佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」第76回
2年振りにシャンティニケタンへ。
インド・シャンティニケタンからコルカタへ向かっている列車の中でこの投稿を書いている。その後のコルカタ空港で帰りの飛行機を待っているラウンジでも書き足している。シャンティニケタンの滞在最終日である今日は、最寄駅ボルプールへ行くまでに雷鳴り響く嵐と共にとんでもない雹(ひょう)が降った。どうやら、いま私はベンガルのこの地の、ちょうど季節の割れ目に立っているらしい。
およそ10日前、シャンティニケタンでの滞在を始めた頃は最高気温が45度を超えるとても暑い日々が続いていた。この地域でも稀にみる異常気象であったそうだ。(天気予報が火を吹いていた)そして、滞在の中盤あたりから段々と夕立ち、スコールが降るようになり、最終日にはついにダメ押しの雹(ひょう)投下、という具合である。
前回シャンティニケタンを訪れたのはおよそ2年前、COVID-19が世界的に広まる直前だった。当時は感染症がどうやら中国付近から広まっているらしいという情報が出回っていたので、なんとなく東洋人の顔をしている私はインドの地で居心地の悪い思いをしたのを覚えている。確かその前に立ち寄っていたバングラデシュでひどい風邪を引いたのも不安が大きかった。今のインドではほぼ誰一人としてマスクをしていない。インド国内でもCOVID-19は未だ終息しきってはいないようだが、どうも過ぎた事となっているらしい。これは人々の気質のせいもあるのだろう。
2年の間に町はいくらか変わっていた。ほぼ毎朝、朝飯とチャイを飲むのに訪れていたRatanpalliのマーケットは区画が再整備され、人の賑わいは変わらずあったけれども、すこし別種の町の様相を成していた。建設の最中だった店もいくつかあった。ここはヴィシュバ・バラティ大学所有の土地の上のマーケットである。どうやらCOVID-19の最中に大学の副学長がクリアランスを断行したらしい。きれいに塀で囲まれ並び直されたマーケットの横には、誰も入ることができない公園広場が出来ていた。

(Ratanapalliでの新店舗の建設現場。写真左はPCコンクリート柱に竹の屋根組み。写真右は75角程度の角パイプとLアングルのものすごく軽やかな鉄骨架構。職人さんらも自慢げだった。)
いつもの滞在場所である、以前設計させてもらったシャンティニケタンの住宅「KOKORO」は、2年前と比べて建具が増えたり、細かな木造作が引き続き作り足されていたが、空間の質はまるで変わっていなかった。オーナーのニランジャンさんも変わらず元気で、我々の滞在終盤にデリーから訪れる予定となっていた某大手メディアの取材準備のために、家内部の設えについて執念深く工夫を凝らしていた。
1年前頃からポツポツと話をしてきた新たなティールーム建設の話(ときの忘れものでの個展「群空洞と囲い」出展のいくつかの立体がその初期的模型である)も、やはり今回、直接会って話をすることで具体的な前進の兆しが出てきた。どうやらティールームは少し離れた湖の畔に一つ、そしてシャンティニケタンの住宅の土地を拡張する形で住宅の横にもう一つ、を計画しているらしい。プロジェクトが単一の土地から離れ離れの複数の土地に離散しているのはとてもスリリングであり、想像も膨らんでくる。どうにか面白く転がしていきたいと思う。
そんないくつか断片の情報を頭に入れてから、滞在最終日の今日、夜明けと共に目覚め、朝日の中でいくつかのドローイングを描いた。本来滞在中こそ毎日こんなドローイングを描くべきであったが、けっきょく日本での仕事を継続してインドでもやっていたために時間と体力をうまくコントロールできず、最終日のみのものとなってしまった。これは大きな反省である。それ故、反動的にこの滞在最終日は比較的に新たなカタチへの意欲が高まっていて、この投稿の文章もだいぶスムーズに進んでいる。






ドローイングを眺める限り、やはりその小建築の足元あたりをどのように組み立てていくのかを大きく迷っている。大地から浮かばせるのか、大地にどっぷりと浸かるのか、おそらくどちらもあり得る方向性だ。近頃、結局のところ建築、あるいは建築のスケールに属するモノの根本的な性格を帯びさせるのは、大地とどう繋がるかその結節の有り様なのではとも考えるようになった。インド・ベンガル地方のような豊穣で多彩な大地天空でそんな思考を展開できるのはとても有難いことだ。このためだけでも、今回のシャンティニケタン滞在に価値があった。
(さとう けんご)
■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。2022年3月ときの忘れもので二回目となる個展「佐藤研吾展 群空洞と囲い」を開催。
・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
●本日のお勧め作品は佐藤研吾です。
佐藤研吾 Kengo SATO
《日本からシャンティニケタンへ送る家具1》
2017年
木、柿渋、アクリル
H110cm
Photo by comuramai
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
*画廊亭主敬白
4月29日から始まった大連休、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
画廊は今日7日(日)と明日8日(月)は休廊し、9日(火)より営業を再開します。
先日、建築家の湯浅良介さんのエッセイ「≠1」を掲載し、ご自身が設計した住宅《FLASH》で行われた展覧会「HOUSEPLAYING」の記録本をご紹介しました。
この本について植田実さん、牧野正幸さん、湯浅良介さんによるトークイベントが5月13日(土)に開催されます。
トークイベント「建築家がつくる本」植田実 × 牧野正幸 × 湯浅良介
日程:5月13日(土)15:00~17:00
場所:新建築書店 | POST Architecture Books
住所:東京都港区南青山2-19-14「新建築 青山ハウス」2F
参加条件:無料チケットの事前申し込みが必要です(先着順)
●軽井沢で「倉俣史朗展 カイエ」が始まりました。
会場:軽井沢現代美術館
長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉2052-2
会期:2023年4月27日(木)~11月23日(木・祝日)
休館日:火曜、水曜 (GW及び、夏期は無休開館
●倉俣史朗の限定本『倉俣史朗 カイエ Shiro Kuramata Cahier 1-2 』を刊行しました。
限定部数:365部(各冊番号入り)
監修:倉俣美恵子、植田実
執筆:倉俣史朗、植田実、堀江敏幸
アートディレクション&デザイン:岡本一宣デザイン事務所
体裁:25.7×25.7cm、64頁、和英併記、スケッチブック・ノートブックは日本語のみ
価格:7,700円(税込) 送料1,000円
詳細は3月24日ブログをご参照ください。
お申込みはこちらから
●ジョナス・メカスの映像作品27点を収録した8枚組のボックスセット「JONAS MEKAS : DIARIES, NOTES & SKETCHES VOL. 1-8 (Blu-Ray版/DVD版)」を販売しています。
映像フォーマット:Blu-Ray、リージョンフリー/DVD PAL、リージョンフリー
各作品の撮影形式:16mmフィルム、ビデオ
制作年:1963~2014年
合計再生時間:1,262分
価格等については、3月4日ブログをご参照ください。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
2年振りにシャンティニケタンへ。
インド・シャンティニケタンからコルカタへ向かっている列車の中でこの投稿を書いている。その後のコルカタ空港で帰りの飛行機を待っているラウンジでも書き足している。シャンティニケタンの滞在最終日である今日は、最寄駅ボルプールへ行くまでに雷鳴り響く嵐と共にとんでもない雹(ひょう)が降った。どうやら、いま私はベンガルのこの地の、ちょうど季節の割れ目に立っているらしい。
およそ10日前、シャンティニケタンでの滞在を始めた頃は最高気温が45度を超えるとても暑い日々が続いていた。この地域でも稀にみる異常気象であったそうだ。(天気予報が火を吹いていた)そして、滞在の中盤あたりから段々と夕立ち、スコールが降るようになり、最終日にはついにダメ押しの雹(ひょう)投下、という具合である。
前回シャンティニケタンを訪れたのはおよそ2年前、COVID-19が世界的に広まる直前だった。当時は感染症がどうやら中国付近から広まっているらしいという情報が出回っていたので、なんとなく東洋人の顔をしている私はインドの地で居心地の悪い思いをしたのを覚えている。確かその前に立ち寄っていたバングラデシュでひどい風邪を引いたのも不安が大きかった。今のインドではほぼ誰一人としてマスクをしていない。インド国内でもCOVID-19は未だ終息しきってはいないようだが、どうも過ぎた事となっているらしい。これは人々の気質のせいもあるのだろう。
2年の間に町はいくらか変わっていた。ほぼ毎朝、朝飯とチャイを飲むのに訪れていたRatanpalliのマーケットは区画が再整備され、人の賑わいは変わらずあったけれども、すこし別種の町の様相を成していた。建設の最中だった店もいくつかあった。ここはヴィシュバ・バラティ大学所有の土地の上のマーケットである。どうやらCOVID-19の最中に大学の副学長がクリアランスを断行したらしい。きれいに塀で囲まれ並び直されたマーケットの横には、誰も入ることができない公園広場が出来ていた。

(Ratanapalliでの新店舗の建設現場。写真左はPCコンクリート柱に竹の屋根組み。写真右は75角程度の角パイプとLアングルのものすごく軽やかな鉄骨架構。職人さんらも自慢げだった。)
いつもの滞在場所である、以前設計させてもらったシャンティニケタンの住宅「KOKORO」は、2年前と比べて建具が増えたり、細かな木造作が引き続き作り足されていたが、空間の質はまるで変わっていなかった。オーナーのニランジャンさんも変わらず元気で、我々の滞在終盤にデリーから訪れる予定となっていた某大手メディアの取材準備のために、家内部の設えについて執念深く工夫を凝らしていた。
1年前頃からポツポツと話をしてきた新たなティールーム建設の話(ときの忘れものでの個展「群空洞と囲い」出展のいくつかの立体がその初期的模型である)も、やはり今回、直接会って話をすることで具体的な前進の兆しが出てきた。どうやらティールームは少し離れた湖の畔に一つ、そしてシャンティニケタンの住宅の土地を拡張する形で住宅の横にもう一つ、を計画しているらしい。プロジェクトが単一の土地から離れ離れの複数の土地に離散しているのはとてもスリリングであり、想像も膨らんでくる。どうにか面白く転がしていきたいと思う。
そんないくつか断片の情報を頭に入れてから、滞在最終日の今日、夜明けと共に目覚め、朝日の中でいくつかのドローイングを描いた。本来滞在中こそ毎日こんなドローイングを描くべきであったが、けっきょく日本での仕事を継続してインドでもやっていたために時間と体力をうまくコントロールできず、最終日のみのものとなってしまった。これは大きな反省である。それ故、反動的にこの滞在最終日は比較的に新たなカタチへの意欲が高まっていて、この投稿の文章もだいぶスムーズに進んでいる。






ドローイングを眺める限り、やはりその小建築の足元あたりをどのように組み立てていくのかを大きく迷っている。大地から浮かばせるのか、大地にどっぷりと浸かるのか、おそらくどちらもあり得る方向性だ。近頃、結局のところ建築、あるいは建築のスケールに属するモノの根本的な性格を帯びさせるのは、大地とどう繋がるかその結節の有り様なのではとも考えるようになった。インド・ベンガル地方のような豊穣で多彩な大地天空でそんな思考を展開できるのはとても有難いことだ。このためだけでも、今回のシャンティニケタン滞在に価値があった。
(さとう けんご)
■佐藤研吾(さとう けんご)
1989年神奈川県横浜生まれ。2011年東京大学工学部建築学科卒業。2013年早稲田大学大学院建築学専攻修士課程(石山修武研究室)修了。同専攻嘱託研究員を経て、2014年よりスタジオGAYA。2015年よりインドのVadodara Design AcademyのAssistant Professor、および東京大学工学系研究科建築学専攻博士課程在籍。福島・大玉村で藍染の活動をする「歓藍社」所属。インドでデザインワークショップ「In-Field Studio」を主宰。「一般社団法人コロガロウ」設立。2022年3月ときの忘れもので二回目となる個展「佐藤研吾展 群空洞と囲い」を開催。
・佐藤研吾のエッセイ「大地について―インドから建築を考える―」は毎月7日の更新です。
●本日のお勧め作品は佐藤研吾です。
佐藤研吾 Kengo SATO《日本からシャンティニケタンへ送る家具1》
2017年
木、柿渋、アクリル
H110cm
Photo by comuramai
こちらの作品の見積り請求、在庫確認はこちらから
※お問合せには、必ず「件名」「お名前」「連絡先(住所)」を明記してください。
*画廊亭主敬白
4月29日から始まった大連休、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
画廊は今日7日(日)と明日8日(月)は休廊し、9日(火)より営業を再開します。
先日、建築家の湯浅良介さんのエッセイ「≠1」を掲載し、ご自身が設計した住宅《FLASH》で行われた展覧会「HOUSEPLAYING」の記録本をご紹介しました。
この本について植田実さん、牧野正幸さん、湯浅良介さんによるトークイベントが5月13日(土)に開催されます。
トークイベント「建築家がつくる本」植田実 × 牧野正幸 × 湯浅良介
日程:5月13日(土)15:00~17:00
場所:新建築書店 | POST Architecture Books
住所:東京都港区南青山2-19-14「新建築 青山ハウス」2F
参加条件:無料チケットの事前申し込みが必要です(先着順)
●軽井沢で「倉俣史朗展 カイエ」が始まりました。
会場:軽井沢現代美術館長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉2052-2
会期:2023年4月27日(木)~11月23日(木・祝日)
休館日:火曜、水曜 (GW及び、夏期は無休開館
●倉俣史朗の限定本『倉俣史朗 カイエ Shiro Kuramata Cahier 1-2 』を刊行しました。
限定部数:365部(各冊番号入り)
監修:倉俣美恵子、植田実
執筆:倉俣史朗、植田実、堀江敏幸
アートディレクション&デザイン:岡本一宣デザイン事務所
体裁:25.7×25.7cm、64頁、和英併記、スケッチブック・ノートブックは日本語のみ
価格:7,700円(税込) 送料1,000円
詳細は3月24日ブログをご参照ください。
お申込みはこちらから
●ジョナス・メカスの映像作品27点を収録した8枚組のボックスセット「JONAS MEKAS : DIARIES, NOTES & SKETCHES VOL. 1-8 (Blu-Ray版/DVD版)」を販売しています。
映像フォーマット:Blu-Ray、リージョンフリー/DVD PAL、リージョンフリー各作品の撮影形式:16mmフィルム、ビデオ
制作年:1963~2014年
合計再生時間:1,262分
価格等については、3月4日ブログをご参照ください。
●ときの忘れものは2017年に青山から〒113-0021 東京都文京区本駒込5丁目4の1 LAS CASAS に移転しました。阿部勤が設計した個人住宅だった空間で企画展の開催、版画のエディション、美術書の編集等を行なっています(WEBマガジン コラージ2017年12月号18~24頁の特集参照)。
JR及び南北線の駒込駅南口から徒歩約8分です。
TEL: 03-6902-9530、FAX: 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/
営業時間=火曜~土曜の平日11時~19時。*日・月・祝日は休廊
コメント