フォーゲラーを巡って第四回~木村理恵子

 19世紀から20世紀初頭に形成されたヨーロッパ各地の芸術家コロニーのなかでも、ヴォルプスヴェーデが日本で比較的よく知られているのは、詩人リルケの存在もさることながら、既述のとおり『白樺』同人たちがフォーゲラーに注目したことが大きいだろう。
 大正時代に花開く生命主義は、反アカデミズムを出発点とするヴォルプスヴェーデの芸術家コロニーの姿勢に共鳴した。その行動力と熱心な吸収力には驚かされる。それゆえ、日本の近代を再考する気運の高まりのなかで、フォーゲラーやパウラ・モーダーゾーン=ベッカーの回顧展が日本で相次いで開催され、西洋近代を改めて見直そうとする機会が増えたことは、ある意味で当然の流れといえる。日本の近代が西洋の何に共鳴し、何に興味を示さなかったのか、それは今後も意味のある問いかけであり続けるだろう。
フォーゲラーのユートピア思想は、必ずしも幸福な結果をもたらしたわけではなかったが、その独自な方向をめざした芸術は興味深い。造形的にはロマンティックなメルヘンの世界を展開させながら、後にはコミュニストとして政治性を強めた。しかし、そのユートピア思想ゆえに、短い時間だったとはいえ、ヴォルプスヴェーデの共同体における求心力ともなり得たのであろう。
そして、柳たち『白樺』の同人は、このようなフォーゲラーとヴォルプスヴェーデの芸術家たちに大きな共感を見出し、なんとしても日本で紹介したいという情熱を実現したのであった。
フォーゲラーの作品を通して、私たちは自分たちの足元の歴史を考えることができる。それは、100年前でさえも、決して海の向こうの遠い出来事ではなかったからである。
             (きむらりえこ 栃木県立美術館主任学芸員)

参考文献:
『ハインリッヒ・フォーゲラー展』図録(東京ステーションギャラリーほか)2000-2001年
『パウラ・モーダーゾーン=ベッカー』展図録(宮城県美術館ほか)2005-2006年
『『白樺』誕生100年 白樺派の愛した美術』展図録(京都文化博物館ほか)2009年


*画廊亭主敬白
木村理恵子先生による「フォーゲラーを巡って」、全4回の連載はいかがでしたでしょうか。
近年木村先生たちの尽力でパウラ・モーダーゾーン=ベッカーの存在を知ることができたのがこの原稿依頼のきっかけでした。
フォーゲラーたちの夢とその後の展開は今でも問い返す意義があるでしょう。

フォーゲラーは青春の画家として創作版画竹久夢二恩地孝四郎らに多大な影響を与え、ヴォルプスヴェーデは武者小路実篤らの「新しき村」や夢二の榛名山美術研究所の構想のモデルともなりました。
しかし、その後の活動、わけてもソ連に行ってから、プロレタリアートの画家・運動家として活動し、こと志に反した1942年の悲惨な最期を思うと、20世紀が如何に過酷な時代であったかを思わざるを得ません。
瀬木慎一先生が『現代詩手帖』に連載した<詩人たちの窓ー詩と絵画の照応>の2008年3月号「フォーゲラーとヴァルデンの転向」と、2008年4月号「二人の亡命者の流刑死」はそういう意味では必読の論考です。青春の画家の後半生を克明に描いて胸をうちます。

DM◆ときの忘れものでは本日もハインリッヒ・フォーゲラー展」を開催しています。
銅版画代表作15点を2010年2月23日[火]―3月6日[土]まで会期中無休で展示しています。


フォーゲラー_春フォーゲラー愛
左)フォーゲラー「

右)フォーゲラー「

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