<迷走写真館>一枚の写真に目を凝らす 第96回
(画像をクリックすると拡大します)
男女のカップルが、額を寄せ合うようにして、湯気の下にあるおでんをつついている、
というシーンのようだが、よく考えると解らないことが多い。
右側の男性は菜箸を仕切りのなかに入れておでんをとろうとしているが、
こういうことはふつうしないのではないか。
店の人に言ってとってもらうように思う。
あるいは、この男性は女性の連れではなくて、店の人なのかもしれない。
それ、食べたい、と女性客に言われて箸先に神経を集中したのだ。
でも、おでん屋の主人ならここまで身を屈めて見つめなくても、
仕切りの中身はわかるだろうに。
ふたりの真剣な視線はおでんに注ぐにしては度を越している。
湯気のたった鍋をプレパラートに替え、菜箸をピンセットにして顕微鏡で観察中、
としたほうがふさわしい。
彼らのあいだには円筒形のボンベのようなものが立っていて、軸の先から炎が出ている。
これは何のため? と考えているうちにふっと閃いた。
もしかしてこの場を照らしている明かりなのではないか。
ほかに光源はなく、このバーナーの炎だけが頼りなのだ。
しかもその炎の色が赤ではなくて青ならば、ここは相当に暗い。
湯気の立っている鍋の中身を前かがみに探るしかないほどに、暗い。
もうひとつ気になるのは女性の右手である。
指を丸めて着物の袖のなかにしまっている。
暗いだけでなくてかなり寒いのだろう。
ということはここは建物のなかではなく、ほとんど露天にちかい場所なのかもしれない。
それならばセルフで取るというのもありそうな気がする。
冷たい風の吹きすさぶなかで鍋を探り合っていたら、
いきなり大量なライトが浴びせられ、シャッターが切られたのだ。
その光がカメラのフラッシュから放たれたと気がつかないほど一瞬のことで、
ふたりの視線はおでんに注がれたまま凍結されてしまった。
こうして秘儀が明るみにでると、この女性の本性もあばかれていく。
カールした髪と着物と化粧の濃い顔が放つ面妖な光。
招き猫のような手のかたちも異様である。
まもなく着物の裾からしっぽをだして逃げていくだろう。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
タイトル:倉田精二「Flash Up」より、池袋・文芸座通り 1976年
クレジット:©Keiko Kurata, Courtesy of Zen Foto Gallery
技法:ゼラチン・シルバー・プリント
●作家紹介
倉田精二(くらた せいじ)
1945年 東京・日本橋生まれ。1976年、東京芸術大学絵画科卒業。同年、東松照明が中心となって開講されたワークショップ写真学校の第1期生として写真を学ぶ。1980年に「Flash Up」にて第5回木村伊兵衛賞 を受賞。以降、国内外で精力的に活動し、近年では2017年「Autophoto」Fondation Cartier pour l'art contemporain(パリ、フランス)や2018年「Another Kind of Life: Photography on the Margins」Barbican Art Gallery(ロンドン、イギリス)などの国際的なグループ展にも参加した。代表的な作品集に『FLASH UP - Street Photo Randam Tokyo 1975-1979』(1980年、白夜書房)、『フォト・キャバレー』(1982年、白夜書房)、『大亜細亜』(1990年、IPC)、『'80s FAMILY』(1991年、JICC)、『Quest For Eros』(1999年、新潮社)、『Flash Up』(新装版、2013年、 禅フォトギャラリー)、『Eros Lost』(2020年、禅フォトギャラリー)などがある。2020年2月27日逝去。
●写真集のお知らせ
『Flash Up』(新装版)
刊行日: 2013年
サイズ: H383 x W265mm
モノクロ | 184頁、140点
ハードカバー、ケース付
日本語、英語
750部限定
●本日のお勧め作品は大竹昭子です。
大竹昭子 Akiko OTAKE
「ローマ/アラチェリの階段」
Type-Cプリント
35.5×43.0cm
Ed.1 サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
●年末年始ご案内
2020年12月27日(日)~2021年1月4日(月)までは冬季休廊いたします。
新年の営業は1月5日(火)からです。
ブログは年中無休、毎日更新しますのでお楽しみください。
*昨2020年にブログに寄稿された50人の皆さんのご紹介は12月30日のブログをご参照ください。
◆ときの忘れものは「第2回エディション展/版画掌誌ときの忘れもの」を開催します(予約制/WEB展)。
会期=2021年1月6日[水]—1月23日[土]*日・月・祝日休廊

『版画掌誌 ときの忘れもの』 は優れた同時代作家の紹介と、歴史の彼方に忘れ去られた作品の発掘を目指し創刊したオリジナル版画入り大型美術誌です。本展では第1号から第5号までをご覧いただきます。
第1号=小野隆生、三上誠
第2号=磯崎新、山名文夫
第3号=草間彌生、パーヴェル・V・リュバルスキー
第4号=北郷悟、内間安瑆
第5号=ジョナス・メカス、日和崎尊夫
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
(画像をクリックすると拡大します)男女のカップルが、額を寄せ合うようにして、湯気の下にあるおでんをつついている、
というシーンのようだが、よく考えると解らないことが多い。
右側の男性は菜箸を仕切りのなかに入れておでんをとろうとしているが、
こういうことはふつうしないのではないか。
店の人に言ってとってもらうように思う。
あるいは、この男性は女性の連れではなくて、店の人なのかもしれない。
それ、食べたい、と女性客に言われて箸先に神経を集中したのだ。
でも、おでん屋の主人ならここまで身を屈めて見つめなくても、
仕切りの中身はわかるだろうに。
ふたりの真剣な視線はおでんに注ぐにしては度を越している。
湯気のたった鍋をプレパラートに替え、菜箸をピンセットにして顕微鏡で観察中、
としたほうがふさわしい。
彼らのあいだには円筒形のボンベのようなものが立っていて、軸の先から炎が出ている。
これは何のため? と考えているうちにふっと閃いた。
もしかしてこの場を照らしている明かりなのではないか。
ほかに光源はなく、このバーナーの炎だけが頼りなのだ。
しかもその炎の色が赤ではなくて青ならば、ここは相当に暗い。
湯気の立っている鍋の中身を前かがみに探るしかないほどに、暗い。
もうひとつ気になるのは女性の右手である。
指を丸めて着物の袖のなかにしまっている。
暗いだけでなくてかなり寒いのだろう。
ということはここは建物のなかではなく、ほとんど露天にちかい場所なのかもしれない。
それならばセルフで取るというのもありそうな気がする。
冷たい風の吹きすさぶなかで鍋を探り合っていたら、
いきなり大量なライトが浴びせられ、シャッターが切られたのだ。
その光がカメラのフラッシュから放たれたと気がつかないほど一瞬のことで、
ふたりの視線はおでんに注がれたまま凍結されてしまった。
こうして秘儀が明るみにでると、この女性の本性もあばかれていく。
カールした髪と着物と化粧の濃い顔が放つ面妖な光。
招き猫のような手のかたちも異様である。
まもなく着物の裾からしっぽをだして逃げていくだろう。
大竹昭子(おおたけあきこ)
●作品情報
タイトル:倉田精二「Flash Up」より、池袋・文芸座通り 1976年
クレジット:©Keiko Kurata, Courtesy of Zen Foto Gallery
技法:ゼラチン・シルバー・プリント
●作家紹介
倉田精二(くらた せいじ)
1945年 東京・日本橋生まれ。1976年、東京芸術大学絵画科卒業。同年、東松照明が中心となって開講されたワークショップ写真学校の第1期生として写真を学ぶ。1980年に「Flash Up」にて第5回木村伊兵衛賞 を受賞。以降、国内外で精力的に活動し、近年では2017年「Autophoto」Fondation Cartier pour l'art contemporain(パリ、フランス)や2018年「Another Kind of Life: Photography on the Margins」Barbican Art Gallery(ロンドン、イギリス)などの国際的なグループ展にも参加した。代表的な作品集に『FLASH UP - Street Photo Randam Tokyo 1975-1979』(1980年、白夜書房)、『フォト・キャバレー』(1982年、白夜書房)、『大亜細亜』(1990年、IPC)、『'80s FAMILY』(1991年、JICC)、『Quest For Eros』(1999年、新潮社)、『Flash Up』(新装版、2013年、 禅フォトギャラリー)、『Eros Lost』(2020年、禅フォトギャラリー)などがある。2020年2月27日逝去。
●写真集のお知らせ
『Flash Up』(新装版)刊行日: 2013年
サイズ: H383 x W265mm
モノクロ | 184頁、140点
ハードカバー、ケース付
日本語、英語
750部限定
●本日のお勧め作品は大竹昭子です。
大竹昭子 Akiko OTAKE「ローマ/アラチェリの階段」
Type-Cプリント
35.5×43.0cm
Ed.1 サインあり
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
●年末年始ご案内
2020年12月27日(日)~2021年1月4日(月)までは冬季休廊いたします。
新年の営業は1月5日(火)からです。
ブログは年中無休、毎日更新しますのでお楽しみください。
*昨2020年にブログに寄稿された50人の皆さんのご紹介は12月30日のブログをご参照ください。
◆ときの忘れものは「第2回エディション展/版画掌誌ときの忘れもの」を開催します(予約制/WEB展)。
会期=2021年1月6日[水]—1月23日[土]*日・月・祝日休廊

『版画掌誌 ときの忘れもの』 は優れた同時代作家の紹介と、歴史の彼方に忘れ去られた作品の発掘を目指し創刊したオリジナル版画入り大型美術誌です。本展では第1号から第5号までをご覧いただきます。
第1号=小野隆生、三上誠
第2号=磯崎新、山名文夫
第3号=草間彌生、パーヴェル・V・リュバルスキー
第4号=北郷悟、内間安瑆
第5号=ジョナス・メカス、日和崎尊夫
●ときの忘れものは青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。
阿部勤設計の新しい空間はWEBマガジン<コラージ2017年12月号18~24頁>に特集されています。JR及び南北線の駒込駅南口から約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊。
コメント