ときの忘れもの 今月のお勧め
■2010年03月30日(火)  細江英公「ルナ・ロッサ」
nicky_20100330.jpg 440×600 61K細江英公
「ルナ・ロッサ」より
<ひまわりの歌>
"Sunflower Song, Snowmass, Colorado, 1992"
イメージサイズ:25.2x19.8cm
マウントにサインあり

今週のお薦めは、細江英公先生の1990年代を代表する「ルナ・ロッサ」です。
「ルナ・ロッサ」連作は1990年、1992年、1994年、1996年の足掛け7年にわたりアメリカで8回行われた「EIKOH HOSOE・写真ワークショップ」の現場で撮影されたものです。
その中の1992年に撮影された作品10点を収めたポートフォリオが1993年に制作され、ニューヨークと東京で同時発売されました。限定20部で、各作品がマウントされ、細江先生の自筆サインと限定番号(20部)が記載されています。細江先生に問い合わせたところ、撮影直後にプリントされたもので、「ビンテージと申し上げても間違いございません。」とのお返事でした。当時、セット70万円で販売され、直ぐに売り切れました。写真ファンならどなたもご存知の「ひまわりの歌」や「20世紀末の証人たち」などを含む代表作です。

細江英公 Eikoh HOSOE(1933-)
写真家。清里フォトアートミュージアム館長。1933年山形県生まれ。本名・敏廣。18歳のときに[富士フォトコンテスト学生の部]で最高賞を受賞し、写真家を志す。52年東京写真短期大学(現東京工芸大学)入学。デモクラート美術家協会の瑛九と出会い強い影響を受ける。54年卒業。56年小西六ギャラリーで初個展。63年三島由紀夫をモデルに撮った[薔薇刑]で評価を確立し、70年[鎌鼬(かまいたち)]で芸術選奨文部大臣賞受賞。

■2010年03月20日(土)  森下慶三「想像の風景」より
nicky_20100320.jpg 600×508 56K森下慶三
「想像の風景」より
1980年頃
シルクスクリーン
31.5×38.0cm
Ed.75
サインあり

水平線に浮かぶ島影、独特の空間意識に支えられた想像の風景を一貫して描き続けた森下さんは私より一歳上でしたが、会ったときの印象ははるかに上で、さすが在学中にサン・フェレーデ賞展で受賞、若くしてスタジオ・マルコーニの契約作家になっただけあって颯爽たるものでした。
2003年4月5日ミラノで不慮の事故の為、59歳で急逝。
あちらで十二分の評価を獲得していたので、日本で作品を見つけるのは難しい。知られざる異才といえるでしょう。

森下慶三 Keizo MORISHITA(1944-2003)
1944年福岡県生まれ、19歳でイタリアに渡り、ミラノの国立ブレラ美術専門学校彫刻科でマリノ・マリーニに学んだ。在学中にサン・フェレーデ賞展に招かれ受賞、スタジオ・マルコーニで個展を開催する。若くしてイタリア美術界に認められたのである。以来、ミラノに三十年余暮らす。日本では1979年に初めて個展を開いた。
2003年4月5日ミラノで不慮の事故の為、59歳で異郷に歿した。

■2010年03月10日(水)  駒井哲郎「二樹」
nicky_20100310.jpg 428×600 141K駒井哲郎
「二樹」
1970年
銅版
24.3×16.9cm
Ed.200
サインあり

駒井哲郎は生涯にわたり「樹」あるいは「木」を繰り返し描きました。
「束の間の幻影」に代表される1950年代の<夢>シリーズから、試行錯誤を経て「からんどりえ」や「人それを呼んで反歌という」の硬質な秀作を生み出したことは良く知られていますが、そのきっかけとなったのがルドンの木でした。
駒井哲郎と親しかった大岡信さんはご自身のコレクションによる『詩人の眼・大岡信コレクション』展図録の中で次のように言っています(2006年 三鷹市美術ギャラリー他)。
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 南画廊が最初に開いたのが1956年の駒井さんの展覧会でした。その頃まだ僕は南画廊を知りませんでした。駒井さんとは58年から親しくなりましたが、そのころの彼はフランスから帰国した後で、創作に悩んで試行錯誤を繰り返していました。僕にとっては人ごととは思えない切実さがありました。
 フランスに行くまでの作品は幻想的なものが多かったのですが、フランスで幻想的作品の弱さ、つまらなさを痛感して、自然界をちゃんと見つめようとした。その苦しみの中、抽象の世界を出てリアルさを見直す試みが一連の「樹木」シリーズにつながったのでしょう。(同図録34ページ)
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ご紹介するのは、1970年の作品です。

駒井哲郎 Tetsuro KOMAI(1920-1976)
1920年東京生まれ。35年西田武雄に銅版画を学び始める。42年東京美術学校卒。50年春陽会賞、翌年第1回サンパウロ・ビエンナ−レで受賞。木版の棟方志功とともにいち早く世界の舞台で高い評価を獲得し、戦後の美術界に鮮烈なデビューを飾る。53年資生堂画廊で初個展。54年渡仏。56年南画廊の開廊展は駒井哲郎展だった。72年東京芸術大学教授。銅版画のパイオニアとして大きな足跡を残す。1976年永逝(享年56)。

●銅版画の詩人と謳われた駒井先生は15歳の少年時代から56歳で亡くなるまで銅版画一筋の生涯でした。名作『束の間の幻影』はじめ、心にしみるエッチング作品を多数残し、長谷川潔、池田満寿夫とともに銅版画の魅力を人々に知らしめた功績は大きなものがあります。晩年の駒井先生にお目にかかれたことは私の宝物の一つですが、2006年は没後30年です。久しぶりに遺作を集めた展覧会を企画したいと考えています。


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