2026.1.31

恩地孝四郎展、本日最終日です/五十殿利治、桑原規子、植田実、針生一郎のエッセイ

たった三日間だけの「恩地孝四郎展」、それも20点ほどの小展です。
恩地孝四郎の有数のコレクターである福井のAさん旧蔵作品(全体のほんの一部)です。
希少な自摺り作品数点が国内で公開されずに海外に行ってしまうのはいかにも無念と思い、
案内状も無し、メールの告知だけで開催した次第です。
快くOKしてくださったアメリカ人コレクター氏にはただただ感謝あるのみ。
スタッフが驚くほどのたくさんのお客様がこの寒空の中、来場されています。
ありがたいことに、皆さんがSNSで拡散してくださったおかげでしょう。
画商冥利につきます。
出品作品の詳細は昨日1月30日ブログに掲載しました。

「恩地孝四郎展」
会期=2026年1月29日(木)~1月31日(土)11:00~19:00

●ブログなどに掲載させていただいた研究者の皆さんのエッセイをお読みください。

五十殿利治2013年06月27日  恩地孝四郎 ― [芸術]の時代の[芸術家]
  「岸田[劉生]君は病んでゐる。貧さに私と変りないことをきく、そして子のあることも変りない。そしてあの立派な仕事を仕上げてゐる。(略)私は画家だ、画家として生きることにのみ私の生活があるのだ。他のすべてを捨てろ。」(恩地孝四郎「愚人日記」1917年9月16日*)
近代版画の展開に多大な貢献を果たした恩地孝四郎はみずからを「ディレッタント」(芸術愛好家)と呼んだ。その裏側には「芸術」への熱い思い、あるいは「芸術」や「芸術家」への錯綜したコンプレックスのようなものがあったようにみえる。(以下略)

恩地孝四郎「水浴」
1929年 カラー木版(作家自摺り)
Image size : 21.4×14.8cm

 

桑原規子2012年10月09日  『恩地孝四郎研究 版画のモダニズム』著者からのメッセージ
  恩地孝四郎(1891-1955)は、美術界では日本の抽象画のパイオニア、近代版画運動を推進した版画家として知られる。また、その活動は版画に留まらず、本の装幀から詩歌、写真、舞台美術と多彩なジャンルに及んでいる。
 私がこの作家の存在を知ったのは、約30年前、版画家由木礼氏に出会ったのがきっかけだった。当時、卒論のテーマを何にするか悩んでいた私に由木氏は、恩地孝四郎という版画家がいることを教えてくださった。現在では、町田市立国際版画美術館ができて活発な活動を行っている。しかし、当時の大学には日本近代美術史の講座はほとんどなく、ましてやその中でもマイナー・アートといえる版画史の授業など皆無の状況だった。(以下略)

恩地孝四郎「リリックNo.9 はるかな希い(ねがい)Distant Hope」
1950年 多色木版(作家自摺り)
Image size: 32.0×23.0cm
限定20部程度(一木集Ⅵより)

 

植田実/2013年7月7日    美術展のおこぼれ/恩地孝四郎展」
  木版が中心なのは当然だが、素描、水彩、オフセットも各1点ずつ、あわせて20点足らずという規模なのに、1910年代、20年代、30年代、40年代にわたる制作年のスケールが張り渡され、作品傾向も多角で、見始めるときりがない。何度もくりかえし見てまわることになる。
 けれども恩地孝四郎という人について、その生涯の作品展開を時代を追ってたどってみたり、時代と作品傾向との関係を意識したりすることは、私はじつはこれまで一度もなかった。(以下略)

恩地孝四郎「黒葡萄切子鉢」
1931年 多色木版(作家自摺り) 
Image size: 14.5×26.0cm
スタンプサインあり

 

針生一郎/『版画センターニュース』1979年3月号(45号)   現代日本版画家群像 第1回 恩地孝四郎と長谷川潔
  晩年の恩地孝四郎を、わたしはアートクラブの会合などで時折みかけたが、これがあの心ひかれる抽象版画の作者か、と思いながら遠望していただけだった。彼の死後、当時「日本読書新聞」にいて、いま「週刊読書人」に移っている長岡光郎が、恩地の女婿にあたると打明け、恩地の長男の画家邦郎の家にわたしを誘ったことがある。いってみると、当時わたしが住んでいた荻窪のすぐ近くで、多くの美術家がサロンのように集まった恩地の生前、なぜ訪れなかったかと悔やまれた。(以下略)

恩地孝四郎「白い花」
1943年 カラー木版(作家自摺り)
Image Size:37.0×26.0cm


荒井由泰2019年5月16日  東京都現代美術館「百年の編み手たち」を見に行こう!
  アート好きの知人から「東京都現代美術館に行ったら、荒井さんの好きな作家の作品がたくさん並んでましたよ」との声に後押しされ、上京時に時間を見つけて、リニューアルされた美術館に足を運んだ。ずいぶん久しぶりの東京都現代美術館であった。
(中略)
企画展は1章「はじまりとしての1914年」から始まる。最初の部屋には有島生馬「鬼」(油彩)、石井柏亭「木場」(木版)に加え、恩地孝四郎・藤森静雄・田中恭吉が創刊した詩画集「月映(つくはえ)」の公刊(限定200部)・全7冊がアクリルケースに収められていた。創作版画の金字塔であり、私がこよなく愛する「月映」と対面してまずは固まった。(以下略)

恩地孝四郎『月映』 I より 私輯、夜
1914年 木版(作家自摺り)
Image size: 20.5×13.8cm


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*蛇足になりますが、画廊亭主の駄文もお時間があったらお読みください。

・綿貫不二夫/2011年07月27日    恩地孝四郎の平井摺りについて
  恩地孝四郎の自摺り作品の大きなものはほとんど一般の市場には流通していません。海外のオークションなどでたまに出ると、1千万円を越す高額落札も珍しくありません。国内で比較的入手しやすいのが、所謂<後摺り(後刷り)>作品です。
中でも良く知られているのが<平井摺り>と言われるものです。(以下略)
恩地文字平井シール

・綿貫不二夫/2016年01月20日  東京国立近代美術館で恩地孝四郎展はじまる 
  今日、近美に行ってきました。
呆然としました。
会場が閑散としていたのは残念でしたが、展示はすばらしいの一言で、生きている間にこれだけのボリュームのある展覧会を見られるとは夢にも思っていませんでした。
桑原規子さんの著書などから、アメリカのいくつかのコレクションには日本にはない大作が多数あることは想像してはいましたが、実際にそれを目にするまでは恥ずかしながら、恩地の到達点が理解できませんでした。(以下略)

恩地孝四郎「壺 Vase」
1929年 多色木版(作家自摺り)
Image size: 21.0×15.0cm
*20部頒布


・綿貫不二夫/1995年3月『資生堂ギャラリー七十五年史 1919~1994』  恩地孝四郎と創作版画運動
  1994(平成 6)年秋、恩地の本格的な回顧展が横浜美術館で開催されたが、初期から晩期にいたる版画作品をはじめ、本の装丁、オブジェ、写真作品などを網羅して、この画家の才能がいかに時代に先駆けていたかを改めて再認識させる好企画であった。田中恭吉、藤森静雄との同人誌『月映』の中のカンディンスキーの影響を受けて制作された、繊細でシャープな抽象作品は、創作版画のみならず日本における抽象表現の先駆として高く評価される。(以下略)

恩地孝四郎「Composition」
1953年 リトグラフ
Image size: 44.0×28.0cm
Sheet size: 51.0×39.5cm
Ed.20 自筆サインあり

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●ときの忘れものの建築空間についてはWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。
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外観

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