白い和紙の話
「こんなに白い紙ばっかりの店で、三か月ももつのかいな」。開店の日に店をおとずれた文化庁の先生に、こう言われたという。これは、1994年に文化出版局から発行された「季刊銀花」No.98夏の号に掲載された、紙舗直(しほ・なお)の店主、坂本直昭氏の記事「紙屋十年 和紙巡礼」の中のエピソードである。私が初めて「紙舗直」という店を知ったのも、この記事によってだった。前回のブログで自分で作る装飾紙を話題にしたが、紙舗直の修復用和紙には、修復や製本自体でも勿論お世話になっており、今回は数ある和紙店の中でも特色あるこのお店を、ご紹介したいと思う。
記事が書かれた時点で開店からすでに十年、現在では三十年以上営業を続けているということで、今や立派な老舗と言えるかもしれないが、それ以上の歴史がある他の和紙店と大きく違うことがある。
修復用の白い和紙と色ものの和紙の棚
(画像提供:紙舗直)

文頭に記した「白い紙」のエピソードにあるように、紙舗直の特徴は白い和紙の比重が大きいということにあるかもしれない。だが、実際は色ものの和紙も扱っているし、坂本氏が自ら作っている手染め紙も扱っている。それでは他の和紙店との違いはなにかと言えば、修復用の白い和紙を買い手がいつでも安定して使える状態で販売するシステムを確立したことにある。具体的に言えば、従来の和紙店では、それぞれの和紙を生産地・原料・用途などに応じた呼び名(たとえば、近江雁皮紙、吉野紙、石州半紙など)で売っているのに対し、紙舗直ではまず、原料と番号の組み合わせをデータのもととした。そして価格表では寸法や価格、 (紙の場合に必要な) 厚さだけでなく、原料(楮、雁皮、三椏)・煮熟(しゃじゅく・不純物をできるだけ取り除くために、アルカリ性溶液を入れて煮ること)に使う溶液の種類・乾燥方法、さらに中性値についてのデータを記載している。また、サイジング(にじみ止め)についても、項目を設けて説明している。
海外向け価格表
この記事を書くにあたり、改めて銀花の記事を読み直した。その中で、高知県の四万十川沿いの村に芝さんという方をたずねるくだりがある。そこで漉かれていた十川泉貨紙を仕入れるにあたり「店の紙の基点となるべく、商品番号は楮の一番とした。」とあった。価格表を見ると、番号は通しになっておらず、欠番もある。また番号と紙の厚みは一致しない(小さい番号ほど紙が薄い、ということではない)。これは今販売できる和紙の仕入れ先を表しているということである。記事と価格表から見えたものは、坂本さんが和紙の生産地を訪ね歩き、作り手と対話を重ねてきた歴史であり、和紙に対する愛情である。その一方で、修復用和紙に必要なデータを(恐らく)主な買い手である修復関係者に提示したという、和紙の新しい売り方とその姿勢がある。
坂本さんは店に常駐されてはおらず、国内の何カ所かにある作業場で紙を染めているらしい。お店には週一回くらい顔を出すと、スタッフの方がおっしゃっていた。修復用の白い和紙の話を中心に書いたが、この手染め紙もまた素晴らしいもので、小ぶりのものから壁掛けになるくらいの大きさのものまで扱っている。
手染め紙
(画像提供:紙舗直)
修復には縁がなくても、機会があっったら是非、一度おたずねください。坂本さんが全幅の信頼を置いているであろう、長年お店を切り盛りするスタッフの方々が暖かく迎えてくれる筈です。
スタッフルームへの出入り口
(画像提供:紙舗直)
(文:平まどか)

●作品紹介~平まどか制作




「写真ノート」
大辻清司著
1989年 美術出版社刊
・ブラデル製本
・山羊半革装 手染め紙装飾
・手染め見返し
・タイトル箔押し:中村美奈子
・制作年 2016年
・215x160x27mm
*大辻清司氏は、ご存知の方も多いと思うが、瀧口修造の実験工房に参加していた。また、筑波大学や桑沢デザイン研究所で永らく、教鞭をとった。
私にとっての写真は、黒白銀塩写真。その黒は、光が銀に閉じ込められた美しさ。
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本
●本日のお勧め作品は、日和崎尊夫です。
日和崎尊夫
「海渕の薔薇」
1972年
木口木版
32.3×18.3cm
Ed.30
サインあり
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
●本日の瑛九情報!
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先日は瑛九の最初期の抽象作品(1935年)をご紹介しましたが、それから6年後、具象的な作品を描いています。
抽象から具象へ、そして再び抽象へ。画家の歩みは試行錯誤の連続でした。

瑛九「逓信博物館 A」
1941年 油彩
46.0×61.1cm
*「瑛九作品集」(日本経済新聞社)42頁所載
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
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<瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で開催されています(11月22日~2017年2月12日)。外野応援団のときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。
◆frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
「こんなに白い紙ばっかりの店で、三か月ももつのかいな」。開店の日に店をおとずれた文化庁の先生に、こう言われたという。これは、1994年に文化出版局から発行された「季刊銀花」No.98夏の号に掲載された、紙舗直(しほ・なお)の店主、坂本直昭氏の記事「紙屋十年 和紙巡礼」の中のエピソードである。私が初めて「紙舗直」という店を知ったのも、この記事によってだった。前回のブログで自分で作る装飾紙を話題にしたが、紙舗直の修復用和紙には、修復や製本自体でも勿論お世話になっており、今回は数ある和紙店の中でも特色あるこのお店を、ご紹介したいと思う。
記事が書かれた時点で開店からすでに十年、現在では三十年以上営業を続けているということで、今や立派な老舗と言えるかもしれないが、それ以上の歴史がある他の和紙店と大きく違うことがある。
修復用の白い和紙と色ものの和紙の棚(画像提供:紙舗直)

文頭に記した「白い紙」のエピソードにあるように、紙舗直の特徴は白い和紙の比重が大きいということにあるかもしれない。だが、実際は色ものの和紙も扱っているし、坂本氏が自ら作っている手染め紙も扱っている。それでは他の和紙店との違いはなにかと言えば、修復用の白い和紙を買い手がいつでも安定して使える状態で販売するシステムを確立したことにある。具体的に言えば、従来の和紙店では、それぞれの和紙を生産地・原料・用途などに応じた呼び名(たとえば、近江雁皮紙、吉野紙、石州半紙など)で売っているのに対し、紙舗直ではまず、原料と番号の組み合わせをデータのもととした。そして価格表では寸法や価格、 (紙の場合に必要な) 厚さだけでなく、原料(楮、雁皮、三椏)・煮熟(しゃじゅく・不純物をできるだけ取り除くために、アルカリ性溶液を入れて煮ること)に使う溶液の種類・乾燥方法、さらに中性値についてのデータを記載している。また、サイジング(にじみ止め)についても、項目を設けて説明している。
海外向け価格表この記事を書くにあたり、改めて銀花の記事を読み直した。その中で、高知県の四万十川沿いの村に芝さんという方をたずねるくだりがある。そこで漉かれていた十川泉貨紙を仕入れるにあたり「店の紙の基点となるべく、商品番号は楮の一番とした。」とあった。価格表を見ると、番号は通しになっておらず、欠番もある。また番号と紙の厚みは一致しない(小さい番号ほど紙が薄い、ということではない)。これは今販売できる和紙の仕入れ先を表しているということである。記事と価格表から見えたものは、坂本さんが和紙の生産地を訪ね歩き、作り手と対話を重ねてきた歴史であり、和紙に対する愛情である。その一方で、修復用和紙に必要なデータを(恐らく)主な買い手である修復関係者に提示したという、和紙の新しい売り方とその姿勢がある。
坂本さんは店に常駐されてはおらず、国内の何カ所かにある作業場で紙を染めているらしい。お店には週一回くらい顔を出すと、スタッフの方がおっしゃっていた。修復用の白い和紙の話を中心に書いたが、この手染め紙もまた素晴らしいもので、小ぶりのものから壁掛けになるくらいの大きさのものまで扱っている。
手染め紙(画像提供:紙舗直)
修復には縁がなくても、機会があっったら是非、一度おたずねください。坂本さんが全幅の信頼を置いているであろう、長年お店を切り盛りするスタッフの方々が暖かく迎えてくれる筈です。
スタッフルームへの出入り口(画像提供:紙舗直)
(文:平まどか)

●作品紹介~平まどか制作




「写真ノート」
大辻清司著
1989年 美術出版社刊
・ブラデル製本
・山羊半革装 手染め紙装飾
・手染め見返し
・タイトル箔押し:中村美奈子
・制作年 2016年
・215x160x27mm
*大辻清司氏は、ご存知の方も多いと思うが、瀧口修造の実験工房に参加していた。また、筑波大学や桑沢デザイン研究所で永らく、教鞭をとった。
私にとっての写真は、黒白銀塩写真。その黒は、光が銀に閉じ込められた美しさ。
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※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。
本の名称
(1)天(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)
額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。
角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。
シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。
スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。
総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。
デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。
二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。
パーチメント
羊皮紙の英語表記。
パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。
半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。
夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。
ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。
両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。
様々な製本形態
両袖装
額縁装
角革装
総革装
ランゲット製本●本日のお勧め作品は、日和崎尊夫です。
日和崎尊夫「海渕の薔薇」
1972年
木口木版
32.3×18.3cm
Ed.30
サインあり
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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。
●本日の瑛九情報!
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先日は瑛九の最初期の抽象作品(1935年)をご紹介しましたが、それから6年後、具象的な作品を描いています。
抽象から具象へ、そして再び抽象へ。画家の歩みは試行錯誤の連続でした。

瑛九「逓信博物館 A」
1941年 油彩
46.0×61.1cm
*「瑛九作品集」(日本経済新聞社)42頁所載
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<瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で開催されています(11月22日~2017年2月12日)。外野応援団のときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。
◆frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。
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