極「私的な」写真の話

 私達のユニット、フラグムが一貫して掲げるテーマは「書物への偏愛」。それにもかかわらず、連続3回の内容がすべて写真に関することになりましたが、写真集という「本」にまつわる話として、また一製本家が時として、こんなことも考えるというエピソードとして、ご寛恕ください。
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 今年の5月のことになるが、「Don’t blink ロバート・フランクが写した時代」というドキュメンタリー映画を観た。ロバート・フランクは、現存する世界的写真家の中の偉大な一人であり、その代表作 ”THE AMERICANS” は20世紀のもっとも重要な写真集であると言われている。亡き夫の仕事の関係で、以前よりロバート・フランクの名前も知っていたし、”THE AMERICANS”は今も手元にあるが、今回映画を観て、改めてロバート・フランクの生き方に想いを馳せることになった。
 ロバート・フランクは、スイス・チューリッヒ生まれのユダヤ人。1947年に米国に渡った。”THE AMERICANS”は、1955年から56年の9ヶ月をかけて全米1万マイルを移動して撮影した。撮影したフィルムは767本に及ぶという。現在よりはるかに人種差別の壁が厚かったであろう、この時代の雰囲気が感じ取れるだけでなく、アメリカという国の広大さが人々に与える心性というものに思いが行く。私事であるが、6年間のベルギー滞在を終えた時、アメリカ経由で帰国した。日本に戻ったら、そうそう行く機会もないだろうということで、友人のいるニューヨーク、ロスアンジェルスに立ち寄ったのだった。飛行機上から下を見ていると、ニューヨークを飛び立ち5分の2ほどの距離を行ったあたりで、豊かだった緑がなくなってしまう。7月初旬、すでに乾期だったせいもあると思うが、そこから西は、月のクレーターのような、干上がった川の跡が見える砂漠の風景が続くのだった。東西の移動でこういった変化がある。南北はまた違った風景を見せるのだろう。土地や気候は、人々の精神に影響を与える。ヨーロッパから来たロバート・フランクに、アメリカとアメリカ人はどんな風に見えたのか。勿論その答えは、写真集の中にある。

zu-1“THE AMERICANS” 当初、米国では内容を批判され、出版されなかった。最初の出版は1958年、フランスで。米国での出版は1959年だった。手元にあるのは1969年N.Y.で出たRevised and enlarged edition。


 ロバート・フランクについて、私には写真を見ることとは別に思い入れがある。1996年11月の「パリ写真月間」会期中に、パリにあるスイス文化センターでロバート・フランクの写真展が開催された。故郷であるスイスにプリントを寄贈した時の、記念展覧会だった。亡夫の知人がかつてニューヨークに住んでいた際に、フランクの知遇を得ていた関係で、夫はその知人と共にパリに、フランクに会いに行ったのだった。ロバート・フランクは気むずかしいと一般的に言われているそうだが、友人が一緒だったということもあったのだろうか、私が夫から聞いた印象はまったく違っていた。そして、その時に写真展の案内状に書いてくれたサインが、今も私の手元にある。
      Good luck on the road... Robert Frank
フランクは娘を飛行機事故で亡くし、精神を病んだ息子は自死、という辛い人生を送っている。最初の妻とは離婚し、その後、再婚した美術家のジューン・リーフさんと暮らしている。なにもかも上手くいく人生などない。むしろ、楽しいことより困難や苦しみの方が多いかもしれない。それでも、道を歩き続けなくてはならない-don’t blink(瞬きせずに)。

zu-21996年、パリのスイス文化センターでの写真展案内状。右側の下方にかすれたボールペンの文字で Kazuo - Good luck on the road... Robert Frankと書かれている。


 映画を観に行ったあと、改めてサインを見た。96年に見た時には気に留めなかった “on the road” の文字に、ロバート・フランクという人を見た。そして、自分の人生とも共振する形で、強く心を動かされたのだった。
(文:平まどか
平(大)のコピー


●作品紹介~平まどか制作
異国の女に捧げる散文11-1


異国の女に捧げる散文11-2


異国の女に捧げる散文11-3


異国の女に捧げる散文11-4
『異国の女(ひと)に捧げる散文  PROSE POUR L’ETRANGERE 』
ジュリアン・グラック Julien Gracq著
仏日対訳 天沢退二郎訳  挿画 黒田アキ

1998年 思潮社刊

・パッセカルトン 山羊革・カーフ総革装
・手染め紙・カーフ嵌め込み
・手染め見返し
・タイトル箔押し:中村美奈子
・制作年 2016年
・225x150x15mm
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●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。

本の名称
01各部名称(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)


額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。

角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。

シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。

スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。

総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。

デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。

二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。

パーチメント
羊皮紙の英語表記。

パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。

半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。

夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。

ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。

両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。

様々な製本形態
両袖装両袖装


額縁装額縁装


角革装角革装


総革装総革装


ランゲット装ランゲット製本


◆frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。

●今日のお勧め作品は、松本竣介です。
20170904_04松本竣介
《作品》
紙にインク、墨
イメージサイズ:30.5x22.3cm
シートサイズ:32.7x24.0cm


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