レビュー「倉俣史朗のデザイン――記憶のなかの小宇宙」京都展

橋本啓子


「おかえりなさい、倉俣さん」。神宮道から美術館に向かう道すがら、左手にみえる川縁の《硝子の椅子》の看板がそう言っているように見える。実に四半世紀ぶりの京都国立近代美術館での倉俣展だ。

01_0405更新

前回は、東京の原美術館を皮切りに世界巡回した回顧展「倉俣史朗の世界 Shiro Kuramata 1934-1991」の最終会場として1999年に開催された。今回もまた、昨年11月に東京の世田谷美術館で幕を開け、本年2月に富山県美術館を巡回した「倉俣史朗のデザイン――記憶のなかの小宇宙」展の最終会場である。1999年の展覧会は1階のカフェの向こう側にあるロビーで開催されたと聞いたが、今回は3階の企画展示室が会場だという。「どんな展示になるのだろう」。想像がつくような、つかないような、そんな複雑な気持ちを抱きながら、期待に胸を弾ませて階段を上り、3階の会場入り口に立ってあっと驚いた―全部、黒なのだ。

全部、黒、という表現は語弊があるかもしれない。正確に言うと、展示壁がすべて黒く塗り込められている。床も黒っぽい。倉俣の家具はこの黒い空間に照明の光を受けて点在する。誰かが「倉俣さんの家具の官能的な部分が出ていますね」と呟いた。確かにそうだ。建築家の西澤徹夫氏の手になる「黒」の会場は、倉俣の家具の知られざる一面を浮き彫りにした感がある。

たとえば、《プラスチックの家具 洋服ダンス》(1968)は、黒い台座と床に自らの影をくっきりと落としている。まるで、我こそが主役であると言わんばかりに。この影に、倉俣のインテリアの傑作のひとつ《カッサドール》(1967)の文字通り「影」の主役だった高松次郎の壁画を重ね合わせたのは筆者だけだろうか。

さらに、《01チェアー》(1979)と《01テーブル》(1979)のスチールパイプに施されたクロームメッキが、今まで見たこともないようなギラギラするような輝きを放つ。この椅子とテーブルが世田谷美術館の外光の入る柔らかな空気に満ちたアールのある空間にあったときは、空中に描かれたドローイングのようなその姿に不思議と心が落ち着き、幸せな気分になった。しかし、ここではまったく違う。黒い展示室であらわになったギラギラとした輝きは、おそらくこれらの家具が密かに持っていたもうひとつの「表情」なのだ。倉俣は家具や素材が持つ「表情」にこだわった。倉俣がクロームメッキを愛したのは、それがこのように多様な「表情」を持つことを知っていたからだろう。

同様に《椅子の椅子》(1984)も、これまで筆者は黒い椅子に黄色い椅子が腰かけているという造形的なトリック効果のみに注目していたのだが、ここでは、黒い椅子のボンスエード塗装がラメのように瞬く。これを見て、東京・乃木坂のバー《ルッキーノ》(1987)のアルミの粉を吹いた壁を思い出した。倉俣は著書『未現像の風景 記憶・夢・かたち』(住まいの図書館出版局、1991)でも記しているようにきらきらしたものが好きだった。彼は《ハウ・ハイ・ザ・ムーン》(1986)のニッケルメッキやクロームメッキの煌めきを、子どもの頃に好きだった「天気雨」の雨粒のそれに例えている。しかし、この黒い展示室でボンスエード塗装が放つラメのような煌めきがわれわれをいざなうのは、きらきらとした天気雨を浴びて家に帰った子供時代ではなく、地下に降りていく《ルッキーノ》の夜の世界なのである。

06_椅子の椅子
倉俣史朗《椅子の椅子》 1984年 富山県美術館蔵 撮影:柳原良平 ©Kuramata Design Office

柔らかな陽光の中の煌めきと夜の空間のギラギラとした輝き――そのどれもが倉俣である。《硝子の椅子》(1976)と《カビネ・ド・キュリオジテ》(1989)も今回の展示ではまったく違うものに見えた。《硝子の椅子》は黒をバックにガラスの青色のエッジが際立ち、椅子の青い輪郭線がくっきりと浮かび上がる。空中に描かれた青のドローイングと化した《硝子の椅子》を見て、筆者は「ふたたび」倉俣が、《硝子の椅子》について述べた文章で、「音色」という言葉が好きだと述べたことを思い出した。

「日本の言葉に音色というのがある。ぼくのもっとも好きな言葉である。透明な音の世界に色を見、感じるそのことにいちばん魅せられ、視覚的に確認できる安心さと、透いものから色を感じ、色を想う。このふたつの欲深な色の世界にイマージュする(『ジャパン・インテリア』1977年4月号)」。

筆者が「ふたたび」この文章を思い出したというのは、冒頭に挙げた今回の展覧会の《硝子の椅子》の看板を見たときにもこの文章を思い出したからである。そう、透明なガラスが周囲の色を映し出す《硝子の椅子》は、太陽の光があふれる緑の中に置かれたときにもっとも美しい「音色」を奏でるのだ、と思いながら、看板を見ていた。しかし、黒い空間に置かれた《硝子の椅子》は、怪しく青い、発光する線となって筆者を魅了したのである。これもまた《硝子の椅子》が奏でる「音色」に違いなく、今回初めてそれを体験した。《カビネ・ド・キュリオジテ》もやはり、陽光の中に置かれる家具のイメージがあったが、いつものピンクとブルーの世界が、オレンジや緑の世界に変容したようにみえる。黒の背景と照明の効果に拠るものだろうが、その色彩はやはり《ルッキーノ》や《コンブレ》(静岡、1988)のような倉俣のレストランやバーのインテリアを想起させる。

04_硝子の椅子トリミング
倉俣史朗《硝子の椅子》 1976年 京都国立近代美術館蔵 撮影:渞忠之 © Kuramata Design Office

そういう意味では、今回の「黒」の背景の演出は、倉俣の家具・プロダクトが与える印象から、彼のインテリア空間を想像させる役割を果たしたかもしれない。現物が展示できないインテリアの展示は難しく、ゆえにどうしても家具とプロダクトの展示がデザイナーの個展では中心になるが、埼玉県立近代美術館が企画、2013年に同館で開催された「浮遊するデザイン――倉俣史朗とともに」展は、倉俣のインテリア作例を軸として構成された秀逸な展覧会だった。確かに倉俣の作例はインテリアが400点以上、家具が150点以上、照明器具やプロダクト、小物などが70点以上と圧倒的にインテリアが多いから、彼の軌跡をたどる展覧会ではインテリアを無視することはできない。埼玉と同様、今回の展示でもインテリアは壁面に静止画で展示されており、熱心にそれを見る観客が多かったが、黒い空間に展示されたプロダクトの輝きや色は確かに静止画の中の空間の雰囲気を伝えたのではないだろうか。

今回の巡回展ではまた多数の図面やドローイング、スケッチブックも展示されたほか、愛書、レコードなど、倉俣の人となりや文化的嗜好を伝える資料の展示も充実していた。会場構成も3会場それぞれの展示空間の雰囲気を活かした三者三様の展示であり、世田谷美術館のグレーがかった空間は倉俣の家具の純粋で、どこかに切なさが漂う繊細な感覚と見事にマッチしており、インテリアデザイナーの五十嵐久枝が会場構成を行った富山県美術館は、スターピースのテラゾーの床を紙吹雪で再現した。大量の紙吹雪は美術館のボランティアの手でつくられたという。これを見て筆者は、テラゾーを紙に変換させた発想にひたすら感心すると同時に、倉俣がアクリルのカプセルの中に時計盤を入れたデザインの発想源として、お祭りで見かける紙吹雪を入れた風船(現在、そのような風船を見かけることはないが、1980年頃まではよく見られた)に言及していたことを思い出した(『ジャパン・インテリア』1981年12月号)」。そして、今回の京都国立近代美術館の思いがけない「黒」の空間である。あらためて倉俣の異なる表情をいくつも見せてくれた3館に拍手を送りたい。知らなかった倉俣さんに出会わせてくれて、本当にありがとう。

12_倉俣史朗_撮影:小川隆之
倉俣史朗 1990年 撮影:小川隆之 ©Kuramata Design Office

橋本啓子
近畿大学建築学部教授。東京都現代美術館、兵庫県立近代美術館学芸員を務めた後、2009年神戸大学大学院総合人間科学研究科博士後期課程修了。2011年神戸学院大学人文学部講師、2016年近畿大学建築学部講師・准教授を経て、現職。専門は倉俣史朗を中心とする現代デザイン。主著にSudjic, D. Shiro Kuramata. London: Phaidon Press, 2013(Book 2: Catalogue of Works全執筆)、Edwards, Clive ed. The Bloomsbury Encyclopedia of Design. London: Bloomsbury Academic, 2016. Atlas of Furniture Design. Weil am Rhein, Germany: Vitra Design Museum, 2019. Fujita, H. et al ed. Encyclopedia of East Asian Design. London: Bloomsbury Visual Arts, 2020.(いずれも分担執筆)

●「倉俣史朗のデザインー記憶の中の小宇宙
会期:2024年6月11日~8月18日
会場:京都国立近代美術館

■倉俣史朗 Shiro KURAMATA
1960年代後半から革新的な作品を発表した世界的デザイナー。アクリル、グラス、アルミニウム、スチールメッシュを多用した作品が多い。
1934年、東京都生まれ。東京都立工芸高等学校木材科で学び、1953年から帝国器材に勤める。1953年から56年まで桑沢デザイン研究所リビングデザイン科で学び、1957年に三愛の宣伝課に就職、ウィンドウディスプレイなどのデザインを手掛ける。1965年クラマタデザイン事務所を設立。1967年、横尾忠則らとコラボレーションしたインテリアデザインなどで脚光を浴びる。

このころから、彼が生涯にわたって好んだアクリル素材を用いて、日常の空間に無重力を作り出したような、透明で浮遊感のある作品を生み出していく。
1970年"Furniture in Irregular Forms"シリーズで世界に広く認知される。1972年毎日デザイン賞を受賞。1981年エットレ・ソットサス Jr.らによるイタリアンデザインの新しいムーブメントであるメンフィス(Menphis)の展示会に磯崎新マイケル・グレイブスらと共に参加。1990年フランス文化省芸術文化勲章を受勲。
1991年、急性心不全のため死去。享年56。

ときの忘れものは、倉俣美恵子夫人と植田実先生の監修により、シルクスクリーンによる版画集「倉俣史朗 Shiro Kuramata Cahier 」を刊行中です。
第1集第2集第3集に続き、ただいま第4集の刊行を目前にしています。

倉俣史朗 Shiro Kuramata Cahier 4
A版 シルクスクリーン 10点組/44万円(税込)
B版 《68.ミス ブランチ(1988)》入り11点組/55万円(税込)
監修 倉俣美恵子
   植田実(住まいの図書館出版局編集長)
製作 2024年
技法 シルクスクリーン
用紙 ベランアルシュ紙
用紙サイズ 37.5×48.0cm
シルクスクリーン刷り 石田了一工房・石田了一
たとう製作 小林薫
編集 綿貫不二夫、尾立麗子
限定 35部(1/35~35/35)、
《68.ミス ブランチ(1988)》のみ75部
(1集に35部[1~35]、4集に10部[46~55]まで挿入)
発行 ときの忘れもの

4集_50_ハウ ハイ ザ ムーン(1986)
50. ハウ ハイ ザ ムーン(1986) 50. HOW HIGH THE MOON(1986) 3版3色4度刷り 20.0×28.0cm

4集_54_ハウ ハイ ザ ムーン(1986)
54. ハウ ハイ ザ ムーン(1986)54. HOW HIGH THE MOON(1986) 2版3色3度刷り 11.5×21.5cm

4集_64_裏返しの肖像 (1987)
64. 裏返しの肖像 (1987 ) 64. PORTRAIT INSIDE OUT(1987) 2版3色3度刷り 18.5×14.0cm

4集_67_シドニー(1988)
67. シドニー(1988) 67. SYDNEY(1988) 2版3色3度刷り 21.0×18.0cm

4集_86_スパイラル(1990)
86. スパイラル(1990) 86. SPIRAL(1990) 10版9色10度刷り 22.0×30.0cm

4集_93_ラピュタ(1991)
93. ラピュタ(1991) 93. LAPUTA(1991) 3版3色4度刷り 25.0×17.0cm

4集_138_キャビネット
138. キャビネット 138. Cabinet 2版3色3度刷り 12.0×29.0cm

4集_142_テーブルと引き出しダンス
142. テーブルと引き出しダンス 142. Table and chest of drawers 35版34色35度刷り 20.0×27.0cm

4集_143_座がおしりになっているスツール
143. 座がおしりになっているスツール 143. Stool with a buttock shaped seat 2版3色3度刷り 15.5×26.0cm

4集_145_チェアー
145. チェアー 145. Chair 2版3色3度刷り 13.5×25.5cm

B版(限定35部中10部)にのみ挿入(11点組)
1-08 (1)
68 ミス ブランチ(1988) 
25.0×32.0cm 15版 13色 15度刷り
MISS BLANCHE(1988)


●本日のお勧め作品は倉俣史朗です。
kuramata-14_vase1 (1)"Flower Vase #1301"(ブルー)
アクリル、アルミパイプ カラーアルマイト、ガラス管
W8.0×D8.0×H22.0cm
撮影:桜井ただひさ
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。

●ときの忘れものの取り扱い作家たちの展覧会情報(7月ー8月)は7月1日ブログに掲載しました。
●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
photo (15)〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS ときの忘れもの
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531 
E-mail:info@tokinowasuremono.com 
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。

倉俣史朗展 鏡と階段倉俣史朗「」と「Revolving Cabinet