「備えよ、つねに」
先日電話に出ると、何かの番組の下調べで製本について尋ねたいことがあるという簡単な前置きの後、「なぜ表紙を付けるのですか?」と聞かれました。漠然としながらも、妙に直球力のある予想外の問いに不意を突かれ慌てます。
勿論、物理的には本文テクストを保護するために他ならず、がしかし、巻物とは違い平面であるが故に、権威や持ち主の想い、読者へのアピールなどに使われてきました。とても一言二言では返せそうにありません。こちらの動揺を悟ったのか、青年らしい電話の主は質問を変えてきます。「じゃぁ、フランスでは購入した仮綴じ本を製本させるそうですが、今も普通に行われているんですか?」これまた、暫く前に聞いた人づての情報しか持ち合わせはありません。「・・・・・・普通、とは?」 日本にはその習慣がないので、西欧では云々、特にフランスを引き合いに出すことが多かった報いでしょう。
頻繁ではない渡航の締めくくりはパリで、限られた予算ギリギリの革と本を担いでくるのがお決まりのコースなのですが、必ず寄っていた二軒の書店のうち、片方は廃業、なんと食器店に。もう片方にも見覚えのある店員は居らず、店の半分が画廊に、残る半分の書棚にはガラスの扉が加えられていました。そこから察するに、やはりコレクターや出版に何らかの変化は起きているのでしょう。若干趣が違いますが、新たに二軒見つけましたので、根底は揺るぎないと思います。
虚を衝く問いではなく、度々耳にするのは、「ルリユールするような本を持っていない」です。真意は幾通りかあり、こちらにもまたお勧めしない理由が幾つかありますが、好きなテクストがあれば十分なのに、と思います。それが、文字についてよく考えられ、好い紙に刷られていれば小躍りすべしです。
吉岡実が筑摩書房での装丁の仕事について、その秘訣を聞かれ、「使える範囲内で、一番いい資材を選ぶこと。あとは文字とシンボル (カット) のバランス、それだけだね」 と答えたそうです。自著は勿論ですが、たとえば、森茉莉や西脇順三郎のそれらを見ると、なるほど心地よく、落ち着きます。
森茉莉
『靴の音』
筑摩書房
1958年
「資材」や「文字」に心を砕いた「純粋造本」として挙げられる堀辰雄の『聖家族』は、細部の要素から全体の佇まいまでが十全に整えられています。そしてその「純粋」が持つのは醇美さ故の寛容であり、以外や以上を寄せ付けない白ではないのだと思います。
堀辰雄
『聖家族』
江川書房
1932年
ルリユールすることによって、テクスト自体が持つものは何も変化しないと思います。ただその存在が、確実に、少し変化するのです。パリの件の書店に並んでいる未綴じや仮綴じの本も「あとは、あなた次第」と強く語っています。
ところで、本文のページを開くことと、表紙を開くことは全く別のものだと思っているのですが、次は、「なぜ表紙を付けるのですか?」に窮せぬようソナエマス。
次回は平のルリユール徒然日記です。
(文・羽田野麻吏)

※画像出典
森茉莉『靴の音』アイデア368号 誠文堂新光社
堀辰雄『聖家族』近現代のブックデザイン考Ⅰ図録 武蔵野美術大学 2012年
●作品紹介~市田文子制作




『L'amour Vainqueur』
Gabriel Vollant (ソネット)
1921年刊/L'Edition , Paris
本文アルシュ紙
・2013年制作
・製本形態:山羊革3重装
・製本の構造:パッセ・カルトン
・パッセ・カルトン:赤、黄、緑、茶、ブルー、グレーの小さなモザイク
・見返しの素材:赤山羊革スエード
・218x143x21mm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本
◆frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
先日電話に出ると、何かの番組の下調べで製本について尋ねたいことがあるという簡単な前置きの後、「なぜ表紙を付けるのですか?」と聞かれました。漠然としながらも、妙に直球力のある予想外の問いに不意を突かれ慌てます。
勿論、物理的には本文テクストを保護するために他ならず、がしかし、巻物とは違い平面であるが故に、権威や持ち主の想い、読者へのアピールなどに使われてきました。とても一言二言では返せそうにありません。こちらの動揺を悟ったのか、青年らしい電話の主は質問を変えてきます。「じゃぁ、フランスでは購入した仮綴じ本を製本させるそうですが、今も普通に行われているんですか?」これまた、暫く前に聞いた人づての情報しか持ち合わせはありません。「・・・・・・普通、とは?」 日本にはその習慣がないので、西欧では云々、特にフランスを引き合いに出すことが多かった報いでしょう。
頻繁ではない渡航の締めくくりはパリで、限られた予算ギリギリの革と本を担いでくるのがお決まりのコースなのですが、必ず寄っていた二軒の書店のうち、片方は廃業、なんと食器店に。もう片方にも見覚えのある店員は居らず、店の半分が画廊に、残る半分の書棚にはガラスの扉が加えられていました。そこから察するに、やはりコレクターや出版に何らかの変化は起きているのでしょう。若干趣が違いますが、新たに二軒見つけましたので、根底は揺るぎないと思います。
虚を衝く問いではなく、度々耳にするのは、「ルリユールするような本を持っていない」です。真意は幾通りかあり、こちらにもまたお勧めしない理由が幾つかありますが、好きなテクストがあれば十分なのに、と思います。それが、文字についてよく考えられ、好い紙に刷られていれば小躍りすべしです。
吉岡実が筑摩書房での装丁の仕事について、その秘訣を聞かれ、「使える範囲内で、一番いい資材を選ぶこと。あとは文字とシンボル (カット) のバランス、それだけだね」 と答えたそうです。自著は勿論ですが、たとえば、森茉莉や西脇順三郎のそれらを見ると、なるほど心地よく、落ち着きます。
森茉莉『靴の音』
筑摩書房
1958年
「資材」や「文字」に心を砕いた「純粋造本」として挙げられる堀辰雄の『聖家族』は、細部の要素から全体の佇まいまでが十全に整えられています。そしてその「純粋」が持つのは醇美さ故の寛容であり、以外や以上を寄せ付けない白ではないのだと思います。
堀辰雄『聖家族』
江川書房
1932年
ルリユールすることによって、テクスト自体が持つものは何も変化しないと思います。ただその存在が、確実に、少し変化するのです。パリの件の書店に並んでいる未綴じや仮綴じの本も「あとは、あなた次第」と強く語っています。
ところで、本文のページを開くことと、表紙を開くことは全く別のものだと思っているのですが、次は、「なぜ表紙を付けるのですか?」に窮せぬようソナエマス。
次回は平のルリユール徒然日記です。
(文・羽田野麻吏)

※画像出典
森茉莉『靴の音』アイデア368号 誠文堂新光社
堀辰雄『聖家族』近現代のブックデザイン考Ⅰ図録 武蔵野美術大学 2012年
●作品紹介~市田文子制作




『L'amour Vainqueur』
Gabriel Vollant (ソネット)
1921年刊/L'Edition , Paris
本文アルシュ紙
・2013年制作
・製本形態:山羊革3重装
・製本の構造:パッセ・カルトン
・パッセ・カルトン:赤、黄、緑、茶、ブルー、グレーの小さなモザイク
・見返しの素材:赤山羊革スエード
・218x143x21mm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本◆frgmの皆さんによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
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