frgmのエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」第41回
私家版
私家版という言葉がある。辞書を引くと、「個人が自分の費用で出版して、狭い範囲に配布する書籍。自家版。」という説明がある。最近、あまりお目にかからないが、回想録を自費出版したいという人のための出版社の広告が、以前は新聞に時々出ていた。上記の辞書の説明でいけば、自費出版による自分史は私家版ということになるが、「私家版」という言葉には、もう少し奥ゆかしい風情がある。
現在、講師をしている「ルリユール工房」は、私自身が製本の勉強を始めたところでもある。その頃からルリユール工房には「私家版作り」という講座があり、現在でも「パソコンで本作り」と名称を変え存続している。工房に通い始めた当初、ごく短期間だが、私もこの「私家版作り」に在籍していた。自分で書いた文章、好きな小説の抜粋や詩歌など、気に入ったテキストをパソコンに入力、ページ仕立てに出力して、本に仕上げるという講座である。工房を設立された栃折久美子さんは現在引退されているが、その頃の「私家版作り」では、技術的な指導を栃折さんの弟子である坂井えりさんが、編集についての指導を栃折さんが行っていた(今は、すべて坂井さんが指導している)。
受講の最初に、栃折さんからこんな風な説明を受けた-
回想録を自費出版する人達がいるけれど、最低でも50部100部といった数を作ることになる。しかし、それだけの数を作っても、配る相手はそういない。ならば、本当に配りたい相手、きちんと読んでくれる親しい人達だけに配るよう、ごく少部数の本を自分で作り上げる方がよっぽど良い。
かつて、栃折さんのお話に近い製本を引き受けたことがあった。知り合いの編集者から、同僚の編集者が製本を依頼したいと言っているが、どうだろうかと話をもらった。その方の伯父上が親戚に配った回想録は、素人ながら上手い文章で、内容も充実したものだけれど、配られたのはコピー用紙で、いかにも惜しい。姪として、愛する伯父の文章を一冊の本に仕立ててあげたい、との話だった。
川口恒幸著「回想 南十字星」 太平洋戦争に従軍。終戦後、抑留されたインドネシアで、南の空に見た南十字星が書名となった。
自伝・回想録の類は、原則引き受けたくない。ルリユールは直接的でないにせよ、内容を装訂という形で表現する工芸分野であり、個人の回想録をどのように表現したらよいのか考えるのは難しい。自分の気持ちを正直に打ち明けつつ、依頼主とメールでやりとりをした。伯父上に対する愛情や尊敬の念が感じられる彼女のメールに、結局その仕事を引き受けることにした。
用紙の選定、余白を充分に取って本文組をしてもらうことなど、依頼主の編集者としての知識と経験、製本する側の希望を突き合せ、さらに依頼主の知己であるデザイナーさんに本文レイアウトをしてもらうことも決まり、未綴じ本の形で私の手元に印刷物が届いたのが2012年の秋だった。さすがに一部という訳にはいかず、印刷会社には限定二十部として印刷を依頼した。差し上げる相手の伯父様が2013年2月6日に90歳になるので、その時に渡したいという希望だった。いつでも手に取って見ていただけるよう、伝統的な製本形態のパッセカルトンではなく、扱いやすいくるみ製本にした。1月の半ばに完成し、納品日を打ち合わせしている最中、伯父上が床に臥せる状態になり、誕生日を待たず、1月中に渡すことになった。伯父上は、この贈り物を大変喜んでくれて、いつも枕元に置いてくれていたという。そして3月の半ばに永眠され、本は叔母様に引き継がれた。
イニシャルを星が取り囲んでいる。伯父様の人生そのものが、輝く星のよう、という意味を込めて。
本文のとびら。書名を囲む四つの丸は浮いてみえるが、実際はへこんでいる。これはデザイナーさんからのリクエスト。南十字星は、このように四つの星が少し傾いているらしい。
伯父様にお渡しした本は、当然のことながら「限定二十部の内壱番」。その後、ゆっくり時間をかけながら「弐番」を製本し、依頼主である姪御さんに差し上げた。共に係わったデザイナーさんからも、是非とご希望があり、去年12月にやっと「参番」をお送りすることができた。残りはお好きにお使いください、とのことで、生徒の練習用に使わせてもらっている。
送られてきた折丁の奥付。
実際の作業中も、当時のことを思い出す時も、暖かい和やかな気持ちになる。伯父上の文章は誠実な人柄、時としてユーモアがにじみ出る素晴らしいものだった。そして姪御さんの愛情がデザイナーさんや私に伝播し、離ればなれでありながら3人が共同作業をしている気持だった。製本の仕事の中の小さな、しかし思い出深いエピソードである。
(文:平まどか)

●作品紹介~平まどか制作



「病める舞姫 」
土方巽著
1983年 白水社刊
・パッセカルトン 山羊オアシス革・ヘビ革総革装
・金箔押し装飾
・手染め見返し
・タイトル箔押し:中村美奈子
・制作年 2016年
・221x158x26mm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本
~~~~
*画廊亭主敬白
昨日、半分は冗談だろうと思いながらマケドニアへの作品輸送について書いたのですが、何と顧客からそれでいいから送ってくれとの返信(!)。アメリカあたりなら僅か数万円で済むのに諸経費込みで40万円(昨日は30万円と書きましたが、実際にはそれ以上になりました)の送料です。一昨年のインドネシアの苦い経験(輸送における賄賂の横行)を思いだし、モラル(ルール)なき社会で商売する困難さを思わずにはいられません。ヤマトや佐川を持つ我々は幸せですね。
3月4日(日)朝9時のNHK日曜美術館をぜひご覧になってください(特集:イレーヌ ルノワールの名画がたどった140年)。司会は井浦新さんと高橋美鈴さん。ゲストとして多摩美術大学教授・西岡文彦さん、ピアニスト・西村由紀江さん、カメラマン・渡辺達生さんが出演します。後半のアートシーンにご注目ください。
◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。
会期:2018年1月16日(火)~3月25日(日)
現代版画センターと「ときの忘れもの」については1月16日のブログをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログは、ときの忘れもので扱っています。
現代版画センターは会員制による共同版元として1974年~1985年の11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約280点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。
【特別イベント】ジョナス・メカス監督作品「ウォールデン」上映会
日時:3月3日(土)、4日(日)各13:00~16:00
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)、無料
【担当学芸員によるギャラリー・トーク】
日時:3月10日 (土) 15:00~15:30
場所:2階展示室
費用:企画展観覧料が必要です。
【トークイベント】ウォーホルの版画ができるまで―現代版画センターの軌跡
日時:3月18日 (日) 14:00~16:30
第1部:西岡文彦 氏(伝統版画家 多摩美術大学教授)、聞き手:梅津元(当館学芸員)
第2部:石田了一 氏(刷師 石田了一工房主宰)、聞き手:西岡文彦 氏
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)/費用:無料
~~~~
○<#埼玉県立近代美術館 #版画の景色ー現代版画センターの軌跡展 。磯崎新作品を見た #ときの忘れもの と #建築資料館 と連動したかのような企画。各方面の作家による様々な作品と刊行物やスライド等、膨大な情報量。気付けば閉館時間…。図版違いのリーフレット、全種類頂きました(欲張り)。
(20180226/はこちさんのtwitterより)>
○<これです、もちろん好き嫌いはあると思うけど興味ある人は是非に。ウォールデンは明後日で上映終わります。
(20180302/コジマサキさんのtwitterより)>
○<埼玉近美の「版画の景色・現代版画センターの軌跡」凄く良かった!期待して行ったけど期待以上。
靉嘔のシルクスクリーンとても綺麗でびっくりした。菅井汲もカッコ良すぎたし、関根伸夫の作品も作ることと考えることの楽しさが直に伝わって来た。
特にシルクスクリーンに対する印象が変わった。
磯崎新のシルクも久しぶりに見たけど、本当にカッコいい。
現代版画センターの記録的な展示も興味深く、当時の熱気が伝わってきた。
メカスさんの映像、セルフポートレート見れて嬉しかった。
(20180227/コイズミアヤさんのtwitterより)>
○<企画展『版画の景色』に。
色々素晴らしいです。
安藤忠雄さん 草間彌生さん
アンディーウォーホルさんなど
自分が知っている方々の作品や全く知らない(その道では有名な方々)作品を見れました。
たまに行くと良いものです。
ココロにヨユウを。
機会があれば是非。
(20180227/氷川整体☺︎さいたまさんのtwitterより)>
○<埼玉近美の『版画の景色 現代版画センターの軌跡』展おもしろかったです。春の庭でビールを飲むメカスのセルフポートレイト映像(提供元が本人!)など観れました。今週末には『ウォールデン』の無料上映があるそう🎬コレクション展に小村雪岱もあってお得感ありました
(20180226/idonumaさんのtwitterより)>
○西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色」が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半~トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。
○光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について」(1月28日ブログ)
○荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て」(1月31日ブログ)
○スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)
○毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。
○倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)
○嶋﨑吉信さんのエッセイ~「紙にインクがのっている」その先のこと(2月12日ブログ)
○大谷省吾さんのエッセイ~「版画の景色-現代版画センターの軌跡」はなぜ必見の展覧会なのか(2月16日ブログ)
○塩野哲也さんの編集思考室シオング発行のWEBマガジン[ Colla:J(コラージ)]2018 2月号が展覧会を取材し、87~95ページにかけて特集しています。
○月刊誌『建築ジャーナル』2018年3月号43ページに特集が組まれ、見出しには<運動体としての版画表現 時代を疾走した「現代版画センター」を検証する>とあります。
○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号で1983年のウォーホル全国展が紹介されています。
○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。
○現代版画センターエディションNo.148 松永伍一・吉原英雄「詩画集 少年」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
松永伍一 詩・吉原英雄 画
『詩画集 少年』
1977年
限定85部
本サイズ:31.2×24.8×1.7cm
*1/85~10/85は吉原英雄の水彩1点と松永伍一の詩篇一葉入り

奥付に、
装丁:池田令子とあります(独身時代の社長です)。
松永伍一「早春譜面」
ちちの愛をはんぶん
ははの愛をはんぶん
体温にもらいうけてぼくが育つ
はさまれているからぼくの蕾がふくらむ
ちちもねむるだけが夜
ははもねむるだけが夜
ぼくはちちに代る<男>を夢みる
ぼくはははの湖をおもう<男>に近づく
はさまれて早春
みそさざいが沼をとぶ朝ぼくの罰は
ははの乳房のうえで
ちちの力失った敵をのぞきこむ
・・・・・・・・・詩画集『少年』より
松永伍一・吉原英雄『詩画集 少年』より
吉原英雄
《閉ざされた時間》
松永伍一・吉原英雄『詩画集 少年』より
吉原英雄
《マッチング トルソー》
松永伍一・吉原英雄『詩画集 少年』より
吉原英雄
《壁にはられたドローイング-レオナルド・ダ・ヴィンチ》
松永伍一・吉原英雄『詩画集 少年』より
吉原英雄
《挑戦》
松永伍一・吉原英雄『詩画集 少年』より
吉原英雄
《焦燥》
松永伍一・吉原英雄『詩画集 少年』より
吉原英雄
《空白のページ》
本日3月3日は松永伍一先生の命日です。
現代版画センターの草創期、美術界に縁のなかった私たちは一面識もない松永伍一先生に手紙を出し助力を請いました。以来、お亡くなりになるまで多くの原稿や講演をお願いしてきました。

1978年9月18日
銀座・ギャラリーミキモトにて
左から綿貫不二夫、松永伍一先生、難波田龍起先生と奥様
難波田先生の銅版画集『街と人』『海辺の詩』発表記念展
私たちが手がけた最初の詩画集が吉原英雄先生との「少年」でした。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。

出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄
◆ときの忘れものは「植田正治写真展ー光と陰の世界ーPart Ⅱ」を開催します。

会場1:ときの忘れもの
2018年3月13日[火]―3月31日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊(但し3月25日[日]は開廊)
昨年5月に開催した「Part I」に続き、1970年代~80年代に制作された大判のカラー作品や新発掘のポラロイド写真など約20点をご覧いただきます。
●書籍・カタログのご案内
『植田正治写真展―光と陰の世界―Part II』図録
2018年3月8日刊行
ときの忘れもの 発行
24ページ
B5判変形
図版18点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:800円(税込)※送料別途250円

『植田正治写真展―光と陰の世界―Part I』図録
2017年
ときの忘れもの 発行
36ページ
B5判
図版33点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:北澤敏彦(DIX-HOUSE)
価格:800円(税込)※送料別途250円
◆frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18~24頁にときの忘れものが特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
私家版
私家版という言葉がある。辞書を引くと、「個人が自分の費用で出版して、狭い範囲に配布する書籍。自家版。」という説明がある。最近、あまりお目にかからないが、回想録を自費出版したいという人のための出版社の広告が、以前は新聞に時々出ていた。上記の辞書の説明でいけば、自費出版による自分史は私家版ということになるが、「私家版」という言葉には、もう少し奥ゆかしい風情がある。
現在、講師をしている「ルリユール工房」は、私自身が製本の勉強を始めたところでもある。その頃からルリユール工房には「私家版作り」という講座があり、現在でも「パソコンで本作り」と名称を変え存続している。工房に通い始めた当初、ごく短期間だが、私もこの「私家版作り」に在籍していた。自分で書いた文章、好きな小説の抜粋や詩歌など、気に入ったテキストをパソコンに入力、ページ仕立てに出力して、本に仕上げるという講座である。工房を設立された栃折久美子さんは現在引退されているが、その頃の「私家版作り」では、技術的な指導を栃折さんの弟子である坂井えりさんが、編集についての指導を栃折さんが行っていた(今は、すべて坂井さんが指導している)。
受講の最初に、栃折さんからこんな風な説明を受けた-
回想録を自費出版する人達がいるけれど、最低でも50部100部といった数を作ることになる。しかし、それだけの数を作っても、配る相手はそういない。ならば、本当に配りたい相手、きちんと読んでくれる親しい人達だけに配るよう、ごく少部数の本を自分で作り上げる方がよっぽど良い。
かつて、栃折さんのお話に近い製本を引き受けたことがあった。知り合いの編集者から、同僚の編集者が製本を依頼したいと言っているが、どうだろうかと話をもらった。その方の伯父上が親戚に配った回想録は、素人ながら上手い文章で、内容も充実したものだけれど、配られたのはコピー用紙で、いかにも惜しい。姪として、愛する伯父の文章を一冊の本に仕立ててあげたい、との話だった。
川口恒幸著「回想 南十字星」 太平洋戦争に従軍。終戦後、抑留されたインドネシアで、南の空に見た南十字星が書名となった。自伝・回想録の類は、原則引き受けたくない。ルリユールは直接的でないにせよ、内容を装訂という形で表現する工芸分野であり、個人の回想録をどのように表現したらよいのか考えるのは難しい。自分の気持ちを正直に打ち明けつつ、依頼主とメールでやりとりをした。伯父上に対する愛情や尊敬の念が感じられる彼女のメールに、結局その仕事を引き受けることにした。
用紙の選定、余白を充分に取って本文組をしてもらうことなど、依頼主の編集者としての知識と経験、製本する側の希望を突き合せ、さらに依頼主の知己であるデザイナーさんに本文レイアウトをしてもらうことも決まり、未綴じ本の形で私の手元に印刷物が届いたのが2012年の秋だった。さすがに一部という訳にはいかず、印刷会社には限定二十部として印刷を依頼した。差し上げる相手の伯父様が2013年2月6日に90歳になるので、その時に渡したいという希望だった。いつでも手に取って見ていただけるよう、伝統的な製本形態のパッセカルトンではなく、扱いやすいくるみ製本にした。1月の半ばに完成し、納品日を打ち合わせしている最中、伯父上が床に臥せる状態になり、誕生日を待たず、1月中に渡すことになった。伯父上は、この贈り物を大変喜んでくれて、いつも枕元に置いてくれていたという。そして3月の半ばに永眠され、本は叔母様に引き継がれた。
イニシャルを星が取り囲んでいる。伯父様の人生そのものが、輝く星のよう、という意味を込めて。
本文のとびら。書名を囲む四つの丸は浮いてみえるが、実際はへこんでいる。これはデザイナーさんからのリクエスト。南十字星は、このように四つの星が少し傾いているらしい。伯父様にお渡しした本は、当然のことながら「限定二十部の内壱番」。その後、ゆっくり時間をかけながら「弐番」を製本し、依頼主である姪御さんに差し上げた。共に係わったデザイナーさんからも、是非とご希望があり、去年12月にやっと「参番」をお送りすることができた。残りはお好きにお使いください、とのことで、生徒の練習用に使わせてもらっている。
送られてきた折丁の奥付。実際の作業中も、当時のことを思い出す時も、暖かい和やかな気持ちになる。伯父上の文章は誠実な人柄、時としてユーモアがにじみ出る素晴らしいものだった。そして姪御さんの愛情がデザイナーさんや私に伝播し、離ればなれでありながら3人が共同作業をしている気持だった。製本の仕事の中の小さな、しかし思い出深いエピソードである。
(文:平まどか)

●作品紹介~平まどか制作



「病める舞姫 」
土方巽著
1983年 白水社刊
・パッセカルトン 山羊オアシス革・ヘビ革総革装
・金箔押し装飾
・手染め見返し
・タイトル箔押し:中村美奈子
・制作年 2016年
・221x158x26mm
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本~~~~
*画廊亭主敬白
昨日、半分は冗談だろうと思いながらマケドニアへの作品輸送について書いたのですが、何と顧客からそれでいいから送ってくれとの返信(!)。アメリカあたりなら僅か数万円で済むのに諸経費込みで40万円(昨日は30万円と書きましたが、実際にはそれ以上になりました)の送料です。一昨年のインドネシアの苦い経験(輸送における賄賂の横行)を思いだし、モラル(ルール)なき社会で商売する困難さを思わずにはいられません。ヤマトや佐川を持つ我々は幸せですね。
3月4日(日)朝9時のNHK日曜美術館をぜひご覧になってください(特集:イレーヌ ルノワールの名画がたどった140年)。司会は井浦新さんと高橋美鈴さん。ゲストとして多摩美術大学教授・西岡文彦さん、ピアニスト・西村由紀江さん、カメラマン・渡辺達生さんが出演します。後半のアートシーンにご注目ください。
◆埼玉県立近代美術館で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が開催されています。
会期:2018年1月16日(火)~3月25日(日)
現代版画センターと「ときの忘れもの」については1月16日のブログをお読みください。
詳細な記録を収録した4分冊からなるカタログは、ときの忘れもので扱っています。
現代版画センターは会員制による共同版元として1974年~1985年の11年間に約80作家、700点のエディションを発表し、全国各地で展覧会、頒布会、オークション、講演会等を開催しました。本展では45作家、約280点の作品と、機関誌等の資料、会場内に設置した三つのスライド画像によりその全軌跡を辿ります。【特別イベント】ジョナス・メカス監督作品「ウォールデン」上映会
日時:3月3日(土)、4日(日)各13:00~16:00
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)、無料
【担当学芸員によるギャラリー・トーク】
日時:3月10日 (土) 15:00~15:30
場所:2階展示室
費用:企画展観覧料が必要です。
【トークイベント】ウォーホルの版画ができるまで―現代版画センターの軌跡
日時:3月18日 (日) 14:00~16:30
第1部:西岡文彦 氏(伝統版画家 多摩美術大学教授)、聞き手:梅津元(当館学芸員)
第2部:石田了一 氏(刷師 石田了一工房主宰)、聞き手:西岡文彦 氏
場所:2階講堂
定員:100名 (当日先着順)/費用:無料
~~~~
○<#埼玉県立近代美術館 #版画の景色ー現代版画センターの軌跡展 。磯崎新作品を見た #ときの忘れもの と #建築資料館 と連動したかのような企画。各方面の作家による様々な作品と刊行物やスライド等、膨大な情報量。気付けば閉館時間…。図版違いのリーフレット、全種類頂きました(欲張り)。
(20180226/はこちさんのtwitterより)>
○<これです、もちろん好き嫌いはあると思うけど興味ある人は是非に。ウォールデンは明後日で上映終わります。
(20180302/コジマサキさんのtwitterより)>
○<埼玉近美の「版画の景色・現代版画センターの軌跡」凄く良かった!期待して行ったけど期待以上。
靉嘔のシルクスクリーンとても綺麗でびっくりした。菅井汲もカッコ良すぎたし、関根伸夫の作品も作ることと考えることの楽しさが直に伝わって来た。
特にシルクスクリーンに対する印象が変わった。
磯崎新のシルクも久しぶりに見たけど、本当にカッコいい。
現代版画センターの記録的な展示も興味深く、当時の熱気が伝わってきた。
メカスさんの映像、セルフポートレート見れて嬉しかった。
(20180227/コイズミアヤさんのtwitterより)>
○<企画展『版画の景色』に。
色々素晴らしいです。
安藤忠雄さん 草間彌生さん
アンディーウォーホルさんなど
自分が知っている方々の作品や全く知らない(その道では有名な方々)作品を見れました。
たまに行くと良いものです。
ココロにヨユウを。
機会があれば是非。
(20180227/氷川整体☺︎さいたまさんのtwitterより)>
○<埼玉近美の『版画の景色 現代版画センターの軌跡』展おもしろかったです。春の庭でビールを飲むメカスのセルフポートレイト映像(提供元が本人!)など観れました。今週末には『ウォールデン』の無料上映があるそう🎬コレクション展に小村雪岱もあってお得感ありました
(20180226/idonumaさんのtwitterより)>
○西岡文彦さんの連載エッセイ「現代版画センターという景色」が始まりました(1月24日、2月14日、3月14日の全3回の予定です)。草創期の現代版画センターに参加された西岡さんが3月18日14時半~トークイベント「ウォーホルの版画ができるまでー現代版画センターの軌跡」に講師として登壇されます。
○光嶋裕介さんのエッセイ「身近な芸術としての版画について」(1月28日ブログ)
○荒井由泰さんのエッセイ「版画の景色―現代版画センターの軌跡展を見て」(1月31日ブログ)
○スタッフたちが見た「版画の景色」(2月4日ブログ)
○毎日新聞2月7日夕刊の美術覧で「版画の景色 現代版画センターの軌跡」展が紹介されました。執筆は永田晶子さん、見出しに<「志」追った運動体>とあります。
○倉垣光孝さんと浪漫堂のポスター(2月8日ブログ)
○嶋﨑吉信さんのエッセイ~「紙にインクがのっている」その先のこと(2月12日ブログ)
○大谷省吾さんのエッセイ~「版画の景色-現代版画センターの軌跡」はなぜ必見の展覧会なのか(2月16日ブログ)
○塩野哲也さんの編集思考室シオング発行のWEBマガジン[ Colla:J(コラージ)]2018 2月号が展覧会を取材し、87~95ページにかけて特集しています。
○月刊誌『建築ジャーナル』2018年3月号43ページに特集が組まれ、見出しには<運動体としての版画表現 時代を疾走した「現代版画センター」を検証する>とあります。
○埼玉県立近代美術館の広報誌 ソカロ87号で1983年のウォーホル全国展が紹介されています。
○同じく、同館の広報誌ソカロ88号には栗原敦さん(実践女子大学名誉教授)の特別寄稿「現代版画センター運動の傍らでー運動のはるかな精神について」が掲載されています。
○現代版画センターエディションNo.148 松永伍一・吉原英雄「詩画集 少年」
現代版画センターのエディション作品を展覧会が終了する3月25日まで毎日ご紹介します。
松永伍一 詩・吉原英雄 画『詩画集 少年』
1977年
限定85部
本サイズ:31.2×24.8×1.7cm
*1/85~10/85は吉原英雄の水彩1点と松永伍一の詩篇一葉入り
奥付に、
装丁:池田令子とあります(独身時代の社長です)。
松永伍一「早春譜面」
ちちの愛をはんぶん
ははの愛をはんぶん
体温にもらいうけてぼくが育つ
はさまれているからぼくの蕾がふくらむ
ちちもねむるだけが夜
ははもねむるだけが夜
ぼくはちちに代る<男>を夢みる
ぼくはははの湖をおもう<男>に近づく
はさまれて早春
みそさざいが沼をとぶ朝ぼくの罰は
ははの乳房のうえで
ちちの力失った敵をのぞきこむ
・・・・・・・・・詩画集『少年』より
松永伍一・吉原英雄『詩画集 少年』より吉原英雄
《閉ざされた時間》
松永伍一・吉原英雄『詩画集 少年』より吉原英雄
《マッチング トルソー》
松永伍一・吉原英雄『詩画集 少年』より吉原英雄
《壁にはられたドローイング-レオナルド・ダ・ヴィンチ》
松永伍一・吉原英雄『詩画集 少年』より吉原英雄
《挑戦》
松永伍一・吉原英雄『詩画集 少年』より吉原英雄
《焦燥》
松永伍一・吉原英雄『詩画集 少年』より吉原英雄
《空白のページ》
本日3月3日は松永伍一先生の命日です。
現代版画センターの草創期、美術界に縁のなかった私たちは一面識もない松永伍一先生に手紙を出し助力を請いました。以来、お亡くなりになるまで多くの原稿や講演をお願いしてきました。

1978年9月18日
銀座・ギャラリーミキモトにて
左から綿貫不二夫、松永伍一先生、難波田龍起先生と奥様
難波田先生の銅版画集『街と人』『海辺の詩』発表記念展
私たちが手がけた最初の詩画集が吉原英雄先生との「少年」でした。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。

出品作家45名:靉嘔/安藤忠雄 /飯田善国/磯崎新/一原有徳/アンディ・ウォーホル/内間安瑆/瑛九/大沢昌助/岡本信治郎/小田襄/小野具定/オノサト・トシノブ/柏原えつとむ/加藤清之/加山又造/北川民次/木村光佑/木村茂/木村利三郎/草間彌生/駒井哲郎/島州一/菅井汲/澄川喜一/関根伸夫/高橋雅之/高柳裕/戸張孤雁/難波田龍起/野田哲也/林芳史/藤江民/舟越保武/堀浩哉 /堀内正和/本田眞吾/松本旻/宮脇愛子/ジョナス・メカス/元永定正/柳澤紀子/山口勝弘/吉田克朗/吉原英雄
◆ときの忘れものは「植田正治写真展ー光と陰の世界ーPart Ⅱ」を開催します。

会場1:ときの忘れもの
2018年3月13日[火]―3月31日[土] 11:00-19:00 ※日・月・祝日休廊(但し3月25日[日]は開廊)
昨年5月に開催した「Part I」に続き、1970年代~80年代に制作された大判のカラー作品や新発掘のポラロイド写真など約20点をご覧いただきます。
●書籍・カタログのご案内
『植田正治写真展―光と陰の世界―Part II』図録2018年3月8日刊行
ときの忘れもの 発行
24ページ
B5判変形
図版18点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:岡本一宣デザイン事務所
価格:800円(税込)※送料別途250円

『植田正治写真展―光と陰の世界―Part I』図録
2017年
ときの忘れもの 発行
36ページ
B5判
図版33点
執筆:金子隆一(写真史家)
デザイン:北澤敏彦(DIX-HOUSE)
価格:800円(税込)※送料別途250円
◆frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新天地の駒込界隈についてはWEBマガジン<コラージ12月号>をお読みください。18~24頁にときの忘れものが特集されています。2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
コメント