松本竣介とゆく「街歩きの時間」

住田常生(高崎市美術館学芸員)


 松本竣介没後70年を記念して昨年10月から「アトリエの時間」「読書の時間」「子どもの時間」とバトンを継いだ大川美術館の松本竣介展も、4回目の「街歩きの時間」が掉尾を飾る。クラウドファンディングによる「竣介のアトリエ再見プロジェクト」は、「再現」ではなく「再見」とする清しさとともに、一年越しの全展覧会を見守る画家の魂が憩うかに思われたし、この絵を見るために大川美術館を訪れる人も多い《街》が、いつもの場所で迎えてくれる安心感もあった。独立した4つの展覧会が、全体で4章形式の回顧展となるのも四楽章のシンフォニーを聴くようで、ふと聴覚を失った竣介が絵を描いた事実を思い出させる。私にとってそれは竣介がこだわり続けた「線」について、改めて考える契機ともなった。たった20年の短すぎる画業を通じて、慌ただしくさまざまな試みを同時進行させた竣介だが、それでも1938年前後フリーハンドの細い線を活かすようになり、1940年前後には一度線描が影を潜めたのち、より直線的な線描に変化することはつぶさに見てとれる。描くことそのものに向かうまなざしが、線描を通じて変化したように思う。例えば《街》に見られる街並みや群衆を幾重にもオーヴァーラップする伸びやかな線。人々の靴音や呼び交わす声が溶けあって、まるで重なり響きあう雑踏そのものを竣介が聞いているようだ。13歳で失った音の記憶に誘われ、空で音を結ぶようにも感じられるけれど、実際聞こえない音は心の内なる夢には違いない。単なる叙情の甘さと他者が誤解するより先に、独り夢である弱さにみずから思い至ったに違いない。これは私の詩想にすぎないし、画家のさまざまな試みや気づきが同時進行する難しさもある。そこで線も絵肌もトーンも分かち難く結びついて堅牢な一画面であると承知の上で、画家ではない私は線と絵肌とトーンを言葉で解きほぐす愚を犯すほかない。おそらく竣介には学生時代の石膏デッサンから野外写生まで線を描くこと、線でとらえることに自負こそあれ疑いはない。白紙に引かれた一本の線がそれだけで美しいことに疑問の余地はない。素描の魅力もそこにある。ただ竣介にとってスケッチブックの線をキャンバスに写せばそれで絵になるということではない。素描の線を支える紙の白そのままの光を、キャンバスに創らなければならない。それが独学するほど絵肌にこだわる理由の一つだ。フランスのモダンアートを実見する機会に知った油彩のマチエール(絵肌)が宿す光から、透明感ある重ね塗りという彼なりの「古典技法」に遡りえた稀有な素質といわねばならない。同時に挿画、編集のグラフィックワークからインクや墨のトーンがもつ、油彩の絵肌と異なる光にも触れる。それはそのまま野外写生で試みられ、事物のフォルムをつかむ自信にもつながったことだろう。一度線が影を潜めるのは、絵肌やトーンの強さを測るためかもしれないが、みずからの美質である線を手放しては元も子もない。第1章-3「色面と量感、ディテール」は、補助線として当を得た章立てだった。リアリティある野外写生の線を、アトリエでカルトン紙を使ってキャンバスに転写して油彩に活かすために直線がちになったと思われるが、同じオーヴァーラップでもフリーハンドで夢を描くのと、野外写生の線を重ねるのではリアリティに大きな差が生まれる。その差に気づかない竣介ではない。同じ写生地(というか主題)を、インクや鉛筆や水彩や墨や油彩を自由に組み合わせつつ繰り返し描く。そのすべてに私たちの心に届く光が射すとすれば、それは絵肌の光やトーンのヴォリュームはもとより、線のリアリティ、つまり線にさえ私たちが光を感じるから。光を感じさせる線とはただの輪郭線ではなく、その上に空があり、その背後にさらに街並みが続き、人の気配がする線。こちらと向こうをつなぐ線なのだ。内なる音を聴く閉じた耳は、内と外、世界そのものをみつめる目へと開かれる。竣介独りの夢でさえ充分美しいけれど、もし竣介の絵の魅力を問えば人は「郷愁」と返す。その郷愁に誘うのは切実な想いを描いて絵空事ではないから。生活感情、つまりは生と死そのものを絵に託すリアリティだ。竣介とともに東京、横浜の街歩きを終えてはたと気づく。その大半がすぐ後に焼き尽くされ失われる風景だと。そこで不思議な感情にとらわれる。私の思い出ではなく、その街並みを前に描いていた竣介の思い出でさえない、失われた戦前の街並みという喪失感……。やがて36歳で生を終える画家のその後を惜しむゆえに、多くの画友や後の人々が時代錯誤(アナクロニズム)と知りながら、その絵にあらかじめ失われた面影を探すのだとしたら。それこそ竣介の絵の魅力である「郷愁」の源泉だとしたら……。松本竣介とは、思うよりずっと深いところにある郷愁と喪失感を、描くことで探りあてた詩人、だったのかもしれない。「美とは、愛すること」と語る竣介の心を「止めえぬこと」とするなら、その絵は確かに、止めえぬことそのものを描き遂せてしまっていたのかもしれない。

 《街》と《自画像》が迎えてくれる《街》と《自画像》が迎えてくれる導入

 竣介のアトリエ再見プロジェクト竣介のアトリエ再見プロジェクト

 第1章-1「代表作を中心に」第1章-1「代表作を中心に」

 第1章-3「色面と量感、ディテール」第1章-3「色面と量感、ディテール」

 第1章-4「戦中、戦後の素描」ケースにはスケッチブックが第1-章4「戦中、戦後の素描」ケースにはスケッチブックが展示されている
すみた つねお

■住田常生(すみた つねお)
高崎市美術館主任学芸員。1968年生まれ。2000年より高崎市美術館に勤務し、「清宮質文のまなざし」(2004)、「生誕100年木村忠太展 光に抱かれ、光を抱いて。」(2017)、「生誕100年 清宮質文 あの夕日の彼方へ」(2017)、「モダンデザインが結ぶ暮らしの夢」(2019)などの展覧会に携わる。

●展覧会のお知らせ
「松本竣介没後70 年・大川美術館開館 30 周年記念 企画 vol.4 松本竣介 街歩きの時間」
会場:桐生・大川美術館
会期:10月8日ー12月8日
昨年より4 つのテーマで開催してきた松本竣介展の締めくくりとして、 本展では 竣介が生涯にわたって描いた主題であり、彼の芸術を象徴する「都会風景」に焦点をあてます。
第1 章「街歩きの時間」 では 、松本竣介の初期から晩年にいたるまで繰り返し描いた「ニコライ堂」や「Y市の橋」をはじめとする都会風景を一堂にご覧いただきます。また 、 さまざまな筆致によって 描いた 「 TATEMONO 」と題 す る スケッチ帖 4 冊もあわせて展示し、油彩画の代表作にいたる制作のプロセスにも注目します。
第2 章 「桐生に「昭和モダン」を探す」 では、画家の代表作《街》 (1938 年・当館蔵 を起点に、 当館が位置する桐生の街に 竣介の目線 を探します。桐生の街には、竣介の描いた作品と 同じ 時代を経て来たモダンな建築物 が今もなお点在しています。竣介は、桐生の街を訪れたことはありませんでしたが、 こ の街 の各所 に のこる 大正昭和の おもかげ は、竣介の作品に描かれた都会風景を想起させることでしょう。
本展では、作品を鑑賞した後に、桐生の街歩きをして、松本竣介 の街歩きに 思いを馳せます。 鑑賞者それぞれが、懐かしい桐生の街並み のなかに 新たな松本竣介の魅力を探る契機となれば幸いです。
(同館HPより)

「松本竣介と『雜記帳』」展図録のご案内
松本竣介と雑記帳2019年 ときの忘れもの刊
B5判 44ページ
テキスト:小松崎拓男
収録作家:松本竣介恩地孝四郎福沢一郎海老原喜之助難波田龍起鶴岡政男桂ゆき
価格:1,100円(税込)
梱包送料:250円

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