<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第86回
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街角という言葉があるが、これぞ真正なる街角写真ではないだろうか。
稲妻形をした路地の鉤の手状のところに店が開いている。
売り物は各種の掃除用具であるようだ。
箒、デッキブラシ、たわし、鳥の羽で作られたハタキなどがぶらさがっている。
左手に背板のついた篭が見えるが、これはクズ屋の篭だろう。
この篭を背負って、巨大なピンセットのようなもので道端のゴミを拾って歩くのだ。
横木が三段ついたスツールは、高いところを掃除するための脚立にちがいない。
わずかに軒がでている。
そこに鉄製のバーを横に渡してこれらの商品をぶら下げている。
後の壁には商店の名前が書かれているが、道具のあいだからうっすらと透けて見えるだけで、名前が読めるほど鮮明ではない。
夜にはこれらの売り物をすべて下ろして店内にしまい込むのだろう。
そのときにはじめて何という店か明らかになるのだろう。
店の風貌は、売り物が下っている昼間と、取り込まれた夜とでは激変するはずだ。
閉店していると、その前をとおってもここに店があるとは気がつかないほど、
扉をかたく閉ざして何も語ろうとしない。
ところが朝の開店の時間がくると、性格に異変が起きたように饒舌になる。
扉が開いて中から店主が現れ、売り物を所定の位置にひとつひとつ配するたびに
すっぴんの女性が化粧をほどこすようにどんどん華やかになり、
すべてを掛けおわったときには、入口がどこにあるかわからないほど起伏に満ちた顔になている。
客のほうとしてはこの店内に入るのに多少の勇気を要するかもしれない。
上からものが落ちてくるかもしれないし、中がどうなっているかも見当がつかない。
常連ならいいとしても、はじめての客ならば洞窟のなかに足を踏み入れるように、
頭を低くしておずおずと入っていくのではないだろうか。
ところで、この写真の撮影者はどんな気持ちでこの店を撮ったのだろうか。
最大の関心は、夜間は寡黙におし黙っている店頭を昼間になるとかくも饒舌に彩る売り物たちをくっきりと鮮明にとらえることにあったと思う。
さまざまな形の掃除用具には、用途の必然がもたす凄みがみなぎっている。
機械とちがって人の手が動かすことではじめて命を得る道具たちであり、
使い手の登場を待ってじっと軒下にぶらさがっているさまには威厳があり、
人格のようなものすら感じさせる。
このように、道具たちは生々しい存在感を放っているのに、
通りには人影がなくて犬一匹どころか生き物の気配がまるで感じられない。
これらの道具を買い求めて暮らしに迎え入れる相手が不在なのである。
画面の右端の壁には「24」という数字が小さく写っている。
そこから後にかけて建物の壁が内側にゆがんでいる。
カメラから遠いゆえにレンズの歪みが出てこうなったのだろうが、
それにしても奇妙な歪み方をしている。
「24」の下の入口のところに黒ずんだ染みがあるのも気になる。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●掲載写真のタイトル
《サント・フォア通り24-26番地》
●技法、イメージサイズ
ゼラチン・シルバー・プリント、*ピエール・ガスマンによるプリント
イメージサイズ: 17.5x23.0cm
●作家紹介
ジャン=ウジェーヌ・アジェ Jean-Eugene ATGET
フランスの写真家。1857年フランス南西部のリブルヌに生まれる。両親を亡くし、5~6歳頃に叔父に引きとられる。1879年に音楽家や俳優を養成する学校のコンセルヴァトワールに通うが、兵役のために演劇学校を中退し、地方回りの役者になる。1886年、生涯の伴侶となる女優ヴァランティーヌ・ドラフォスに出会い、旅回りを続ける。1897~1902年の間にヴァランティーヌはラ・ロッシュで公演をするが、アジェは1898年に劇団を解雇される。
一人パリに戻って、画家を目指すが、生活のために写真を撮り始める。初期の頃は、路上で物売りする人々の写真を撮っていたが、20世紀前後のパリの建築物や室内家具などを撮り始める。30年間に約8000枚の写真を残し、作品の多くは、死後発掘公表された。フランス第三共和政下のパリの様子をとどめた貴重な記録であり、都市風景を撮影する手本として評価された。1927年歿。
◆「銀塩写真の魅力 Ⅵ展」
会期:2020年2月19日(水)~3月14日(土)※日・月・祝日休廊
出品:アジェ、奈良原一高、福原信三、瑛九、福田勝治、風間健介、菅原一剛、マン・レイ

こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●期間限定・写真集の販売
「銀塩写真の魅力 Ⅵ展」開催中の2月19日から3月14日までの特別販売書籍をご紹介します。
1)『Daylight | Blue』菅原一剛写真集
68ページ、33.2 x 26.2 cm
出版社:ビー・エヌ・エヌ新社
2013年
言語:日本語、英語
販売価格:6,600円(税込)
菅原一剛が写真家として活動した約28年の作品群を集約した、箱入り2冊(「Daylight」「Blue」)1セットの写真集です。
「Daylight」では2000年代に発表された「Amami」「Komorebi」そして「Tsugaru」を、「Blue」では1990年代に発表された菅原の代表作ともいえる「Norway」「Nara」などの作品を収録。菅原一剛の写真家としての軌跡がわかる、集大成的一冊です。
2)『魅惑のヴェネツィア』奈良原一高写真集
44ページ、29×31cm
1987年
出版社:PPS通信社
著者:奈良原一高、ジョルジユ・デ・マルキス、池田満寿夫、飯沢耕太郎、亀倉雄策 他
価格:3,163円(税込)
奈良原一高がヴェネツィアの夕方から夜にかけての様子を中心に撮影。ヴェネツィアの華やかな装飾を身に着けた人々、夜の静かな街の姿などをとらえた幻想的なカラー写真、モノクロ写真を収録しています。
3)『写真の巨匠アジェ展―ユトリロ,藤田嗣治,マン・レイも魅せられた消えゆくパリの記録』
84ページ、29×31cm
1991年
出版社:PPS通信社
価格:2,613円(税込)
アジェの貴重なヴィンテージ・プリント152点をもとに東京(1991年4月25日ー5月14日)と大阪(1992年1月10日-1月22日)で開催された展覧会にあわせて発行されました。
4)『写真の世紀展 写真家が見た20世紀』
160ページ、30cm×23cm
2000年
出版社:PPS通信社
執筆者:平木収監修
価格:2,750円(税込)
ウジェーヌ・アジェ、ジャック=アンリ・ラルティーグ、アルフレッド・スティーグリッツ他 図版200点を収録。
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
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◎昨日読まれたブログ(archive)/2016年08月21日|津田青楓『盲亀半生記』
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●ときの忘れもののブログでは下記の皆さんのエッセイを連載しています。
・ 大竹昭子のエッセイ「迷走写真館~一枚の写真に目を凝らす」は毎月1日の更新です。
・ 小松崎拓男のエッセイ「松本竣介研究ノート」は毎月3日の更新です。
・ 小国貴司のエッセイ「かけだし本屋・駒込日記」は毎月5日の更新です。
・ 佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
・ 杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」は毎月10日の更新です。
・ 橋本啓子のエッセイ「倉俣史朗の宇宙」は隔月・奇数月12日の更新です。
・ 花田佳明のエッセイ「建築家・松村正恒研究と日土小学校の保存再生をめぐる個人的小史」は毎月14日の更新です。
・ 野口琢郎のエッセイ「京都西陣から」は毎月15日の更新です。
・宮森敬子のエッセイ「ゆらぎの中で」は毎月17日の更新です。
・ 王聖美のエッセイ「気の向くままに展覧会逍遥」は隔月・偶数月18日の更新です。
・ 柳正彦のエッセイ「アートと本、アートの本、アートな本、の話し」は隔月・偶数月20日の更新です。
・ 中村惠一のエッセイ「美術・北の国から」は毎月22日の更新です。
・ 土渕信彦のエッセイ「瀧口修造の本」は毎月23日の更新です。
・ 尾崎森平のエッセイ「長いこんにちは」は毎月25日の更新です。
・ スタッフSの海外ネットサーフィンは毎月26日の更新です。
・ 植田実のエッセイ「本との関係」は毎月29日の更新です。
*2019年12月30日のブログに昨年執筆された方をご紹介しています。
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
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営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
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この篭を背負って、巨大なピンセットのようなもので道端のゴミを拾って歩くのだ。
横木が三段ついたスツールは、高いところを掃除するための脚立にちがいない。
わずかに軒がでている。
そこに鉄製のバーを横に渡してこれらの商品をぶら下げている。
後の壁には商店の名前が書かれているが、道具のあいだからうっすらと透けて見えるだけで、名前が読めるほど鮮明ではない。
夜にはこれらの売り物をすべて下ろして店内にしまい込むのだろう。
そのときにはじめて何という店か明らかになるのだろう。
店の風貌は、売り物が下っている昼間と、取り込まれた夜とでは激変するはずだ。
閉店していると、その前をとおってもここに店があるとは気がつかないほど、
扉をかたく閉ざして何も語ろうとしない。
ところが朝の開店の時間がくると、性格に異変が起きたように饒舌になる。
扉が開いて中から店主が現れ、売り物を所定の位置にひとつひとつ配するたびに
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客のほうとしてはこの店内に入るのに多少の勇気を要するかもしれない。
上からものが落ちてくるかもしれないし、中がどうなっているかも見当がつかない。
常連ならいいとしても、はじめての客ならば洞窟のなかに足を踏み入れるように、
頭を低くしておずおずと入っていくのではないだろうか。
ところで、この写真の撮影者はどんな気持ちでこの店を撮ったのだろうか。
最大の関心は、夜間は寡黙におし黙っている店頭を昼間になるとかくも饒舌に彩る売り物たちをくっきりと鮮明にとらえることにあったと思う。
さまざまな形の掃除用具には、用途の必然がもたす凄みがみなぎっている。
機械とちがって人の手が動かすことではじめて命を得る道具たちであり、
使い手の登場を待ってじっと軒下にぶらさがっているさまには威厳があり、
人格のようなものすら感じさせる。
このように、道具たちは生々しい存在感を放っているのに、
通りには人影がなくて犬一匹どころか生き物の気配がまるで感じられない。
これらの道具を買い求めて暮らしに迎え入れる相手が不在なのである。
画面の右端の壁には「24」という数字が小さく写っている。
そこから後にかけて建物の壁が内側にゆがんでいる。
カメラから遠いゆえにレンズの歪みが出てこうなったのだろうが、
それにしても奇妙な歪み方をしている。
「24」の下の入口のところに黒ずんだ染みがあるのも気になる。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●掲載写真のタイトル
《サント・フォア通り24-26番地》
●技法、イメージサイズ
ゼラチン・シルバー・プリント、*ピエール・ガスマンによるプリント
イメージサイズ: 17.5x23.0cm
●作家紹介
ジャン=ウジェーヌ・アジェ Jean-Eugene ATGET
フランスの写真家。1857年フランス南西部のリブルヌに生まれる。両親を亡くし、5~6歳頃に叔父に引きとられる。1879年に音楽家や俳優を養成する学校のコンセルヴァトワールに通うが、兵役のために演劇学校を中退し、地方回りの役者になる。1886年、生涯の伴侶となる女優ヴァランティーヌ・ドラフォスに出会い、旅回りを続ける。1897~1902年の間にヴァランティーヌはラ・ロッシュで公演をするが、アジェは1898年に劇団を解雇される。
一人パリに戻って、画家を目指すが、生活のために写真を撮り始める。初期の頃は、路上で物売りする人々の写真を撮っていたが、20世紀前後のパリの建築物や室内家具などを撮り始める。30年間に約8000枚の写真を残し、作品の多くは、死後発掘公表された。フランス第三共和政下のパリの様子をとどめた貴重な記録であり、都市風景を撮影する手本として評価された。1927年歿。
◆「銀塩写真の魅力 Ⅵ展」
会期:2020年2月19日(水)~3月14日(土)※日・月・祝日休廊
出品:アジェ、奈良原一高、福原信三、瑛九、福田勝治、風間健介、菅原一剛、マン・レイ

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●期間限定・写真集の販売
「銀塩写真の魅力 Ⅵ展」開催中の2月19日から3月14日までの特別販売書籍をご紹介します。
1)『Daylight | Blue』菅原一剛写真集
68ページ、33.2 x 26.2 cm出版社:ビー・エヌ・エヌ新社
2013年
言語:日本語、英語
販売価格:6,600円(税込)
菅原一剛が写真家として活動した約28年の作品群を集約した、箱入り2冊(「Daylight」「Blue」)1セットの写真集です。
「Daylight」では2000年代に発表された「Amami」「Komorebi」そして「Tsugaru」を、「Blue」では1990年代に発表された菅原の代表作ともいえる「Norway」「Nara」などの作品を収録。菅原一剛の写真家としての軌跡がわかる、集大成的一冊です。
2)『魅惑のヴェネツィア』奈良原一高写真集
44ページ、29×31cm1987年
出版社:PPS通信社
著者:奈良原一高、ジョルジユ・デ・マルキス、池田満寿夫、飯沢耕太郎、亀倉雄策 他
価格:3,163円(税込)
奈良原一高がヴェネツィアの夕方から夜にかけての様子を中心に撮影。ヴェネツィアの華やかな装飾を身に着けた人々、夜の静かな街の姿などをとらえた幻想的なカラー写真、モノクロ写真を収録しています。
3)『写真の巨匠アジェ展―ユトリロ,藤田嗣治,マン・レイも魅せられた消えゆくパリの記録』
84ページ、29×31cm1991年
出版社:PPS通信社
価格:2,613円(税込)
アジェの貴重なヴィンテージ・プリント152点をもとに東京(1991年4月25日ー5月14日)と大阪(1992年1月10日-1月22日)で開催された展覧会にあわせて発行されました。
4)『写真の世紀展 写真家が見た20世紀』
160ページ、30cm×23cm2000年
出版社:PPS通信社
執筆者:平木収監修
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