない。
気が付けば40年余りのお付き合いとなったが、やっぱり私にとっては肖像シリーズの作品が一番印象深い。肖像シリーズの何点かを見て、全作品を蒐集すると決断し、その後買い続けることになった。昨年、第50作「関根正二」が久しぶりに発表され、私のコレクションに加わった。古い知り合いが頑張っている姿を見ると、私も元気になる。
「柄澤齊木口木版の世界展」2007年 中上邸イソザキホール
会場にて 2007年 お互い年を取った
「柄澤齊木口木版の世界展」(2007年) ギャラリートークにて
⑤ 北川健次(きたがわけんじ 1952年福井市生まれ。銅版画でデビューし、その後コラージュ、オブジェ、写真そしてまた詩人として活動の場を広げるとともに、現在も数多くの個展開催を続けている。)
「密室論ーBleu de Lyonの仮縫いの部屋」2011 ミックストメディア 限定5部
同じ福井県出身ということで、彼の名前は気になっていたが、福井県立美術館の学芸員の紹介で初めて会った。2005年のことだ。第一印象は硬派で理屈っぽい人という感じであったが、話は含蓄に富み、アートはもちろん、文学にも造詣が深く、人間的にも興味をもった。最初に手に入れたのは銅版画だったが、古くてノスタルジックな人物やモノを組み合わせた作品に魅かれた。どの作品にも知的で美しい北川ワールドが感じ取れた。小コレクター魂にも火がつき、彼を応援していくことを心に決めた。彼は私のコレクションについても評価してくれ、最近も「ますます恩地孝四郎のすごさが分かってきた」と言ってくれる。彼は版画家からスタートしたが、コラージュ、写真、オブジェへ、そして評論と活動領域を広げ、最近は詩集も上梓した。彼こそ「恩地孝四郎の世界に追いかけている」ように私には見える。
2006年に「北川健次銅版画展」をアートフル主催で開催した。彼にとっては25年ぶりの故郷での個展であった。以後、電話も含め、彼との交流が盛んになった。
彼は毎年のように各地で個展の開催を続けている。アート市場が厳しい昨今の現状からするとすごいことだ。彼の感性に共感し、応援する画廊があり、合わせて彼の作品を購入しつづけるファンが存在するということだ。彼の常にチャレンジする心そして姿が作品に現れ、コレクターの審美眼を刺激するのだろう。
「北川健次銅版画展」会場 中上邸イソザキホール
「北川健次銅版画展」2006年 ギャラリートーク
レセプションにて
彼の公式ブログが面白い。文才が豊かなうえに、彼は霊感が強く、時折天から声が降りてくる時があるようだ。ある人は彼を「美術家というよりはむしろ陰陽師」と評しているそうだ。私もそんな気がする。関心のある方はぜひ彼のブログを読んで欲しい。
北川健次とともに (画廊喫茶 サライにて)
これで5回目を終えることになる。もう少し作家論に迫りたい気持ちがあったが、わたしは評論家でないのであきらめた。同世代作家に共感し、同じ時間を過ごしてきた幸せを改めて強く感じる良い機会となった。
次回は最終回になる。中上邸イソザキホールのオーナーであり、大コレクターそしてアートフルのパトロンでもあった中上夫妻とイソザキホール(磯崎新設計)のことを書こうと思う。引き続き読んでいただければ幸いだ。
(あらい よしやす)
・荒井由泰のエッセイ「私が出会ったアートな人たち」は偶数月の8日に掲載します。次回は6月8日の予定です。
■荒井由泰(あらいよしやす)
1948年(昭和23年)福井県勝山市生まれ。会社役員/勝山商工会議所会頭/版画コレクター
1974年に「現代版画センター」の会員になる
1978年アートフル勝山の会設立 小コレクター運動を30年余実践してきた
ときのわすれものブログに「マイコレクション物語」等を執筆
●『福井の小コレクター運動とアートフル勝山の歩み―中上光雄・陽子コレクションによる―』図録
2015年 96ページ 25.7x18.3cm
発行:中上邸イソザキホール運営委員会(荒井由泰、中上光雄、中上哲雄、森下啓子)
出品作家:北川民次、難波田龍起、瑛九、岡本太郎、オノサト・トシノブ、泉茂、元永定正、 木村利三郎、丹阿弥丹波子、吉原英雄、靉嘔、磯崎新、池田満寿夫、野田哲也、関根伸夫、小野隆生、舟越桂、北川健次、土屋公雄(19作家150点)
執筆:西村直樹(福井県立美術館学芸員)、荒井由泰(アートフル勝山の会代表)、野田哲也(画家)、丹阿弥丹波子(画家)、北川健次(美術家・美術評論)、綿貫不二夫
ときの忘れもので扱っています(頒価:1,100円(税込み))。メールにてお申し込みください。
●本日のお勧め作品は根岸文子です。
根岸文子《無題DR》
2021年
絹にアクリル画
60x33cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●塩見允枝子のエッセイ「フルクサスの回想」第5回を掲載しました。合わせて連載記念の特別頒布会を開催しています。
塩見允枝子先生には11月から2021年4月までの6回にわたりエッセイをご執筆いただきます。3月28日には第5回目の特別頒布会を開催しました。お気軽にお問い合わせください。
●土を素材にした陶造形のパイオニアとして知られる伊藤公象先生の集大成となる作品集の制作を目指してクラウドファンディングで4月30日まで資金を集めています。ときの忘れものが編集に参加します。
●埼玉県立近代美術館で「コレクション 4つの水紋」が5月16日(日)まで開催され、倉俣史郎の名作「ミス・ブランチ」が出品されているほか、ときの忘れものが寄贈した瑛九(コラージュ)や靉嘔の版画も展示されています。
「リサーチ・プログラム:関根伸夫と環境美術」は 4月18日(日)までですが、関根伸夫(1942-2019)による環境美術の仕事が、写真、図面、スケッチブック、映像等で紹介されています。

●東京・アーティゾン美術館で「Steps Ahead: Recent Acquisitions 新収蔵作品展示」展が5月9日[日]まで開催され、オノサト・トシノブ、瀧口修造、元永定正、倉俣史朗など現代美術の秀作が多数展示されています。
●東京・天王洲アイルの寺田倉庫 WHAT で「謳う建築」展が5月30日(日)まで開催され、佐藤研吾が出品しています。
●板橋区立美術館で「さまよえる絵筆―東京・京都 戦時下の前衛画家たち」展が5月23日(日)まで開催されています(松本竣介、難波田龍起、福沢一郎、他)。
●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
「アートフルで出会ったアーティストたち」
アートフル勝山の会 荒井由泰
アートフル勝山の会では岡本太郎、オノサト・トシノブ、難波田龍起、元永定正、泉茂、吉原英雄ら、ビックネームのアーティストたちを招き、展覧会を開催してきた。これらが実現できたのは創美や小コレクター運動に関わってきた先輩諸氏や「ときの忘れもの」の協力のおかげだ。この流れとは別に、私自身が関心を持ち、ぜひともアートフル主催で企画展をやりたいと思い、実現してきた企画展も存在する。そのなかでも私と同時代を生き、私の心を動かし、ぜひとも応援したいと思ったアーティストたちのこと綴ることにしたい。彼らは野田哲也(アートフル主催2回・その他1回開催)、小野隆生(アートフル主催4回開催)、舟越桂、柄澤齊、北川健次(各1回開催)の面々だ。
① 野田哲也(のだてつや 1940年熊本県生れ、1968年の東京国際版画ビエンナーレで国際大賞受賞、その他多数の国際展で受賞。自分で撮った写真をベースにしたシルクスクリーンと木版画の併用技法がトレードマークだ。)
日記:2006年9月21日(定年退職通知書)今回の5人のアーティストの中では、一番年上で、私より8歳先輩だ。私のコレクションは当初、銅版画が中心であったが、なぜか野田作品に魅かれるところがあった。彼の日記シリーズでは自ら撮った写真を加工してシルクスクリーンで表現し、背景を和紙の上に木版画で刷ることで日常をオリジナルの美しい物語へと変えた。彼の革新性と身近なテーマの組み合わせの妙が私をとらえた。
ニューヨーク時代、AAAギャラリーやスズキグラフィックで何点か購入し、勝山へ持ち帰った。その後、画廊での購入やアートフルの展覧会を機会にコレクションを充実させた。アートフルでは野田先生を招いての展覧会を2回(1984、2001)開催した。1988年には先生宅に伺い、私のいとこの結婚式の引き出物として版画を依頼した。赤い拇印がついた素敵な小品が出来上がった。さらには2016年には私のコレクションと柏わたくし美術館からお借りした名作を加え、福井市のE&Cギャラリーで「野田哲也展」(1969年から2014年の作品・総数32点)も開催させてもらった。1984年の展覧会には娘のりかちゃんを、2016年にはドリット夫人を同行された。ダジャレを交えた楽しいギャラリートークをはじめ、懐かしい思い出がいっぱいだ。
家族ぐるみのようなお付き合いをさせていただいたこともあり、私にとっては身近な世界的アーティストだ。
1984年「野田哲也展」にて、野田先生、りかちゃんとアートフルの仲間たちそして綿貫氏
2001年「野田哲也版画展」にて、野田先生、中上先生と私
E&Cギャラリー(2014年 福井市)でのギャラリートーク
野田夫妻と私② 小野隆生(おのたかお 1950年岩手県生れ、イタリア在住、テンペラ技法の肖像画を一貫して制作している)
肖像図98-13 (アイマスクの女性) 1998年 油性テンペラ小野さんとの出会いは「ときの忘れもの」の紹介であった。彼のテンペラ技法で描いた国籍不明の不思議な肖像画が私をとらえた。聞くところによればモデルはいないとのこと。ますます興味が沸き、個展の開催となった。版画の共同エディションや、新作の作品を事前にアートフルとして購入する形で4回もの個展(1995、97、98、2003)を開催できた。いつもダンディないでたちでさっそうと勝山を訪れてくれた。
1997年の小野隆生展でのスナップ私自身、彼のテンペラで描いた肖像画に魅かれたこともあり、地域の皆さんに作家を知ってもらいたいとの思いが4回もの個展につながった。4回の個展を思い返すと、第1回そして第2回の新作展にはジュージ夫人とともに勝山に来ていただいた。勝山市の白山平泉寺などご案内したこともあり、大の勝山ファンになってもらった。彼の大コレクターであった奥井氏(故人)が東京から駆けつけてくれ、花を添えてくれた。懐かしい思い出だ。彼の人柄に惹かれ、地域に小野ファンも増えた。アートフル会員の歯科医師夫婦が彼のイタリアのアトリエを訪問するなど交流が広がった。
彼の肖像画の魅力がどこにあるのか、今回私のコレクションを並べ、考えてみた。彼は長い間、イタリアで壁画などの絵画修復の仕事に携わっていたことと関係しているかもしれないが、彼の肖像画はモダンな部分と古典的な部分が同居している。この不思議なバランスが魅力となっているように思う。また、肖像の目力も人を惹きつける。私のコレクションではアイマスクの女性が好きだ。アイマスクによって、目力が強調され、意思の強い女性が登場する。
しばらく、新作を見ていないが、作風や表現がどのように変化しているのか、関心があるところだ。
1997年の小野隆生展でのスナップ
1997年の小野隆生展でのスナップ
1997年の小野隆生展でのスナップ③ 舟越桂(ふなこしかつら 1951年岩手県生れ、彫刻家、版画も手掛ける。楠の木彫に大理石の眼をはめ込んだ人物像は我々を魅了してやまない。)
「Sound from North, state 1」1990 ソープグランド アクワチント 限定25部私と舟越作品との出会いは1990年、東京の西村画廊だったように思う。木彫とともに版画が展示されていた。前を見つめ、凛々しくたたずむ木彫の人物像にすごく感動した。とても私には買える値段でないので、気に入った版画を一点購入することにした。その時以来、アートフルで展覧会をやりたいと思っていた。当時、舟越作品(版画)を扱っていたアンドーギャラリーの安藤氏と面識があったこともあり、中上先生からも同意を得て、作品をアートフルで買い取る条件での新作版画展の開催を決めた。
個展をやるからには作家をぜひ呼びたいと考えたが、売れっ子作家でそう簡単にはいかない。それで「ときの忘れもの」の綿貫さんに相談したところ、「舟越氏が断れない人から頼んでもらうのが一番確実だ。」とのアドバイスを得た。私と中上夫人そして応援団として綿貫夫妻も同行いただき、盛岡に出向き、盛岡第一画廊の上田氏とお会いして丁重にお願いをした。そして首尾よく話が進み、舟越さんの来勝が実現の運びとなった。おまけに上田氏より初期の木彫(会議のための習作)を借り受けることも決まった。1993年に新作版画10点と盛岡第一画廊から借り受けた木彫1点で「舟越桂新作版画展」(アートフル主催)を開催し、作家を囲んでのレセプションも無事、実現できた。まさに夢がかなった。
1993年 「舟越桂新作版画展」にて
1993年 「舟越桂新作版画展」にて
舟越桂 木彫「会議のための習作」 版画 「遠い鏡」1993 リトグラフ盛岡では舟越さんの最初の版画作品(銅版画3点)との出会いもあり、私のコレクションに加わった。
当時、私は45歳、舟越さんは42歳 二人とも若かった。レセプションでは作品を酒の肴にして、フレンドリーな会話ができ、楽しい時間を過ごすことができた。
時は過ぎ、中上夫妻そして上田氏は鬼籍に入られた。思い出だけが残る。
今、改めて舟越さんの人柄そして作品の魅力を実感している。
④ 柄澤齊(からさわひとし 1950年栃木県日光市うまれ、木口木版の第一人者であるとともにエッセイ集および小説の著作もある)
「肖像L :関根正二」2020年 木口木版 限定70部 (肖像シリーズ50作目)柄澤さん本人との出会いは今回紹介した作家のなかでは一番古い。作品との出会いは1975,6年でニューヨークから一時帰国した際のシロタ画廊(銀座)だった。木口木版に興味を持ち、日和崎尊夫作品とともに柄澤さんの初期作品を4点購入した。銅版画とは一味違うビュランで刻まれた鋭い線と造形に魅惑された。
本人との出会いは1978年であった。アートフル主催で開催した「現代版画の巨匠たち6人展」に浜口陽三の名品をお借りしたプチフォルム(大阪)の青柳さんと一緒にひょっこりと柄澤さんが来てくれた。我が家にも寄っていただき、ニューヨークでのコレクションをお見せした覚えがある。
「現代版画の巨匠6人展」(1978年) 会場にて プチフォルム 青柳氏、柄澤氏と私そして2007年、念願の個展「柄澤齊木口木版の世界展」をアートフルの主催で開催することができた。肖像シリーズを中心に、新作の肖像を含め34点の展示となった。もちろん作家によるトークそしてレセプションも開催した。まさに懐かしい再会であった。現在はフェイスブックの友達として彼の日常と出会うがアートに対する真摯な想いは変わらない。
気が付けば40年余りのお付き合いとなったが、やっぱり私にとっては肖像シリーズの作品が一番印象深い。肖像シリーズの何点かを見て、全作品を蒐集すると決断し、その後買い続けることになった。昨年、第50作「関根正二」が久しぶりに発表され、私のコレクションに加わった。古い知り合いが頑張っている姿を見ると、私も元気になる。
「柄澤齊木口木版の世界展」2007年 中上邸イソザキホール
会場にて 2007年 お互い年を取った
「柄澤齊木口木版の世界展」(2007年) ギャラリートークにて⑤ 北川健次(きたがわけんじ 1952年福井市生まれ。銅版画でデビューし、その後コラージュ、オブジェ、写真そしてまた詩人として活動の場を広げるとともに、現在も数多くの個展開催を続けている。)
「密室論ーBleu de Lyonの仮縫いの部屋」2011 ミックストメディア 限定5部同じ福井県出身ということで、彼の名前は気になっていたが、福井県立美術館の学芸員の紹介で初めて会った。2005年のことだ。第一印象は硬派で理屈っぽい人という感じであったが、話は含蓄に富み、アートはもちろん、文学にも造詣が深く、人間的にも興味をもった。最初に手に入れたのは銅版画だったが、古くてノスタルジックな人物やモノを組み合わせた作品に魅かれた。どの作品にも知的で美しい北川ワールドが感じ取れた。小コレクター魂にも火がつき、彼を応援していくことを心に決めた。彼は私のコレクションについても評価してくれ、最近も「ますます恩地孝四郎のすごさが分かってきた」と言ってくれる。彼は版画家からスタートしたが、コラージュ、写真、オブジェへ、そして評論と活動領域を広げ、最近は詩集も上梓した。彼こそ「恩地孝四郎の世界に追いかけている」ように私には見える。
2006年に「北川健次銅版画展」をアートフル主催で開催した。彼にとっては25年ぶりの故郷での個展であった。以後、電話も含め、彼との交流が盛んになった。
彼は毎年のように各地で個展の開催を続けている。アート市場が厳しい昨今の現状からするとすごいことだ。彼の感性に共感し、応援する画廊があり、合わせて彼の作品を購入しつづけるファンが存在するということだ。彼の常にチャレンジする心そして姿が作品に現れ、コレクターの審美眼を刺激するのだろう。
「北川健次銅版画展」会場 中上邸イソザキホール
「北川健次銅版画展」2006年 ギャラリートーク
レセプションにて彼の公式ブログが面白い。文才が豊かなうえに、彼は霊感が強く、時折天から声が降りてくる時があるようだ。ある人は彼を「美術家というよりはむしろ陰陽師」と評しているそうだ。私もそんな気がする。関心のある方はぜひ彼のブログを読んで欲しい。
北川健次とともに (画廊喫茶 サライにて)これで5回目を終えることになる。もう少し作家論に迫りたい気持ちがあったが、わたしは評論家でないのであきらめた。同世代作家に共感し、同じ時間を過ごしてきた幸せを改めて強く感じる良い機会となった。
次回は最終回になる。中上邸イソザキホールのオーナーであり、大コレクターそしてアートフルのパトロンでもあった中上夫妻とイソザキホール(磯崎新設計)のことを書こうと思う。引き続き読んでいただければ幸いだ。
(あらい よしやす)
・荒井由泰のエッセイ「私が出会ったアートな人たち」は偶数月の8日に掲載します。次回は6月8日の予定です。
■荒井由泰(あらいよしやす)
1948年(昭和23年)福井県勝山市生まれ。会社役員/勝山商工会議所会頭/版画コレクター
1974年に「現代版画センター」の会員になる
1978年アートフル勝山の会設立 小コレクター運動を30年余実践してきた
ときのわすれものブログに「マイコレクション物語」等を執筆
●『福井の小コレクター運動とアートフル勝山の歩み―中上光雄・陽子コレクションによる―』図録
2015年 96ページ 25.7x18.3cm発行:中上邸イソザキホール運営委員会(荒井由泰、中上光雄、中上哲雄、森下啓子)
出品作家:北川民次、難波田龍起、瑛九、岡本太郎、オノサト・トシノブ、泉茂、元永定正、 木村利三郎、丹阿弥丹波子、吉原英雄、靉嘔、磯崎新、池田満寿夫、野田哲也、関根伸夫、小野隆生、舟越桂、北川健次、土屋公雄(19作家150点)
執筆:西村直樹(福井県立美術館学芸員)、荒井由泰(アートフル勝山の会代表)、野田哲也(画家)、丹阿弥丹波子(画家)、北川健次(美術家・美術評論)、綿貫不二夫
ときの忘れもので扱っています(頒価:1,100円(税込み))。メールにてお申し込みください。
●本日のお勧め作品は根岸文子です。
根岸文子《無題DR》2021年
絹にアクリル画
60x33cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●塩見允枝子のエッセイ「フルクサスの回想」第5回を掲載しました。合わせて連載記念の特別頒布会を開催しています。
塩見允枝子先生には11月から2021年4月までの6回にわたりエッセイをご執筆いただきます。3月28日には第5回目の特別頒布会を開催しました。お気軽にお問い合わせください。●土を素材にした陶造形のパイオニアとして知られる伊藤公象先生の集大成となる作品集の制作を目指してクラウドファンディングで4月30日まで資金を集めています。ときの忘れものが編集に参加します。
●埼玉県立近代美術館で「コレクション 4つの水紋」が5月16日(日)まで開催され、倉俣史郎の名作「ミス・ブランチ」が出品されているほか、ときの忘れものが寄贈した瑛九(コラージュ)や靉嘔の版画も展示されています。
「リサーチ・プログラム:関根伸夫と環境美術」は 4月18日(日)までですが、関根伸夫(1942-2019)による環境美術の仕事が、写真、図面、スケッチブック、映像等で紹介されています。

●東京・アーティゾン美術館で「Steps Ahead: Recent Acquisitions 新収蔵作品展示」展が5月9日[日]まで開催され、オノサト・トシノブ、瀧口修造、元永定正、倉俣史朗など現代美術の秀作が多数展示されています。
●東京・天王洲アイルの寺田倉庫 WHAT で「謳う建築」展が5月30日(日)まで開催され、佐藤研吾が出品しています。
●板橋区立美術館で「さまよえる絵筆―東京・京都 戦時下の前衛画家たち」展が5月23日(日)まで開催されています(松本竣介、難波田龍起、福沢一郎、他)。
●ときの忘れものが青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転して3年が経ちました。もともと住宅だった阿部勤設計の建物LAS CASASを使って、毎月展覧会(Web展)を開催しています。
WEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>の特集も是非ご覧ください。
ときの忘れものはJR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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