和紙とつきあう

 美術・工芸分野で和紙を使っている方も多くおられると思うが、紙を扱うルリユールでも重要な素材であるのは言うまでもない。土佐の和紙である「典具帖(てんぐじょう)」は西欧で絵画修復に用いられているそうだが、書籍修復でも勿論のこと様々な和紙が使われているし、製本時にもカバー等の組み立て作業、折丁の背の修理など、必要不可欠な存在である。
 和紙の三大原料として、雁皮(がんぴ)・楮(こうぞ)・三椏(みつまた)があり、それぞれに繊維の長さなど性質・特性に違いがある。私の場合は、楮を中心として用い、雁皮や三椏の和紙を必要に応じて使っている。また本来の修復等の用途以外に、装飾紙としても使っている。具体的な例として、雁皮を使った作品についてご説明したい。
 西欧におけるルリユールでは、いわば職人的なルリユールと芸術的なルリユールという区別がある。パリの街を歩いていると製本工房を見かけることがある。シボ(表面の凹凸)が小さめでカジュアルな雰囲気のシャグラン(Chagrin)という山羊革と既成のマーブル紙を用いた、フラグムでいうところの「定型製本」を主な仕事とする工房も多く、そこでは製本の技術のみを提供するわけで、いわば「職人仕事」といえる。他方、ルリユールダール(Reliure d’art)と言われる世界では、製本の技術の上にオリジナル装飾を施す製本であり、革・紙以外の異素材を使うこともある。紙も既製品ではなく、製本家が手染めしたオリジナル紙を使うことが多い。私はとりわけ、こういった装飾紙を作ることが好きで、学生の頃から様々な紙作りを試みてきた。
 11月の展覧会のDMに使われた作品では、東京文京区の紙舗「直」という和紙店で取り扱っている修復用の雁皮紙を用いて装飾紙を作った。薄茶色の雁皮は、楮紙と違った透明感があるのが視覚的特徴で、この透明感に惹かれたことがこの装飾紙作りの始まりだった。
 技法は単純で、基本的には紙をアクリル絵の具で染めコラージュするだけだが、紙を丸め皺や折目を作ってから染める、ちぎってあるいはちぎらずにコラージュする、プレスに入れ平滑にした後、紙やすりで表面を粗くしてみる等、私なりに解釈した本の内容をこのような形で表している。紙の元々持っている透明感もさることながら、土台となる洋紙に貼った時に出てくる、ガラスのような透明感がこの装飾紙の魅力である。

zu-1学生時代に、この雁皮を用いて作った最初の装飾紙
Julien Gracq著 ”Balcon en Forêt ” 
「森の木々の間からさす光…」という単純な発想だった


zu-211月の展示作品
吉増剛造著「古代天文台Antique Observatoire」(日仏対訳)
天文台は闇を照らすものだが、光を強調させることで闇の存在を
表したかった、というのは後付けの理由。


画像では(特に私の撮影能力では)残念ながら、この透明感は再現できないが、作るたびに紙を装飾の素材として扱うことの面白さと奥深さを味わっている。
(文:平まどか
平(大)のコピー


●作品紹介~平まどか制作
HIROSHIMA1958-1


HIROSHIMA1958-2


HIROSHIMA1958-3


HIROSHIMA1958-4
「HIROSHIMA 1958」
港千尋+マリー=クリスティーヌ・ドゥ・ナヴァセル編
エマニュエル・リヴァ写真
 
2008年 インスクリプト刊

・プララポルテ装
・山羊革 手染め紙・仔牛革装飾
・手染め見返し
・タイトル箔押し:平まどか
・制作年 2016年
・215x238x15mm

*アラン・レネの映画「ヒロシマ モナムール(公開時邦題「24時間の情事」)に主演した女優、エマニュエル・リヴァが撮った原爆投下から13年後の広島。まだまだ貧しい日本だが、子供達の笑顔は明るい。
手染め紙はブログでご説明した雁皮を用いたもの。

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●ルリユール用語集
ルリユールには、なじみのない用語が数々あります。そこで、frgmの作品をご覧いただく際の手がかりとして、用語集を作成しました。

本の名称
01各部名称(1)天
(2)地
(3)小口(前小口)
(4)背
(5)平(ひら)
(6)見返し(きき紙)
(7)見返し(遊び紙)
(8)チリ
(9)デコール(ドリュール)
(10)デコール(ドリュール)


額縁装
表紙の上下・左右四辺を革で囲い、額縁に見立てた形の半革装(下図参照)。

角革装
表紙の上下角に三角に革を貼る形の半革装(下図参照)。

シュミーズ
表紙の革装を保護する為のジャケット(カバー)。総革装の場合、本にシュミーズをかぶせた後、スリップケースに入れる。

スリップケース
本を出し入れするタイプの保存箱。

総革装
表紙全体を革でおおう表装方法(下図参照)【→半革装】。

デコール
金箔押しにより紋様付けをするドリュール、革を細工して貼り込むモザイクなどの、装飾の総称。

二重装
見返しきき紙(表紙の内側にあたる部分)に革を貼る装幀方法。

パーチメント
羊皮紙の英語表記。

パッセ・カルトン
綴じ付け製本。麻紐を綴じ糸で抱き込むようにかがり、その麻紐の端を表紙芯紙に通すことにより、ミゾのない形の本にする。
製作工程の早い段階で本体と表紙を一体化させ、堅固な構造体とする、ヨーロッパで発達した製本方式。

半革装
表紙の一部に革を用いる場合の表記。三種類のタイプがある(両袖装・額縁装・角革装)(下図参照)【→総革装】。
革を貼った残りの部分は、マーブル紙や他の装飾紙を貼る。

夫婦函
両面開きになる箱。総革装の、特に立体的なデコールがある本で、スリップケースに出し入れ出来ない場合に用いる。

ランゲット製本
折丁のノドと背中合わせになるように折った紙を、糸かがりし、結びつける。背中合わせに綴じた紙をランゲットと言う。
全ての折丁のランゲットを接着したあと、表装材でおおい、装飾を施す。和装本から着想を得た製本形態(下図参照)。

両袖装
小口側の上下に亘るように革を貼る形の半革装(下図参照)。

様々な製本形態
両袖装両袖装


額縁装額縁装


角革装角革装


総革装総革装


ランゲット装ランゲット製本


●本日のお勧め作品は、ベン・ニコルソンです。
20170103_nicholson_04ベン・ニコルソン
「作品」
1968年
エッチング、鉛筆、ガッシュ、紙
イメージサイズ:30.0x28.0cm
シートサイズ:43.5x37.5cm
サインあり


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ときの忘れものの通常業務は平日の火曜~土曜日です。日曜、月曜、祝日はお問い合わせには返信できませんので、予めご了承ください。


本日の瑛九情報!
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東京国立近代美術館は昨日1月2日(月)から開館しています。
瑛九1935-1937闇の中で「レアル」をさがす(表)瑛九1935-1937闇の中で「レアル」をさがす(裏)

本展企画者の大谷省吾さん(同館美術課長)の講演会がありますので、ぜひお出かけください。
「書簡から読み解く 1935 -1937年の瑛九」
2017 年 1 月 7 日[土]14:00-15:30
場所:講堂(地下1階)
※開場は開演30分前、申込不要、聴講無料、先着140名
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瑛九 1935-1937 闇の中で「レアル」をさがす>展が東京国立近代美術館で開催されています(11月22日~2017年2月12日)。外野応援団のときの忘れものは会期終了まで瑛九について毎日発信します。

◆frgmメンバーによるエッセイ「ルリユール 書物への偏愛」は毎月3日の更新です。