『書物の夢、印刷の旅』
アルドの痕跡を巡って ー ヴェネツィアからマンチェスター、ケンブリッジへ(I)
マンチェスター ジョン・ライランズ・ライブラリー
ケンブリッジ トリニティーカレッジ内 レン・ライブラリー
ここにラウラ・レプリ著『書物の夢、印刷の旅ールネサンス期の出版文化の富と虚栄』(青土社 2014年刊)という本がある。
「歴史的フィクション」という形式を取ったこの物語では、印刷が始まって以来、史上初のベストセラーの一つとなったバルダッサーレ・カスティリオーネ『宮廷人』の出版・印刷を巡る悲喜交々が、歴史的事実を踏まえた上でいきいきと描かれている。その臨場感に少しでも填まったなら、その瞬間に読者は16世紀初頭のヴェネツィアにワープし、その場に居合わせているかのように、登場人物の台詞やため息まで耳にしているような錯覚に捕らわれる。そして初期活版印刷術と当時の出版の在り様を、まるで実際に目にしているかのような気になるのだ。
ヴェネツィア アルド印刷所跡の建物裏側
カスティリオーネは、15世紀末期から16世期初頭を生きたイタリアの外交官であり、彼の著書『宮廷人』は、ヨーロッパの上流階級の規範として広く読まれていたようである。初出は1528年。印刷されたのは、かの有名なヴェネツィアのアルド印刷所である。物語は、教皇大使カスティリオーネの命を受けた家令が印刷依頼のためアルド印刷所を訪れる場面から始まる。(この凍てつく晩秋のヴェネツィアの街路の描写も映画的でとてもいい)
カスティリオーネ『宮廷人』Il libro del cortegiano
1541年 ジョン・ライランズ・ライブラリー所蔵
初代アルド(アルド・マヌーツィオ)は1515年に世を去っており、そこにはもう居ない。印刷所を切り盛りしているのは、アルドの共同経営者であったトッレザー二・アゾラの末息子フランチェスコである。ここで私は物語に完全に捕らえられて、二人の訪問者とともにアルド印刷所の扉をくぐり、後継者であるフランチェスコなる人物をしげしげと観察する。
後年、アルド印刷所は、アルドの息子、続いて孫に継がれていくが、出版の前年である1527年という時点ではアルドの息子達は、まだ成長していなかったのだということも窺える。 印刷所は、サンポーロではなく、サンマルコ広場に近いサンパテルニアンに設定されている。これも歴史的な事実として確認されていることなので、つい、膝を打ちつつ、いちいち納得しながら読み進む。なお、サンポーロ広場のアルド印刷所跡の建物にはパネルがかかっているので今でもその当時を偲ばせる建物を訪れることができる。
アルド印刷所跡を示すパネル
昨年は、アルド・マヌーツィオの500年忌に当たり、アルド印刷所による初期活版印刷本(アルド版)の展覧会がヴェネツィア、ニューヨーク、ロンドン、オックスフォードなど世界中で開催された。アルドについては、ともかくあまりにも有名であるので、説明するのは差し控えるが、昨年、アルド版の最大最良のコレクションを所蔵するマンチェスターのジョン・ライランズ図書館でのアルド展を訪問する機会に恵まれた。その模様については次回に紹介したい。
(文:市田文子)

●作品紹介~市田文子制作



Rainer Maria Rilke : Der Cornet
ライナー・マリア・リルケ:「騎手」
A.Getrud, H.R.Bosch- Gwalter チューリッヒ, 1998
・プラ・ラポルテ製本
・白仔牛革、和紙、パーチメントのはめ込みによる装飾
・タイトル箔押し:中村美奈子
・函
・2015年
・212×139×8mm
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本
●今日のお勧め作品は、パウル・クレーです。
パウル・クレー
「Three Heads」
1919年
リトグラフ
イメージサイズ:12.1×14.8cm
シートサイズ:19.7×23.4cm
版上サイン
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
アルドの痕跡を巡って ー ヴェネツィアからマンチェスター、ケンブリッジへ(I)
マンチェスター ジョン・ライランズ・ライブラリー
ケンブリッジ トリニティーカレッジ内 レン・ライブラリーここにラウラ・レプリ著『書物の夢、印刷の旅ールネサンス期の出版文化の富と虚栄』(青土社 2014年刊)という本がある。
「歴史的フィクション」という形式を取ったこの物語では、印刷が始まって以来、史上初のベストセラーの一つとなったバルダッサーレ・カスティリオーネ『宮廷人』の出版・印刷を巡る悲喜交々が、歴史的事実を踏まえた上でいきいきと描かれている。その臨場感に少しでも填まったなら、その瞬間に読者は16世紀初頭のヴェネツィアにワープし、その場に居合わせているかのように、登場人物の台詞やため息まで耳にしているような錯覚に捕らわれる。そして初期活版印刷術と当時の出版の在り様を、まるで実際に目にしているかのような気になるのだ。
ヴェネツィア アルド印刷所跡の建物裏側カスティリオーネは、15世紀末期から16世期初頭を生きたイタリアの外交官であり、彼の著書『宮廷人』は、ヨーロッパの上流階級の規範として広く読まれていたようである。初出は1528年。印刷されたのは、かの有名なヴェネツィアのアルド印刷所である。物語は、教皇大使カスティリオーネの命を受けた家令が印刷依頼のためアルド印刷所を訪れる場面から始まる。(この凍てつく晩秋のヴェネツィアの街路の描写も映画的でとてもいい)
カスティリオーネ『宮廷人』Il libro del cortegiano1541年 ジョン・ライランズ・ライブラリー所蔵
初代アルド(アルド・マヌーツィオ)は1515年に世を去っており、そこにはもう居ない。印刷所を切り盛りしているのは、アルドの共同経営者であったトッレザー二・アゾラの末息子フランチェスコである。ここで私は物語に完全に捕らえられて、二人の訪問者とともにアルド印刷所の扉をくぐり、後継者であるフランチェスコなる人物をしげしげと観察する。
後年、アルド印刷所は、アルドの息子、続いて孫に継がれていくが、出版の前年である1527年という時点ではアルドの息子達は、まだ成長していなかったのだということも窺える。 印刷所は、サンポーロではなく、サンマルコ広場に近いサンパテルニアンに設定されている。これも歴史的な事実として確認されていることなので、つい、膝を打ちつつ、いちいち納得しながら読み進む。なお、サンポーロ広場のアルド印刷所跡の建物にはパネルがかかっているので今でもその当時を偲ばせる建物を訪れることができる。
アルド印刷所跡を示すパネル昨年は、アルド・マヌーツィオの500年忌に当たり、アルド印刷所による初期活版印刷本(アルド版)の展覧会がヴェネツィア、ニューヨーク、ロンドン、オックスフォードなど世界中で開催された。アルドについては、ともかくあまりにも有名であるので、説明するのは差し控えるが、昨年、アルド版の最大最良のコレクションを所蔵するマンチェスターのジョン・ライランズ図書館でのアルド展を訪問する機会に恵まれた。その模様については次回に紹介したい。
(文:市田文子)

●作品紹介~市田文子制作



Rainer Maria Rilke : Der Cornet
ライナー・マリア・リルケ:「騎手」
A.Getrud, H.R.Bosch- Gwalter チューリッヒ, 1998
・プラ・ラポルテ製本
・白仔牛革、和紙、パーチメントのはめ込みによる装飾
・タイトル箔押し:中村美奈子
・函
・2015年
・212×139×8mm
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本●今日のお勧め作品は、パウル・クレーです。
パウル・クレー「Three Heads」
1919年
リトグラフ
イメージサイズ:12.1×14.8cm
シートサイズ:19.7×23.4cm
版上サイン
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
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