「アニメ背景美術に描かれた都市」

髙木愛子


谷口吉郎・吉生記念金沢建築館では、初の異分野とのコラボレーション企画となる、第7回企画展「アニメ背景美術に描かれた都市」を開催中です。アニメ研究者のシュテファン・リーケレス氏(リーケレス・ギャラリー代表)とメディア芸術領域のアーカイブ研究者である明貫紘子氏(映像ワークショップ合同会社代表)によって実施された海外での展覧会をベースに、本展ではアニメーションにも造詣の深い建築評論家の五十嵐太郎氏(東北大学大学院教授)を監修に迎えて、都市の側面から企画構成を行いました。

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展示会場入り口タイトルボード 撮影:下家康弘

 実写とは異なり全てをゼロから創り上げるアニメーションは、背景の都市や建築、室内のディテールに至るまで意図的に描かれ、独自の世界観を構築しています。キャラクターの後ろに数秒写る「背景美術」こそ、作品の世界観を体現していると言っても過言ではありません。本展では、日本の手描きアニメ制作が最盛期を迎えた時代の、SFアニメ映画6作品を取り上げ、その卓越した背景美術の鑑賞とともに、そこに描かれる世界観と、実際の都市や建築との関係を紹介しています。この場をお借りして、展示の一部をご紹介します。

■AKIRA(1988/監督:大友克洋/美術監督:水谷利春)
 本作品は、突然の爆発と第三次世界大戦による破壊から復興し、東京湾上に再建された人工都市「ネオ東京」が舞台となっています。復興五輪の開催を翌年に控える中、犯罪や過激なデモに悩まされるディストピア的な世界観となっています。
何といっても目を引くのは冒頭のカットの背景美術です。扇形の用紙に、映画館の巨大スクリーンに映し出しても耐えられる緻密さで、東京の鳥瞰風景が描かれています。奥行を表現するために、パンアップしながら引いていくカメラの動きに併せて、上の方が扇のように広がった形をしています。手書き時代の制作の様子が感じられる一枚です。

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AKIRA展示ブース。大きなオープニングカットから始まる。 撮影:下家康弘

■機動警察パトレイバー劇場版(1989/監督:押井守/美術監督:小倉宏昌)
 戦後の過剰な都市開発へのアンチテーゼが込められた本作品は、東京を舞台として姿を消した戦後の風景、現在の見慣れた街並み、姿を現し始めた湾岸再開発の超高層ビルなどを緻密に再構築し、作品公開時から10年後の東京の姿を提示しました。
制作のため行われた大規模なロケーションハンティングの写真や、参考にされた昔の風景や街の様子を映した写真集なども併せて展示し、世界観構築の材料となった過去・現在・未来を紹介しています。

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パトレイバーシリーズのロケハン写真 撮影:下家康弘

■機動警察パトレイバー2 the Movie(1993/監督:押井守/美術監督:小倉宏昌)
 本作品は、パトレイバー1の3年後の東京が仮想戦争状態となるストーリーで、その社会的メッセージからよりリアルな都市描写がなされています。
監修の五十嵐氏は、「パトレイバー2の見どころの一つは、そのリアルで緻密な攻撃戦略にある」とし、作品に登場する場所と攻撃を時系列に整理したマップを制作してくださいました。このマップは図録にも掲載していますので、ぜひ位置関係を確認しながら映画を鑑賞してみてください。

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本展用に作成したパトレイバー2の攻略マップ 撮影:下家康弘

■GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊(1995/監督:押井守/美術監督:小倉宏昌)
 情報ネットワークとサイボーグ技術が発達した未来都市「ニューポートシティ」のモデルとして、押井守監督は香港を選びました。超高層ビルが続々と建てられる一方で、九龍城砦などのカオスな違法建築も残る当時の香港の独特なエネルギーまで、作品には描き込まれています。
本展では、美術監督の小倉宏昌氏と、本作にも参加していた草森秀一氏による、同じ場所を描いた背景美術を並べて展示しています。二人の作風の違いがよく分かるとともに、作風が異なる背景美術が同じ場所として作品の中で違和感なく成立していることに驚かされます。

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小倉氏(上)と草森氏(下)による、同じ場所の背景美術 撮影:下家康弘

■メトロポリス(2001/監督:りんたろう/美術監督:草森秀一)
 人間とロボットが共存する都市国家「メトロポリス」は、上流階級が暮らす地上世界と、下層階級やロボットが暮らす地下世界とに二極分化した世界として描かれています。
手塚治虫の原作漫画はアメリカの摩天楼がモデルと言われていますが、映画化に当たっては、絶対的権力の表現としてドイツやイタリアのファシズム建築が参考とされました。しかしディテールの少ないファシズム建築をアニメーションとして表現するのは難しく、美術監督の草森秀一氏は3年間試行錯誤されたそうです。その際に参考にされた大量の建築本の一部も借用し展示しています。

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草森氏のロケハン写真や参考図書など。 撮影:下家康弘

■鉄コン筋クリート(2006/監督:マイケル・アリアス/美術監督:木村真二)
 本作品は、昭和の東京下町のさまざまな風景、アジアを中心とした多国籍の要素を組み合わせた独特な景観の「宝町」が舞台となっています。そのビジュアルは松本大洋の原作漫画に倣っていますが、映画では、主人公たちをカメラで追ったドキュメンタリーテイストの映像とするための立体的な空間設定が求められました。宝町の設定とイメージを拡張するために、美術監督の木村真二氏が描いた膨大な量の美術設定から一部を展示しています。中でも、宝町の地図に各シーンがプロットされている資料からは、木村氏の精緻な設定とそれが制作陣内でしっかりと共有されていた様子が伝わってきます。

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木村氏の線画による美術設定。 撮影:下家康弘

■インタビュー映像
 本展では、普段注目を集める監督ではなく、実際に背景美術を描いた各作品の美術監督にインタビューを行いました。彼らが現実世界の何に魅力を感じ、監督からどのような要望を受け、どのように架空世界を描き込んでいったのかが語られています。現実と架空をつなぐクリエイターたちの、都市への眼差しを感じてください。

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インタビュー映像エリア。バックはロケハン写真。 撮影:下家康弘

■描かれた都市の年表
 展示会場の中央には、本展用に制作したアニメ・映画・建築・漫画・ゲームに「描かれた都市」の年表と、建築家による未来都市構想を展示し、各作品の世界観を深掘りするための様々な視点を提示しています。

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展示会場の床面に年表を展示。 撮影:下家康弘

 これまで、プロモーションを兼ねての作品単体の展覧会は頻繁に開催されていますが、監督も製作会社も異なる6作品が一堂に集まることは珍しく、本展の大きな特徴の一つです。作品・分野を超えた鑑賞、比較・考察を通して、アニメの世界観への解釈や、インスピレーションの元となる現実の都市の捉え方など、新たな発見を持ち帰っていただければ幸いです。

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(たかぎ あいこ)

髙木愛子 Aiko Takagi/谷口吉郎・吉生記念金沢建築館
1983年東京生まれ。日本大学大学院理工学研究科建築学専攻前期課程修了。國學院大學大学院文学研究科博士課程後期史学専攻博物館学コース単位取得満期退学。
国立科学博物館産業技術史資料情報センター、東京農工大学科学博物館、国立近現代建築資料館を経て、2019年より谷口吉郎・吉生記念金沢建築館に勤務。

谷口吉郎・吉生記念金沢建築館 第7回企画展「アニメ背景美術に描かれた都市」
会期:2023年6月17日(土)~11月19日(日)
会場:谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館
展示アニメ作品:AKIRA(1988)、機動警察パトレイバー劇場版(1989)、機動警察パトレイバー2 the Movie(1993)、GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊(1995)、メトロポリス(2001)、鉄コン筋クリート(2006)

■ときの忘れものでは「アニメ背景美術に描かれた都市」展のカタログを販売中です
価格:3,000円(税込)
*梱包送料は別途いただきます。
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
『AKIRA』や『攻殻機動隊』などの人気作で背景や美術監督を担当された方々のインタビューほか、ここでしか読めないコンテンツが多数収録されています。日英のバイリンガル表記がされているため、海外のアニメファンの方にもおすすめの一冊です。
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※「アニメ背景美術に描かれた都市」展カタログ目次(クリックすると拡大されます)

●8月13日(日)~8月21(月)は夏季休廊中です。

*画廊亭主敬白
谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館の本展、会期も長いので行きたいのだが、金沢はなかなか遠い。
カタログの謝辞に「ときの忘れもの」の名があり、いったい何の関係が? 
展覧会の開催意図は<実写と異なり全てをゼロから創り上げるアニメーションは、背景の都市や建築、室内のディテールに至るまで意図的に描かれ、独自の世界観を構築しています。本展では、1980年代末から2000年代初頭にかけて制作された日本を代表するSFアニメーション作品について、卓越した技術によって緻密に描き込まれた手書きの背景美術の展示とともに、それらを創り上げるために参照された書籍やロケハン写真などのレファレンス資料やクリエイターへのインタビュー、年表と併せて建築家による未来都市構想などをご紹介します。>とあります。
担当学芸員からの依頼は<『機動警察パトレイバー劇場版』(1989)の背景美術の参考となった『昭和二十年東京地図』筑摩書房(1986)をご紹介する予定です。同書に掲載されております、平嶋様のお写真9点を解説パネルと展覧会図録に掲載させていただきた>い、とのことでした。
亭主の旧友でもある平嶋彰彦さんの「平嶋彰彦写真展 — 東京ラビリンス」を開催したのは2020年11月でした。今秋には二回目の個展を予定しています。どうぞご期待ください。

平嶋の写真が多数掲載されている『昭和二十年東京地図』(写真・平嶋彰彦、文・西井一夫、1986、筑摩書房)はなぜか古本屋でしか入手できない(文庫本もありますが写真が小さくて・・)。亭主絶賛の名著です、ぜひお読みください。

●8月13日(日)~8月21(月)は夏季休廊中です。

阿部勤建築で一枚の版画(リトグラフ)を見る
2023年8月25日(金)~9月2日(土) 11:00-19:00 *日曜・月曜・祝日は休廊
阿部勤展案内状表面1200本年1月に亡くなられた阿部勤先生(1936-2023)は2021年11月22日の日付の入ったリトグラフ「中心のある家」を制作されていました。
阿部先生が設計された個人住宅Las Casas(2017年からギャラリーときの忘れもの)で、その建築空間を体感していただきながら、遺された版画作品をご覧ください。併せてル・コルビュジエ、安藤忠雄、磯崎新、マイケル・グレイヴス、アントニン・レーモンド、石山修武、六角鬼丈、毛綱毅曠、倉俣史朗、佐藤研吾、杉山幸一郎、光嶋裕介などの建築家の版画・ドローイングを展示します。

●ときの忘れものが販売しているジョナス・メカスの映像作品27点を収録した8枚組のボックスセット「JONAS MEKAS : DIARIES, NOTES & SKETCHES VOL. 1-8 (Blu-Ray版/DVD版)」が今年度の『ボローニャ復元映画祭(Il Cinema Ritrovato)』で「ベストボックスセット賞」を受賞しました。
映像フォーマット:Blu-Ray、リージョンフリー/DVD PAL、リージョンフリー
各作品の撮影形式:16mmフィルム、ビデオ
制作年:1963~2014年
合計再生時間:1,262分
価格:
Blu-Ray版:18,000円(税込)
DVD版:15,000円(税込)

商品の詳細は3月4日ブログをご参照ください。
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●ときの忘れものの建築は阿部勤先生の設計です。
建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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