frgmのエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」第43回

奇想小説-猫


 文学には奇想小説というものがある。と断言するほどに、そのジャンルや作家、作品を知っているわけではない。絶対ありえそうにない状況設定、登場人物など、好きな方なら、いくらでもその世界を語れることと思う。また、人によって奇想小説とは何かという定義も違ってくるかもしれない。私にとって間違いなく奇想小説といえるのは、猫文学である。それとても、世界中の猫文学作品を渉猟しているわけではないので、たまたま読んだ数冊について語ることしかできないのだが、猫文学とは猫について書かれた本ではなく、猫が書いた、という設定の小説を指している。

zu-1夏目漱石「吾輩は猫である」昭和31年岩波書店刊 
内田百閒「贋作吾輩は猫である」昭和55年六興出版刊


 まず日本には、漱石の猫がある。そして、漱石に私淑した内田百閒は、酔って水甕に落ちた「猫」のその後を、「贋作吾輩は猫である」に書いた。以前のブログで、E.T.A.ホフマンの「牡猫ムルの人生観」に触れたはずだが、もう一冊、デンマークの作家のスヴェント・レオポルトという人が書いた「ゲーテの猫 もしくは、詩と真実」がある。これらが私が読んだことのある「猫の書いた本」のすべてである。

zu-2E.T.A.ホフマン「牡猫ムルの人生観」岩波文庫 1982年
スヴェント・レオポルト「ゲーテの猫 もしくは、詩と真実」1984年リブロ刊 


 それぞれの状況設定に違いはあるものの、自伝であるという点は共通している。この中で最も奇想といえるのは、やはり「牡猫ムルの人生観」だと思う。なにしろ、ムルの自伝と楽長クライスラーの「断片的伝記(反故紙)」が入れ子になっているのだ。ご丁寧に「編集者の序文」では、ムルが自伝を書く際に、主人の書物(クライスラーの伝記)のページを引き裂いては下敷きやインクの吸い取り紙として使い、それらのページが挟み込まれた状態で印刷されてしまったと説明されている。あくまでも主役はムルの自伝、クライスラーの伝記は反故として扱われている。面白いのは、「ムルは長靴をはいた猫の末裔だ」とクライスラーに言われていることである。「長靴をはいた猫」は、一般にペローの童話集で有名かと思う。私もペローで知っていたが、ドイツにはティークという作家がペローの童話集に取材して書いた「童話劇 長靴をはいた猫」という戯曲があるそうで、これも面白そうな本である。

zu-3パリ・チュイルリー公園にあるペローと長靴をはいた猫の石像


 一方の「ゲーテの猫」だが、こちらの主人公の母親は、ナポレオンの妻だったジョゼフィーヌの愛猫だったから、その宮廷で生まれた主人公猫もナポレオンの活躍を間近に見て育ち、影響を受けた結果、ナポレオン軍の野営猫としてワイマールまで辿り着く。そこでゲーテに出会い、思想的な影響を受けながら様々な試練にあっていく、という筋立てである。ムルとゲーテの猫に共通するのは、ドイツに伝統的なビルドゥングスロマン、教養小説という体裁で書かれていることだ。教養小説というのは、青年が様々な人と出会い、多くの試練を経て成長していく、というもの。ゲーテの「若きウェルテルの悩み」やトーマス・マンの「魔の山」などがそれにあたるかと思う。
 漱石の「猫」、百閒の「贋作 猫」には、そういう教養小説といった趣はないが、日本のこの二冊を含めての共通点は、猫の眼を通して人間の生態を描いているところにある。猫の特長である群れないその独立心、なにを考えているか分からない謎(めいた雰囲気)、外を気ままにふらつき、どこで何をしているのか分からない神秘性がフィルターとなって、さらに自分の教養の豊かさを誇る一種の俗物猫でもある彼等の眼を通して、人の眼から見たのとは別の人間模様の面白さを語っている。ちなみに、漱石の「猫」の巻末に近いところで、カーテル・ムルについて触れているくだりがある。また、「ゲーテの猫」の作家レオポルトは、ドイツ浪漫派であるホフマンの猫ムルに影響を受けて、「ゲーテの猫」を書いたという。
 この原稿を書くにあたり、それぞれの小説を久しぶりに斜め読みした。猫の特長を余すところなく活かし、ペダンチックであるがゆえに、それが皮肉や諷刺につながる構成や内容に、改めて猫文学の魅力を感じた。
(文:平まどか
平(大)のコピー


●作品紹介~平まどか制作
病める舞姫12-1


病める舞姫12-2


病める舞姫12-3
「病める舞姫 」
土方巽著

1983年 白水社刊
・パッセカルトン 山羊オアシス革・ヘビ革総革装
・金箔押し装飾
・手染め見返し
・タイトル箔押し:中村美奈子
・制作年 2016年
・221x158x26mm
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●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。

本の名称
01各部名称(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)


額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。

角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。

シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。

スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。

総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。

デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。

二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。

パーチメント
羊皮紙の英語表記。

パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。

半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。

夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。

ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。

両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。

様々な製本形態
両袖装両袖装


額縁装額縁装


角革装角革装


総革装総革装


ランゲット装ランゲット製本


●ときの忘れものは本日5月3日(木・祝日)~5月7日(月)まで休廊です。

◆frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。

●ときの忘れものは昨年〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
新しい空間についてはWEBマガジン<コラージ12月号18~24頁>に特集されています。
2018年から営業時間を19時まで延長します。
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。日・月・祝日は休廊。
JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
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