真岡市ゆかりの美術評論家・久保貞次郎
久保記念観光文化交流館(旧久保邸)より
長瀧光子
真岡市(もおかし)は、栃木県の南東に位置し、いちごの生産量日本一として知られる自然豊かな地域です。美術評論家・久保貞次郎(くぼさだじろう 1909-1996)は、かつてこの真岡に暮らしていました。「クボテー」と呼ばれたこの人物は、児童美術教育の改革や、芸術家たちのパトロンとして戦後の日本美術の発展に貢献し、晩年は跡見学園短期大学学長、町田市立国際版画美術館館長を務めるなど偉大な功績を残しました。
①久保貞次郎肖像 1981年
真岡市荒町にある久保貞次郎の旧邸もかつては、「久保邸(くぼてい)」と呼ばれました。真岡市では、久保家をはじめとする関係者の方々から保存を前提とした「久保邸」の譲渡の申し出を受け、真岡市の観光文化拠点施設「久保記念観光文化交流館」として2014(平成26)年に開館しました。
②久保記念観光文化交流館
久保記念観光文化交流館の入口にある木造積石造の「久保記念館」は、明治40年に建てられ、かつては「日本銀行宇都宮支店真岡出張所真岡支金庫」として使われていたといわれ、真岡登録文化財になっています。1階に観光案内所、観光サロン、真岡木綿の展示室があり、2階には久保貞次郎の功績を紹介する久保資料室が設けられ、ご遺族から寄贈された貴重な資料の展示や映像コーナーがあります。
1909(明治42)年に栃木県足利市の金物店を営む小此木家の次男として生まれた貞次郎は、1933(昭和8)年、24歳の時に真岡の資産家だった久保家に婿入りし、「久保」と改姓します。当時、東京帝国大学大学院に在籍し、社会教育を専攻していた久保が美術に関心を持つきっかけとなったのは、成蹊高等学校時代の恩師・舎監の三上英生から美術鑑賞を学んだことが最初でした。また、1935(昭和10)年にエスペラント学会の活動を通じて、前衛画家・瑛九と出会ったことや、児童美術教育の師として頼りにした北川民次との出会いにより、美術評論家への道を進んでいきました。
施設の中央には、美術品のコレクターとしても有名だった久保の絵画コレクションを飾っていた「久保ギャラリー」で使用していた「暖炉」がモニュメントとして設置されています。久保ギャラリーは、1943(昭和18)年に著名な建築家フランク・ロイド・ライトの高弟・遠藤新の設計により建てられましたが、道路拡幅と老朽化のため1996(平成8)年にやむなく取り壊しになったそうです。
③久保家、牛込 1936年2月11日 前列左より瑛九、三上英生、佳世子夫人、後列左、久保
④北川民次米寿祝い 名古屋日動画廊にて 1981年 左より、久保、北川
モニュメントの暖炉よりも奥に位置する大谷石造りの「美術品展示館」は、1923(大正12)年に米蔵として建てられ、1957(昭和32)年にはアトリエに改修され、かつては「久保アトリエ」と呼ばれました。この建物にも、久保の絵画コレクションの一部が飾られ、大胆にもその外壁に、瑛九、オノサト・トシノブ、靉嘔、池田満寿夫、泉茂から贈られた絵画が飾られていました。久保アトリエは、久保が主宰した真岡近代絵画鑑賞頒布会が行われるなど、芸術家たちが集うサロンのような場所だったようです。
⑤美術品展示館
真岡市では、2013(平成25)年に久保のご遺族から、版画を中心に、油彩画、水彩画など、約1500点以上の久保コレクションの寄贈を受けました。作家数は89名にも及び、実に幅広い久保の交流関係をうかがい知ることができます。主な作家は、前衛芸術を志した瑛九、オノサト・トシノブ、靉嘔、磯辺行久、池田満寿夫、メキシコに渡った北川民次、竹田鎭三郎、ニューヨークで活躍した木村利三郎、飯塚国雄など、それぞれが独自の道を歩み、戦後の日本美術を語る上で欠かせない存在ばかりです。また、久保と親交のあったアメリカの小説家ヘンリー・ミラーの絵画コレクションも多数収蔵しています。美術品展示館では、久保コレクションや、久保や瑛九などとも交流のあった額縁作家・宇佐美兼吉から1994(平成6)年に寄贈された宇佐美コレクションを中心に、年に数回の企画展を開催し、真岡市ゆかりの美術を紹介しています。
⑥久保貞次郎と久保アトリエ外壁の様子 上左:オノサト・トシノブ《壁画A・B・C・D》、上中央:瑛九《カオス》、上右:靉嘔《四つの雲》、下左:池田満寿夫《運行》、下右:磯辺行久《火が燃える》 上左と上中央は東京都現代美術館蔵、他は真岡市蔵
⑦真岡近代絵画鑑賞頒布会 久保アトリエにて 1961年 左より、宇佐美兼吉、久保、佳世子夫人
施設内には、他にも観光物産館やレストランCOCORO、また、明治12年に建てられたなまこ壁が特徴的な土蔵造りの観光まちづくりセンターがあります。
久保貞次郎ゆかりの歴史的建造物「真岡市久保講堂」(国登録有形文化財)は、久保記念観光文化交流館から徒歩約15分の場所にあります。1938(昭和13)年に、久保貞次郎の義祖父・久保六平の80歳の記念に久保家から真岡小学校に寄付され、設計は建築家・遠藤新によるものです。この久保講堂では、毎年秋に、「芳賀教育美術展」が開催されています。この展覧会は、久保が1957(昭和23)年に設立した「創造美育協会」の理念(子ども中心主義)を継承し、2016(平成28)年からは「子ども審査会」という子どもの主体性を重視する取組も展開されています。この流れを受け、真岡市では、展覧会「もおか子ども美術館」を久保記念観光文化交流館美術品展示館にて、昨年初めて開催しました。もおか子ども美術館では、子どもが自由に絵画や立体工作を楽しむイベント「ワークショップフェスタ みんなの久保アトリエ」により制作された作品を募集し、「子ども学芸員」が作品鑑賞とキャプション制作を行い展示する、子どもたちの手による展覧会です。会期中は子ども学芸員によるギャラリートークも開催します。創造美育の理念に基づいた現代創美の新たなムーブメントとなる本展は、10月27日(木)~11月27日(日)まで開催予定です。未来を担う子どもたちの生き生きとした自己表現をお楽しみいただけることでしょう。また、久保コレクションも様々なテーマで順次紹介しています。ぜひ今後の企画展もご期待ください。
⑧美術品展示館展示風景
(ながたき みつこ)
■長瀧光子(Nagataki, Mitsuko)
1984年栃木県矢板市生まれ。文星芸術大学大学院修了。2013年より真岡市教育委員会文化課学芸員として勤務。久保記念観光文化交流館、真岡市まちかど美術館を担当。
●真岡市まちかど美術館常設企画展「愛のカタチ ~絵画に見る愛情表現~」
前期:2022年9月8日(木)~11月7日(月)/後期:2022年11月10日(木)~2023年1月9日(月・祝)


●真岡市久保記念観光文化交流館「芳賀教育美術展関連企画 歴代の知事賞展」
2022年9月22日(木)~10月24日(月)

●もおか子ども美術館 ~児童画発祥の地 真岡に、新しい「現代創美」の風~
2022年10月27日(木)~11月27日(日)


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◆「クボテーって誰? 希代のパトロン久保貞次郎と芸術家たち」
会期:10月15日[土]~10月29日[土] *日曜休廊
会場:ストライプハウスギャラリー STRIPED HOUSE GALLERY
〒106-0032 東京都港区六本木 5-10-33
Tel:03-3405-8108 / Fax:03-3403-6354
主催:久保貞次郎の会
連絡先:久保貞次郎の会 kubosadajironokai@gmail.com
出品:靉嘔、泉茂、磯辺行久、内間俊子、瑛九、エメット・ ウィリアム、小田 襄、大浦信行、オノサト・トシノブ、桂 ゆき、北川民次、木村利三郎、草間彌生、島 州一、竹田鎮三郎、野田哲也、ナム・ジュン・パイク、奈良原 一高、細江英公、ヘンリー・ミラー、吉原英雄、


◆第31回 瑛九展
会期=2022年10月7日(金)~10月22日(土) ※日・月・祝日休廊
*本日17日(月曜)は休廊です。
会場=ときの忘れもの 東京都文京区本駒込5-4-1
出品作品の詳細と展示風景は10月4日ブログをご覧ください。

久保記念観光文化交流館(旧久保邸)より
長瀧光子
真岡市(もおかし)は、栃木県の南東に位置し、いちごの生産量日本一として知られる自然豊かな地域です。美術評論家・久保貞次郎(くぼさだじろう 1909-1996)は、かつてこの真岡に暮らしていました。「クボテー」と呼ばれたこの人物は、児童美術教育の改革や、芸術家たちのパトロンとして戦後の日本美術の発展に貢献し、晩年は跡見学園短期大学学長、町田市立国際版画美術館館長を務めるなど偉大な功績を残しました。
①久保貞次郎肖像 1981年真岡市荒町にある久保貞次郎の旧邸もかつては、「久保邸(くぼてい)」と呼ばれました。真岡市では、久保家をはじめとする関係者の方々から保存を前提とした「久保邸」の譲渡の申し出を受け、真岡市の観光文化拠点施設「久保記念観光文化交流館」として2014(平成26)年に開館しました。
②久保記念観光文化交流館久保記念観光文化交流館の入口にある木造積石造の「久保記念館」は、明治40年に建てられ、かつては「日本銀行宇都宮支店真岡出張所真岡支金庫」として使われていたといわれ、真岡登録文化財になっています。1階に観光案内所、観光サロン、真岡木綿の展示室があり、2階には久保貞次郎の功績を紹介する久保資料室が設けられ、ご遺族から寄贈された貴重な資料の展示や映像コーナーがあります。
1909(明治42)年に栃木県足利市の金物店を営む小此木家の次男として生まれた貞次郎は、1933(昭和8)年、24歳の時に真岡の資産家だった久保家に婿入りし、「久保」と改姓します。当時、東京帝国大学大学院に在籍し、社会教育を専攻していた久保が美術に関心を持つきっかけとなったのは、成蹊高等学校時代の恩師・舎監の三上英生から美術鑑賞を学んだことが最初でした。また、1935(昭和10)年にエスペラント学会の活動を通じて、前衛画家・瑛九と出会ったことや、児童美術教育の師として頼りにした北川民次との出会いにより、美術評論家への道を進んでいきました。
施設の中央には、美術品のコレクターとしても有名だった久保の絵画コレクションを飾っていた「久保ギャラリー」で使用していた「暖炉」がモニュメントとして設置されています。久保ギャラリーは、1943(昭和18)年に著名な建築家フランク・ロイド・ライトの高弟・遠藤新の設計により建てられましたが、道路拡幅と老朽化のため1996(平成8)年にやむなく取り壊しになったそうです。
③久保家、牛込 1936年2月11日 前列左より瑛九、三上英生、佳世子夫人、後列左、久保
④北川民次米寿祝い 名古屋日動画廊にて 1981年 左より、久保、北川モニュメントの暖炉よりも奥に位置する大谷石造りの「美術品展示館」は、1923(大正12)年に米蔵として建てられ、1957(昭和32)年にはアトリエに改修され、かつては「久保アトリエ」と呼ばれました。この建物にも、久保の絵画コレクションの一部が飾られ、大胆にもその外壁に、瑛九、オノサト・トシノブ、靉嘔、池田満寿夫、泉茂から贈られた絵画が飾られていました。久保アトリエは、久保が主宰した真岡近代絵画鑑賞頒布会が行われるなど、芸術家たちが集うサロンのような場所だったようです。
⑤美術品展示館真岡市では、2013(平成25)年に久保のご遺族から、版画を中心に、油彩画、水彩画など、約1500点以上の久保コレクションの寄贈を受けました。作家数は89名にも及び、実に幅広い久保の交流関係をうかがい知ることができます。主な作家は、前衛芸術を志した瑛九、オノサト・トシノブ、靉嘔、磯辺行久、池田満寿夫、メキシコに渡った北川民次、竹田鎭三郎、ニューヨークで活躍した木村利三郎、飯塚国雄など、それぞれが独自の道を歩み、戦後の日本美術を語る上で欠かせない存在ばかりです。また、久保と親交のあったアメリカの小説家ヘンリー・ミラーの絵画コレクションも多数収蔵しています。美術品展示館では、久保コレクションや、久保や瑛九などとも交流のあった額縁作家・宇佐美兼吉から1994(平成6)年に寄贈された宇佐美コレクションを中心に、年に数回の企画展を開催し、真岡市ゆかりの美術を紹介しています。
⑥久保貞次郎と久保アトリエ外壁の様子 上左:オノサト・トシノブ《壁画A・B・C・D》、上中央:瑛九《カオス》、上右:靉嘔《四つの雲》、下左:池田満寿夫《運行》、下右:磯辺行久《火が燃える》 上左と上中央は東京都現代美術館蔵、他は真岡市蔵
⑦真岡近代絵画鑑賞頒布会 久保アトリエにて 1961年 左より、宇佐美兼吉、久保、佳世子夫人施設内には、他にも観光物産館やレストランCOCORO、また、明治12年に建てられたなまこ壁が特徴的な土蔵造りの観光まちづくりセンターがあります。
久保貞次郎ゆかりの歴史的建造物「真岡市久保講堂」(国登録有形文化財)は、久保記念観光文化交流館から徒歩約15分の場所にあります。1938(昭和13)年に、久保貞次郎の義祖父・久保六平の80歳の記念に久保家から真岡小学校に寄付され、設計は建築家・遠藤新によるものです。この久保講堂では、毎年秋に、「芳賀教育美術展」が開催されています。この展覧会は、久保が1957(昭和23)年に設立した「創造美育協会」の理念(子ども中心主義)を継承し、2016(平成28)年からは「子ども審査会」という子どもの主体性を重視する取組も展開されています。この流れを受け、真岡市では、展覧会「もおか子ども美術館」を久保記念観光文化交流館美術品展示館にて、昨年初めて開催しました。もおか子ども美術館では、子どもが自由に絵画や立体工作を楽しむイベント「ワークショップフェスタ みんなの久保アトリエ」により制作された作品を募集し、「子ども学芸員」が作品鑑賞とキャプション制作を行い展示する、子どもたちの手による展覧会です。会期中は子ども学芸員によるギャラリートークも開催します。創造美育の理念に基づいた現代創美の新たなムーブメントとなる本展は、10月27日(木)~11月27日(日)まで開催予定です。未来を担う子どもたちの生き生きとした自己表現をお楽しみいただけることでしょう。また、久保コレクションも様々なテーマで順次紹介しています。ぜひ今後の企画展もご期待ください。
⑧美術品展示館展示風景(ながたき みつこ)
■長瀧光子(Nagataki, Mitsuko)
1984年栃木県矢板市生まれ。文星芸術大学大学院修了。2013年より真岡市教育委員会文化課学芸員として勤務。久保記念観光文化交流館、真岡市まちかど美術館を担当。
●真岡市まちかど美術館常設企画展「愛のカタチ ~絵画に見る愛情表現~」
前期:2022年9月8日(木)~11月7日(月)/後期:2022年11月10日(木)~2023年1月9日(月・祝)


●真岡市久保記念観光文化交流館「芳賀教育美術展関連企画 歴代の知事賞展」
2022年9月22日(木)~10月24日(月)

●もおか子ども美術館 ~児童画発祥の地 真岡に、新しい「現代創美」の風~
2022年10月27日(木)~11月27日(日)


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◆「クボテーって誰? 希代のパトロン久保貞次郎と芸術家たち」
会期:10月15日[土]~10月29日[土] *日曜休廊
会場:ストライプハウスギャラリー STRIPED HOUSE GALLERY
〒106-0032 東京都港区六本木 5-10-33
Tel:03-3405-8108 / Fax:03-3403-6354
主催:久保貞次郎の会
連絡先:久保貞次郎の会 kubosadajironokai@gmail.com
出品:靉嘔、泉茂、磯辺行久、内間俊子、瑛九、エメット・ ウィリアム、小田 襄、大浦信行、オノサト・トシノブ、桂 ゆき、北川民次、木村利三郎、草間彌生、島 州一、竹田鎮三郎、野田哲也、ナム・ジュン・パイク、奈良原 一高、細江英公、ヘンリー・ミラー、吉原英雄、


◆第31回 瑛九展
会期=2022年10月7日(金)~10月22日(土) ※日・月・祝日休廊
*本日17日(月曜)は休廊です。
会場=ときの忘れもの 東京都文京区本駒込5-4-1
出品作品の詳細と展示風景は10月4日ブログをご覧ください。

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