「ドリュール装飾の変遷 1」

ルリユールの歴史の締めくくりとして、今回から2回にわたり、ドリュール装飾の移り変わりを紹介いたします。
「ドリュール(dorure)」と聞いても、あまり馴染みのない言葉ですので、ピンと来ないと思いますが、英語で言うと、「finishing」「gilding」、日本語で言うと、「箔押し」という意味となります。
それでは、ヨーロッパを中心に中世までさかのぼってデコールの足跡を見ていきましょう。

[中世]
まだ金箔が導入されていなかった中世ヨーロッパでは、主に「空押し」という、表紙の革を湿らせて、モチーフが彫られた金属を熱して押しつけ、跡をつけるという方法で装飾を施していました。なかでも、金属の板を使用したものは「パネル装飾」と呼ばれ、頻繁に用いられた時期がありました。
モチーフとして多く取り入れられたものは、ケルト風の組みひも模様や、架空の生き物などでした。

zu-1a空押し装飾


zu-1b中世装飾のモチーフ


[ルネサンス期]
16世紀になると、イスラム圏から運ばれてきた金箔が使用されるようになり、装飾も華やかになっていきます。
ルネサンス期最大の愛書家のうちのひとりである、ジャン・グロリエが好んで職人たちに作らせていた、アラベスク風のモチーフと幾何学模様と組み合わせたデザインはのちにアルドスタイルとよばれます。一世を風靡したその様式は、芸術の偉大なるパトロンである、フランソワ1世所有のルリユールにもみられます。

zu-2aフランソワ1世のための製本


zu-2bアルド装飾のモチーフ


[17世紀]
富と知識の象徴であった書物とともに、ドリュール装飾も勢いを増していきます。
16世紀にはすでにデコールの流行発信地はイタリアからフランスへと移っており、フランスでルリユールをしてもらうということが愛書家のステイタスになっていきました。17世紀になると、モチーフ自体が緻密さを増し、ル・ガスコン様式に代表される、点描をふんだんに取り入れたデザインが流行します。

zu-3aル・ガスコン様式装飾


zu-3bル・ガスコン模様のモチーフ


[18世紀]
ルイ15世が栄華を極めた18世紀には、それまで線対称が暗黙のルールであったデザインに変化が生まれ、より自由で躍動感のあるアシメトリーなものになっていきました。レース模様をふんだんに取り入れたダンテル様式や、貝殻のモチーフをはじめとしてカーブを駆使した植物のツタや葉などを多用したロカイユ様式が多用されていきます。

zu-4aダンテル様式装飾


zu-4bダンテル装飾のモチーフ


このあたりまでは、本の内容と表紙の装飾には関連性はなく、時代ごとに流行していたデザインと、ただただ、「この本は私のものです!」という証しとして、所有者のイニシャルや紋章、モチーフなどがそこかしこに押されていただけでした。王様をはじめとした一部のお金持ちのための豪華を極めた、キラキラ・ルリユール時代ということになります。

次回は19世紀から近代、そして私的徒然作業日記をお送りいたします。

(文・中村美奈子)
中村(大)のコピー


※画像出典
Pascal ALIVON, STYLES ET MODELES, Artnoville Edition 1990
Roger Devauchell, LA RELIURE, Editions Filigranes 1995
P. Culot, P. Loze, A. de Coster and P. Aron, Bibliotheca Wittockiana, Crédit Communal 1996

●作品紹介~市田文子制作
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『Les Malheurs des Immortels (神々の不幸)』
Paul Eluard, Max Ernst (文 ポールエリュアール, 挿画 マックス・エルンスト)
Edition de la Revue Fontaine, Paris, 1922年
初版 H.C.
ピンク色のヴェラン紙に印刷 

・2012年
・221x171mm
・表紙アクリル、パーチメント綴じ
・黒の革の函付

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●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。

本の名称
01各部名称(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)


額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。

角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。

シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。

スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。

総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。

デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。

二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。

パーチメント
羊皮紙の英語表記。

パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。

半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。

夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。

ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。

両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。

様々な製本形態
両袖装両袖装


額縁装額縁装


角革装角革装


総革装総革装


ランゲット装ランゲット製本


◆frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。