書物修復の仕事
書物への偏愛という強い気持ちが、私達ユニットを結束させている。その書物への愛を語ろうとした時、壊れた本を直すという側面は顧みられない。ユニットで(恐らく)ただ一人、書籍修復にも携わっている身として、二回にわたり、修復対象としての書物について語ってみたい。
すべての製本家は書籍修復家になれるか、と問われれば、答えはイエスでありノーである。書物という構造体を熟知し、それを扱う技術を持っているという意味では、イエスと言える。だが技術だけで修復(以下、「修復」は書籍修復を意味します)が出来るかと言えば、ノーと答えざるを得ない。
一言で言えば、ルリユールは「足していく」仕事であるのに対し、修復は「足しても引いてもいけない」。この前提が理解できない、あるいは理解できても、それに抗って「足したく」なる性格の人間に修復は向かない。自身のことを省みれば、ルリユールと修復が持つ、このような相反する側面に、仕事としての魅力を感じているのだと思う。
オリジナル装幀のルリユールを依頼される場合、その製本家がどのような作品を作るかという傾向を顧客が知っていることが前提で、作家はその前提に立って(顧客の意向も加味されないわけではないが)、時間と予算が許す限り、好きに足していくことができる。一方、修復はもともとの形があって、その形の中に納めなくてはならない。だから、足しても引いてもいけない。だが、実際の修復はそう単純ではなく、依頼主が美術館・博物館・図書館などの団体なのか、個人なのか、どういう理由での依頼か、修復目標はどこにあるのか、等々の要素が複雑に絡んでくる。
"AMMIANI MARCELLINI RES GESTAE"
1623年オランダ、ライデンで出版されたラテン語書
美術館などの団体からの依頼には、図録の修復、展示の為の解体・復帰作業(再製本)なども含まれるが、理由と目標が明確で、比較的、話がシンプルに進む。個人からの依頼には、さらに様々な要素が含まれており、顧客の真の気持ちを忖度する理解力が求められる。
一例を挙げると、表紙がノドから外れてしまっている西欧の革装本、これを直したいと依頼を受けたが、この場合、外れはそのままに現状を維持し、中性紙による保護ジャケットをかけ、保存箱に入れておく、という結論に達した。顧客とよく話し合ってみると、はずれた表紙の散逸を防ぎたいのは勿論だが、自分の専門分野では価値ある本なので、将来は大学図書館などの団体に寄贈を考えているという真意がわかり、それならば修復は将来の寄贈先に託してもよいのではないかと、こちらからアドバイスした結果である。修復では、このような話し合いが重要になってくる。
同上 ラテン語研究者の依頼主が、資料として取り扱いやすいように、表装材を取替え
実際の修復には、破損箇所の繕い、セロハンテープなどの旧修理の除去、といった作業があるが、完全な再製本を行う場合もある。研究者がふだん資料として扱うのに不都合なほど表装材が傷んでおり、オリジナル製本としての歴史的価値を求めていない(考慮する必要のない)場合は、むしろ積極的に再製本の話になることも多い。西洋書誌学の勉強をしていた時も、資料として閲覧する本には、再製本をしたことが明らかな本も多かった。表紙・表装材が傷んだら取り替える、というのは、西洋の本も和装本でも変わりがないのである。(続く)
(文:平まどか)

●作品紹介~平まどか制作



『テヘランでロリータを読む』
アーザル・ナフィーシー著
市川恵里訳
2006年 白水社刊
・2008年制作
・ブラデル(くるみ製本)
・手染めラフィアによる手編み装飾紙
・手染め見返し
・スリップケース
・タイトル箔押し:中村美奈子
・函
・193×140×29mm
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本
●今日のお勧め作品は、常松大純です。
常松大純
「SUNTORY CRAFT SELECT I.P.A 限定醸造」
2015年
アルミ缶
作品サイズ:H10.0×W16.0×D6.0cm
ケースサイズ:H25.5×W25.5×D9.0cm
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
●作品集のご案内
『浮田要三の仕事』
2015年7月21日発行
発行所 りいぶる・とふん
編集人 浮田要三作品集編集委員会
制作人 浮田綾子、小崎唯
テキスト:浮田要三、貞久秀紀、加藤瑞穂、平井章一、井上明彦、おーなり由子
25.7×27.2cm、316ページ
全テキスト英訳
税込10,800円 ※別途送料250円
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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
書物への偏愛という強い気持ちが、私達ユニットを結束させている。その書物への愛を語ろうとした時、壊れた本を直すという側面は顧みられない。ユニットで(恐らく)ただ一人、書籍修復にも携わっている身として、二回にわたり、修復対象としての書物について語ってみたい。
すべての製本家は書籍修復家になれるか、と問われれば、答えはイエスでありノーである。書物という構造体を熟知し、それを扱う技術を持っているという意味では、イエスと言える。だが技術だけで修復(以下、「修復」は書籍修復を意味します)が出来るかと言えば、ノーと答えざるを得ない。
一言で言えば、ルリユールは「足していく」仕事であるのに対し、修復は「足しても引いてもいけない」。この前提が理解できない、あるいは理解できても、それに抗って「足したく」なる性格の人間に修復は向かない。自身のことを省みれば、ルリユールと修復が持つ、このような相反する側面に、仕事としての魅力を感じているのだと思う。
オリジナル装幀のルリユールを依頼される場合、その製本家がどのような作品を作るかという傾向を顧客が知っていることが前提で、作家はその前提に立って(顧客の意向も加味されないわけではないが)、時間と予算が許す限り、好きに足していくことができる。一方、修復はもともとの形があって、その形の中に納めなくてはならない。だから、足しても引いてもいけない。だが、実際の修復はそう単純ではなく、依頼主が美術館・博物館・図書館などの団体なのか、個人なのか、どういう理由での依頼か、修復目標はどこにあるのか、等々の要素が複雑に絡んでくる。
"AMMIANI MARCELLINI RES GESTAE"1623年オランダ、ライデンで出版されたラテン語書
美術館などの団体からの依頼には、図録の修復、展示の為の解体・復帰作業(再製本)なども含まれるが、理由と目標が明確で、比較的、話がシンプルに進む。個人からの依頼には、さらに様々な要素が含まれており、顧客の真の気持ちを忖度する理解力が求められる。
一例を挙げると、表紙がノドから外れてしまっている西欧の革装本、これを直したいと依頼を受けたが、この場合、外れはそのままに現状を維持し、中性紙による保護ジャケットをかけ、保存箱に入れておく、という結論に達した。顧客とよく話し合ってみると、はずれた表紙の散逸を防ぎたいのは勿論だが、自分の専門分野では価値ある本なので、将来は大学図書館などの団体に寄贈を考えているという真意がわかり、それならば修復は将来の寄贈先に託してもよいのではないかと、こちらからアドバイスした結果である。修復では、このような話し合いが重要になってくる。
同上 ラテン語研究者の依頼主が、資料として取り扱いやすいように、表装材を取替え実際の修復には、破損箇所の繕い、セロハンテープなどの旧修理の除去、といった作業があるが、完全な再製本を行う場合もある。研究者がふだん資料として扱うのに不都合なほど表装材が傷んでおり、オリジナル製本としての歴史的価値を求めていない(考慮する必要のない)場合は、むしろ積極的に再製本の話になることも多い。西洋書誌学の勉強をしていた時も、資料として閲覧する本には、再製本をしたことが明らかな本も多かった。表紙・表装材が傷んだら取り替える、というのは、西洋の本も和装本でも変わりがないのである。(続く)
(文:平まどか)

●作品紹介~平まどか制作



『テヘランでロリータを読む』
アーザル・ナフィーシー著
市川恵里訳
2006年 白水社刊
・2008年制作
・ブラデル(くるみ製本)
・手染めラフィアによる手編み装飾紙
・手染め見返し
・スリップケース
・タイトル箔押し:中村美奈子
・函
・193×140×29mm
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●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本●今日のお勧め作品は、常松大純です。
常松大純「SUNTORY CRAFT SELECT I.P.A 限定醸造」
2015年
アルミ缶
作品サイズ:H10.0×W16.0×D6.0cm
ケースサイズ:H25.5×W25.5×D9.0cm
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
◆frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
●作品集のご案内
『浮田要三の仕事』2015年7月21日発行
発行所 りいぶる・とふん
編集人 浮田要三作品集編集委員会
制作人 浮田綾子、小崎唯
テキスト:浮田要三、貞久秀紀、加藤瑞穂、平井章一、井上明彦、おーなり由子
25.7×27.2cm、316ページ
全テキスト英訳
税込10,800円 ※別途送料250円
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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
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