倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」

第10回 歳月の手触り ラ・トゥーレットの修道院


倉方俊輔(建築史家/大阪市立大学准教授)


画:光嶋裕介(建築家)
原画

 裏方であったはずのコンクリートが、いつしか表に現れるようになった。ラ・トゥーレットの修道院は、そんなル・コルビュジエの作品の傾向を代表している。カトリックのドミニコ会の修道院として、フランスの南東部のローヌ県に1956年に着工し、1960年に完成した。
 コンクリートが主役であることは、第一印象から鮮明である。近づいて初めに視界に入るのは、一面の打ち放しコンクリートの壁だ。窓はまわりこむと下部に少し見えるだけでディテールも何もないから、建築の一部というよりも土木構築物のようだ。西に下る斜面をものともせずに続く眺めもダムを思わせる。地面まで充填されたコンクリートは荒々しく、型枠の跡を露呈している。構築物をつくって、工事は完了。
 同じことは手前に突き出た形についても言える。こちらは曲面だが、完全にフリーハンドの形状ではなく、直線を空中で移動させてつくられた形であって、上部に突出した3本の筒と同じく幾何学な操作だ。まっすぐな壁とは独立した原理が感じ取れる。これら最初に目にする光景だけでも、これから体験する造形が容易には統一して把握できないことを予告しており、共通するのはコンクリートそのものが表現になっている点である。
 入り口に進むと、造形と仕上げの変奏の幅がさらに広がる。まず出迎えるのは、打ち放しコンクリートでできたシンプルな正方形の門。同じ素材がその先で水平面となって、傾斜地にかけたブリッジの役割を果たしている。渡った先に曲面の壁が立つ。門番控室と応接室の機能をもつこれら小室の平面は、自由な房状であり、ロンシャン礼拝堂の壁と同様の吹き付け塗装で仕上げられている。ザラザラとした表面は、どんな形にも造形できるコンクリートの本性を示し、隣に置かれた凝固したコンクリートのオブジェが粘土のような性質を強調している。まわりを取り囲む型枠で構築された直線とは対照的だが、どちらもコンクリートという素材が可能にする手触りである。
 前方にコの字型の全貌がうかがえる。右手には先ほど反対側を目にした打ち放しコンクリートの箱。前方と左手の吹き付け塗装の翼と一緒になって、中庭を閉じている。中庭を囲む回廊を重視する伝統的な
修道院の構成に範をとっているのは明らかだが、それだけに逆転劇は一層、鮮やかである。
 中庭は人間によって使われていない。伝統的な修道院とは異なる。そこは傾斜地のままに残され、板状の壁で持ち上げられたピロティが、囲われているようであり、周辺と連続してもいる外部空間を形成している。西洋の中庭や庭園が多くの場合そうであるような人工の外部とは違って、ほったらかしにされた地面だ。板柱はというと、人工大地を持ち上げるマルセイユのユニテのような力強い身振りではなく、ただ地面とは無縁のレベルに床を設定しているだけで、下部が重厚で上部が軽快という古くからの建築の規範とは、これも逆である。
 これらの原理に収まらないのが、近づいたときに見た箱だ。ただ一つ、中庭の空間を堰き止めている。上下や軽快・重厚の区別もない。この部分が教会堂である。コルビュジエは飾りたてに抗し、建築であるのかどうかを疑わせる寡黙なデザインを、精神的な支柱である教会堂の証としている。

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 コンクリートは建築の全体だけでなく、細部のキャラクターも決定しているから、主役と呼ばざるを得ないのだ。入り口は建物の3階にあたる。目の前の2階レベルに左手の翼と右手の教会堂を結ぶ通路が走っている。通常の建物のようなディテールがないので、スケールは判断しづらい。建築と人間との関係性が鮮明になるのは、人の動きが入ったときだ。間隔が変動している方立越しの人影は、ガラスで筒抜けの状態から、いくぶん隠されたようになり、また明快にとリズミカルに変化する。方立には厚みがある。
だから、今度はこちらがガラスに斜めに向き合うように移動すると、抑揚の波を保ちながら壁へと近づいてゆく。
 このオンデュラトワールと呼ばれる窓割は、コルビュジエが考案した寸法体系であるモデュロールをもとに、当時コルビュジエの事務所に勤務していたヤニス・クセナキスによってアレンジされた。現代音楽家としても知られる人物による時間の中の芸術。ここでコンクリートはガラスに直接に接合され、互角に渡り合っている。ほっそりとした線材に姿を変えながらも、動かしがたい存在感はそのままに、人の動きで奏でられる強靭な弦であり続けている。弱い木材や金属では果たせない役割だ。
 ラ・トゥーレットの修道院において、コンクリートは内外の関係を繊細に規定し、個々の場所を性格づける役目を担っている。
 中庭から見た3階レベルは矩形を組み合わせた造形。先ほどのオンデュラトワールと同様に、縦長の形に準備された回転窓で換気が可能だ。壁面の印象は最上部が最も重たい。この4・5階の細い横長窓の向こう側に廊下が通り、修道士の個室群にアクセスできる。同じデザインが3階の外周にも見られる。こちらの内側も廊下だ。館内見学の際、入り口から最初に通過する特徴的な空間である。どちらの廊下の幅も建物の規模の割には狭い。上下に短い窓は視界を限定し、光の帯をつくる。外光のみが入る窓が角に設けられ、前方に伸びる空間の性格を強めている。外部からの光景が種明かしだ。窓の造形を見ると、前方を隠しながら上部から光を取り入れる仕組みがよくわかる。
 コンクリートの造形は場所ごとに内部と外部との関係を特徴づける名脇役であり、人懐っこいキャラクターとなっている。紹介を続けると、4・5階の外周に突き出た庇はブリーズ・ソレイユ(日除け)として内外の環境を調整すると同時に、重々しい造形と小石を混ぜた仕上げを通じて、個々が独立して内面に向き合う場所としての個室という性格を物語っている。最初に見た円筒形の筒は、教会堂から続いた空間である礼拝堂に光を届けるのだが、向きがまちまちなので太陽の動きに伴う日差しの変化は一層強調されて、それぞれの内側でコンクリートの荒い地肌に塗られた色彩を変容させる。反対の中庭側では鋭角的な筒型が一列に空に向けられている。キャノン・リュミエール(光の大砲)という物騒な命名。それもおかしくない形の強さで、下部の聖具室などに光を導入している。そして、メインの教会堂では単純な長方体のヴォイドに対して、コンクリートの造形が最小で最大の効果を挙げている。穿たられた亀裂から割り込む外光は変わりゆくことで、コンクリートの素材感を変化させ、寸法では規定できない空間の体験を生む。ここで証明された線の多さや素材の多様性に頼らなくても内部空間の変化と劇性と精神性が獲得できるという事実は、やがて東洋の安藤忠雄という建築家によって展開されることになる。

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ラ・トゥーレットの修道院
竣工年│1960年
所在地│Route de la Tourette_69210 Eveux_,France
(撮影:倉方俊輔)
日曜の午後にガイドツアーが実施されている。
宿泊は8月とクリスマス休暇以外の時期に可能であるが、門限に注意

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 以前のコルビュジエは、このようにはコンクリートを使っていなかった。1920年代の作品は時に壁面に色彩を施し、抽象的な面の構成として扱っていた。本作でも設計当初は鉄骨による建設も検討されていたから、コンクリートの可能性だけに邁進していたわけではない。予算が限られていたのは事実で、仕上げを削減したきっかけはそこにあるだろう。また、竣工当初のコンクリートはもっと白く、シャープだったから、現在訪問して抱く感慨はオリジナルではなく、歳月による付加物に過ぎないと判断することもできる。
 しかし、すでに見てきたように、本作のコンクリートは決して仕上げの欠落ではなく、素材のもつ味わいの十分な発露となっている。コルビュジエは素材を抽象化し、幾何学化するのではないやり方を1930年代以降、試みていった。それらを総合し、豊かさを獲得する手法として説得力をもって提出したのがラ・トゥーレットの修道院と言える。
 即物性による豊かさは、コンクリート以外の素材にも通底している。植物の扱いもその一つだ。本作の屋根は薄い土の層で覆われ、勝手に草が生えている。コンクリートの湿度と温度を一定に保ち、熱による膨張と収縮から守るために屋上を庭園にするという主張は1920年代と同じだが、かつてのようなつくり込まれた屋上庭園からは変化している。各部に見られる電球をむき出しにした照明や鉄を曲げただけの手すりにも、乏しさゆえの味わいがある。少ない決定を研ぎ澄ませ、偶然に委ねるほどに、コンクリートの肌理や植物の表情のように対象の手触りが浮上する事実にコルビュジエは一層、覚醒したようだ。光という素材に対しても同じだ。概念では一つとして処理されてしまうものに含まれる手触りを愛で、単純さの中
にある豊かさを引き出し、過ぎゆく時間を慈しむように、刹那を知覚しようとしている。
 コルビュジエは老いたのだろうか?
 老いたのだろう。工業化・資本化が進行する第二次世界大戦後の世界で、清貧な修道院という過去のロマンに想いを託した建築。時代と隔たり、個人的な変化を反映させているのだから、彼に規範を求めていた人々は戸惑うばかりだ。
くらかた しゅんすけ

■倉方俊輔 Shunsuke KURAKATA
建築史家。大阪市立大学大学院工学研究科准教授。1971年東京都生まれ。著書に『東京レトロ建築さんぽ』『ドコノモン』『吉阪隆正とル・コルビュジエ』、編著に『吉祥寺ハモニカ横丁のつくり方』ほか。
生きた建築ミュージアム大阪実行委員会委員

表紙
『建築ジャーナル』
今年の『建築ジャーナル』誌の1月~12月号の表紙を光嶋裕介さんが担当することになりました。
テーマはル・コルビュジエ。
一年間にわたり、倉方俊輔さんのエッセイ「『悪』のコルビュジエ」と光嶋裕介さんのドローイング「コルビュジエのある幻想都市風景」が同誌に掲載されます。ときの忘れものが企画のお手伝いをしています。
月遅れになりますが、気鋭のお二人のエッセイとドローイングをこのブログにも再録掲載します。毎月17日が掲載日です。どうぞご愛読ください。

●今日のお勧め作品は、光嶋裕介です。
20171017_05
光嶋裕介 《ベルリン》
2016年 和紙にインク
45.0×90.0cm   Signed
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◆倉方俊輔のエッセイ「『悪』のコルビュジエ」は毎月17日の更新です。