芳賀言太郎のエッセイ 特別編
~カンボジア滞在記 3~
ここのところ寒くなってきた。11月でありながら半袖のTシャツで過ごしたカンボジアでの日々が遠い昔に感じてしまう。
「ひろしまハウス」はプノンペンの中心部、メコン川とトンレサップ川の合流地点にほど近いウナローム寺院の西門の入口にある。
ひろしまハウス
1994年に広島で開催されたアジア競技大会に出場したカンボジア選手を応援した広島市民が中心となって、内戦で疲弊したカンボジアの人々を力づけるために、「平和を愛する人々による交流施設」として建設されたものである。設計は石山修武。多くの人々が資金集めやレンガ積みに参加し、着工から11年を経た2006年に完成した。
すでに建てられていた平屋の鉄筋コンクリートによる木工所を徹底的に補強、改修し、人工地盤を形成し、その上に鉄筋コンクリートによる組構造によって構造体を造り、外壁および内装として煉瓦を積み上げている。
外壁
入り口
シークエンス
ここには人の手を感じさせられる建築がある。日本での住宅、いわゆるハウスメーカーによる住宅のほとんどは外壁がツルツルしている。汚れにくく、メンテナンスが容易であり、見た目はそれなりのものに見える新建材。それらが氾濫する東京の住宅街。それとは正反対である。機械による工場でのプレ・ファブリックではなく、現場で人の手によって生み出されたことがわかる。一つ一つ異なった表情を持つそれらのレンガは意思を持っているように思う。ザラザラとした質感は物質としての力、モノに宿る魂を感じずにはいられない。
広間
そして、私はルイス・カーンの言葉を思い出す。
あなたは煉瓦にこう問いかけます。「あなたは何になりたいんだ」と。煉瓦は答えます。「私はアーチが好きだ」。・・・
ルイス・カーンの建築の素材とオーダーについての言葉であるが、素材の特性を理解し、それが最大限活かされるように設計することは建築家の役割である。ただ、この「ひろしまハウス」はそういった煉瓦の特性や素材の要素といったものを超えているように思う。煉瓦の本質、いや原初のようなものを引き出すというよりも、浮き出てくるもの、あぶり出したものが空間を満たしているように思う。煉瓦とコンクリートの柱によって構築された圧倒的な建築空間としての力は私がサンティアゴ巡礼で体験したロマネスクの粗い石の教会に共通するものであった。
空間
階段が空間を貫いている。壁、柱、床といった水平、垂直で構成される中では階段は斜めに空間を切断する。そして、階段のもつ表情によって建築の印象は大きく異なる。この「ひろしまハウス」は階段の建築である。
階段
扉
私は一昨年の夏から昨年の春まで石山さんの自邸、「世田谷村」に通っていた。その日々を思い出しながら、この文章を書いている。石山さんからはきっと「お前バカだなあ」と言われるだろう。
僧衣
カンボジア、この美しくも、暗い過去を背負う国は私たちに何を示しているのか。「砂漠が美しいのは井戸を隠しているからだ」とサン=テグジュペリは「星の王子さま」の中で描いたが、カンボジアが美しいのはポルポトの過去を背負っているからなのかもしれない。
少年
(はが げんたろう)
コラム 僕の愛用品 ~カンボジア、フィールド・ワーク編~
第3回
トラベラーズノート 3,887
トラベラー、いい響きである。私の旅はどちらかといえばバックパッカースタイルであるが、今回の旅はスーツケースを持っていったので、バックパッカーを名乗るわけにはいかない。カンボジアでの私はトラベラーであった。
「トラベラーズノート」は日本の文具メーカー「MIDORI」が販売する手帳のブランドである。旅をコンセプトとし、一枚の革と一本のゴムバンド(というよりはゴム紐)によるカバーはモレスキンとはまた違う独特の雰囲気を持っている。サイズはモレスキンのラージサイズを少しスリムにしたA5変形。革カバーはタイのチェンマイで作られて、カバーには「MIDORI」と共に「MADE IN THAILAND」のエンボスが押されている。
このノートは旅好きの人間にはよく知られている。タイで作られたレザーのカバーは手になじみ、たくさんの種類のリフィルによって、自分でカスタマイズしていく。皮はけっこうざっくりした仕上げなので、その分逆に一つ一つに表情があって面白い。思い切った扱いをしても平気であり、それが表情となって愛着がわく。古びるのではなく時間が積もっていく感じである。A4三つ折サイズの手帳なので、ちょっとした資料も折って綺麗に持ち運べるのも嬉しい。それぞれの旅にそれぞれのノートが出来上がるのである。
そして、トラベラーズノートとは言っても、旅行の時にしか使えないというわけではく、私はカレンダーのリフィルを挟み、日常生活ではダイアリーとして使用している。
メーカーのサイトには、「このノートを携えることで、旅するように日常を過ごしてください。毎日見ている景色のなかに新しい風景を見つけることが出来るかもしれません。」とある。旅とは電車や飛行機に乗らなければできないものではない。日々の日常もまた旅である。そのことに気がつかせてくれるのが、旅の相棒であるこの「トラベラーズノート」なのかもしれない。
トラベラーズ・ノート
■芳賀言太郎 Gentaro HAGA
1990年生
2009年 芝浦工業大学工学部建築学科入学
2012年 BAC(Barcelona Architecture Center) Diploma修了
2014年 芝浦工業大学工学部建築学科卒業
2015年 立教大学大学院キリスト教学研究科博士前期課程所属
2012年にサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路約1,600kmを3ヵ月かけて歩く。
卒業設計では父が牧師をしているプロテスタントの教会堂の計画案を作成。
大学院ではサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路にあるロマネスク教会の研究を行っている。
●今日のお勧め作品は、石山修武です。
石山修武
「ヒマラヤ生誕 1」
2006年
ドローイング(ペン・インク)
32.5x40.0cm
サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
~カンボジア滞在記 3~
ここのところ寒くなってきた。11月でありながら半袖のTシャツで過ごしたカンボジアでの日々が遠い昔に感じてしまう。
「ひろしまハウス」はプノンペンの中心部、メコン川とトンレサップ川の合流地点にほど近いウナローム寺院の西門の入口にある。
ひろしまハウス1994年に広島で開催されたアジア競技大会に出場したカンボジア選手を応援した広島市民が中心となって、内戦で疲弊したカンボジアの人々を力づけるために、「平和を愛する人々による交流施設」として建設されたものである。設計は石山修武。多くの人々が資金集めやレンガ積みに参加し、着工から11年を経た2006年に完成した。
すでに建てられていた平屋の鉄筋コンクリートによる木工所を徹底的に補強、改修し、人工地盤を形成し、その上に鉄筋コンクリートによる組構造によって構造体を造り、外壁および内装として煉瓦を積み上げている。
外壁
入り口
シークエンスここには人の手を感じさせられる建築がある。日本での住宅、いわゆるハウスメーカーによる住宅のほとんどは外壁がツルツルしている。汚れにくく、メンテナンスが容易であり、見た目はそれなりのものに見える新建材。それらが氾濫する東京の住宅街。それとは正反対である。機械による工場でのプレ・ファブリックではなく、現場で人の手によって生み出されたことがわかる。一つ一つ異なった表情を持つそれらのレンガは意思を持っているように思う。ザラザラとした質感は物質としての力、モノに宿る魂を感じずにはいられない。
広間そして、私はルイス・カーンの言葉を思い出す。
あなたは煉瓦にこう問いかけます。「あなたは何になりたいんだ」と。煉瓦は答えます。「私はアーチが好きだ」。・・・
ルイス・カーンの建築の素材とオーダーについての言葉であるが、素材の特性を理解し、それが最大限活かされるように設計することは建築家の役割である。ただ、この「ひろしまハウス」はそういった煉瓦の特性や素材の要素といったものを超えているように思う。煉瓦の本質、いや原初のようなものを引き出すというよりも、浮き出てくるもの、あぶり出したものが空間を満たしているように思う。煉瓦とコンクリートの柱によって構築された圧倒的な建築空間としての力は私がサンティアゴ巡礼で体験したロマネスクの粗い石の教会に共通するものであった。
空間階段が空間を貫いている。壁、柱、床といった水平、垂直で構成される中では階段は斜めに空間を切断する。そして、階段のもつ表情によって建築の印象は大きく異なる。この「ひろしまハウス」は階段の建築である。
階段
扉私は一昨年の夏から昨年の春まで石山さんの自邸、「世田谷村」に通っていた。その日々を思い出しながら、この文章を書いている。石山さんからはきっと「お前バカだなあ」と言われるだろう。
僧衣カンボジア、この美しくも、暗い過去を背負う国は私たちに何を示しているのか。「砂漠が美しいのは井戸を隠しているからだ」とサン=テグジュペリは「星の王子さま」の中で描いたが、カンボジアが美しいのはポルポトの過去を背負っているからなのかもしれない。
少年(はが げんたろう)
コラム 僕の愛用品 ~カンボジア、フィールド・ワーク編~
第3回
トラベラーズノート 3,887
トラベラー、いい響きである。私の旅はどちらかといえばバックパッカースタイルであるが、今回の旅はスーツケースを持っていったので、バックパッカーを名乗るわけにはいかない。カンボジアでの私はトラベラーであった。
「トラベラーズノート」は日本の文具メーカー「MIDORI」が販売する手帳のブランドである。旅をコンセプトとし、一枚の革と一本のゴムバンド(というよりはゴム紐)によるカバーはモレスキンとはまた違う独特の雰囲気を持っている。サイズはモレスキンのラージサイズを少しスリムにしたA5変形。革カバーはタイのチェンマイで作られて、カバーには「MIDORI」と共に「MADE IN THAILAND」のエンボスが押されている。
このノートは旅好きの人間にはよく知られている。タイで作られたレザーのカバーは手になじみ、たくさんの種類のリフィルによって、自分でカスタマイズしていく。皮はけっこうざっくりした仕上げなので、その分逆に一つ一つに表情があって面白い。思い切った扱いをしても平気であり、それが表情となって愛着がわく。古びるのではなく時間が積もっていく感じである。A4三つ折サイズの手帳なので、ちょっとした資料も折って綺麗に持ち運べるのも嬉しい。それぞれの旅にそれぞれのノートが出来上がるのである。
そして、トラベラーズノートとは言っても、旅行の時にしか使えないというわけではく、私はカレンダーのリフィルを挟み、日常生活ではダイアリーとして使用している。
メーカーのサイトには、「このノートを携えることで、旅するように日常を過ごしてください。毎日見ている景色のなかに新しい風景を見つけることが出来るかもしれません。」とある。旅とは電車や飛行機に乗らなければできないものではない。日々の日常もまた旅である。そのことに気がつかせてくれるのが、旅の相棒であるこの「トラベラーズノート」なのかもしれない。
トラベラーズ・ノート■芳賀言太郎 Gentaro HAGA
1990年生
2009年 芝浦工業大学工学部建築学科入学
2012年 BAC(Barcelona Architecture Center) Diploma修了
2014年 芝浦工業大学工学部建築学科卒業
2015年 立教大学大学院キリスト教学研究科博士前期課程所属
2012年にサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路約1,600kmを3ヵ月かけて歩く。
卒業設計では父が牧師をしているプロテスタントの教会堂の計画案を作成。
大学院ではサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路にあるロマネスク教会の研究を行っている。
●今日のお勧め作品は、石山修武です。
石山修武「ヒマラヤ生誕 1」
2006年
ドローイング(ペン・インク)
32.5x40.0cm
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆芳賀言太郎のエッセイ「El Camino(エル・カミーノ) 僕が歩いた1600km」は毎月11日の更新です。
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